「エンゲージメントスコアの向上」がゴールになっていませんか?
「全社を挙げてエンゲージメント向上施策に取り組んだ結果、サーベイのスコアは着実に改善している」
「しかし、不思議なことに、期待していた若手や中堅社員の離職は一向に減る気配がない」
「むしろ、『エンゲージメントが高い』と回答していた社員が、ある日突然、退職届を持ってきた…」
このような、一見すると矛盾した現象に直面し、戸惑いを感じている経営者・人事担当者の方々もいらっしゃるでしょう。多くの企業が、「エンゲージメントが高まれば、従業員は会社に愛着を持ち、リテンションマネジメント(人材定着)にも繋がるはずだ」という前提に立って施策を推進しています。この前提は、決して間違いではありません。
しかし、「エンゲージメント = リテンションマネジメントの成功」と短絡的に結びつけてしまうと、重要な視点を見落とす可能性があります。
本コラムでは、エンゲージメントとリテンションマネジメントの間に横たわる「ズレ」の正体と、エンゲージメント向上への取り組みを、いかにして真の「人材定着」に結びつけていくかについて考察します。
エンゲージメントとリテンションマネジメントの「ズレ」
まず、エンゲージメントとリテンションマネジメント(定着)の関係性を整理する必要があります。
エンゲージメントの定義:「貢献意欲」
従業員エンゲージメント(Employee Engagement)は、日本語では「従業員の会社に対する貢献意欲」や「仕事への熱意・没頭」などと訳されます。 「会社のビジョンに共感している」「仕事を通じて仲間と一体感を感じている」「自らの仕事が会社に貢献していると実感できる」といった状態が、エンゲージメントの高い状態と言えます。
リテンション(定着)の定義:「留まる意思」
一方、リテンション(Retention)は、「その会社に留まり続ける意思」を指します。
この二つは、多くの場合において正の相関関係にあります。エンゲージメントが高ければ、当然ながら「この会社で働き続けたい」と思う傾向は強くなるでしょう。
なぜ「エンゲージメントが高いのに辞める」のか?
問題は、この相関が「常に100%」ではない、という点です。エンゲージメントが高く、会社や仕事に貢献意欲を持っていたとしても、それ以外の要因が「留まる意思」を上回った場合、従業員は離職を選択します。
その「それ以外の要因」として、特に優秀な人材において顕著なのが、以下の2つです。
- キャリア成長(市場価値)への懸念
「今の仕事はやりがいがあるし、会社も好きだ。しかし、このままこの会社にいて、自分の市場価値は高まるだろうか?」「ここで得られるスキルは、他社でも通用するだろうか?」という不安です。エンゲージメントが高くても、自身の「キャリア自律」に対する意識が強い人材ほど、この懸念は強まる傾向があります。 - 外部からのより魅力的なオファー
エンゲージメントが高く、活躍している人材ほど、外部のヘッドハンターや競合他社から魅力的なオファー(より高いポジション、より良い報酬、より大きな挑戦機会)が提示される可能性は高まります。
つまり、「エンゲージメントが高い = 満足している」からといって、「リテンションマネジメントが万全 = 転職を一切考えない」ということにはならないのです。
エンゲージメントの「情緒的側面」と「合理的側面」
私たちは、この「ズレ」を解消するために、エンゲージメントを多角的に捉える必要があると考えています。
エンゲージメントを構成する要素として、一般的に「会社への愛着」や「職場の人間関係」といった「情緒的側面」が注目されがちです。しかし、リテンションマネジメントの観点からは、むしろ「合理的側面」とも呼べる要素が重要になります。
ここで言う「合理的側面」とは、「この会社で働くことが、自分自身のキャリアや成長にとって合理的である」という納得感です。具体的には、「公正な評価と報酬が得られているか」「スキル開発の機会が提供されているか」「魅力的なキャリアパスが示されているか」といった要素です。
いくら「情緒的側面」が満たされていても、この「合理的側面」での納得感が低い場合、「会社は好きだけど、自分の将来のために辞める」という決断に繋がりやすくなります。貴社のエンゲージメントサーベイは、感情面だけでなく、この合理的な納得感を正しく測定し、リテンションマネジメント施策に反映できているでしょうか。
エンゲージメントを「定着」に繋げるリテンションマネジメント
エンゲージメント向上への取り組みを、単なる「スコア改善」で終わらせず、真のリテンションマネジメントに結びつけるためには、どのような視点が必要でしょうか。
視点1:エンゲージメントサーベイの「項目」を見直す
まず、使用しているエンゲージメントサーベイの項目自体が、リテンションマネジメントの観点をカバーしているかを確認する必要があります。
- 「定着意向」の直接的な確認
「今後1年間、この会社で働き続けたいと思いますか?」といった、定着意向を直接問う項目は含まれているでしょうか。これが含まれていないと、エンゲージメントスコアと実際の定着意向とのギャップを把握できません。 - 「合理的側面」の測定
前述した「キャリア成長の実感」「スキル習得の機会」「評価・報酬の納得感」といった、エンゲージメントの合理的側面に関する項目を重点的に分析します。これらのスコアが低い場合、リテンションマネジメント上の重大なリスクシグナルと考えられます。
視点2:「活躍」と「定着」のドライバーを分けて分析する
エンゲージメントサーベイの分析において、「エンゲージメントスコアが高い層(=活躍している層)」と「定着意向が高い層」は、必ずしも一致しない可能性があります。
分析の際には、「活躍のドライバー(何が従業員のパフォーマンスを高めているか)」と「定着のドライバー(何が従業員を会社に留めているか)」を、分けて特定することが重要です。
例えば、「挑戦的な仕事」は「活躍のドライバー」だとしても、過度になると「定着のドライバー」にはマイナスに働く(燃え尽きに繋がる)かもしれません。この両者のバランスを最適化することが、リテンションマネジメントの鍵となります。
視点3:「全社施策」と「個別施策」の二重アプローチ
エンゲージメント向上施策は、組織風土の改善やビジョン浸透など、全社一律で行うものが多くなりがちです。しかし、リテンションマネジメントの観点からは、それだけでは不十分です。
- 全社的なエンゲージメント向上施策
心理的安全性の確保、ビジョンの共有、コミュニケーションの活性化など、全従業員が働きやすい「土壌」を整えます。 - 個別的なリテンションマネジメント施策
サーベイ分析や1on1を通じて特定された「離職ハイリスク層」や「戦略上重要な人材」に対しては、個別のリテンションマネジメント(キャリア面談の強化、特別な育成機会の提供、配置転換の検討など)を実行します。
この「全体」と「個別」の施策を両輪で回すことが、リテンションマネジメントの効果を最大化します。
エンゲージメントは「土台」、リテンションマネジメントは「柱」
本コラムでは、エンゲージメントとリテンションマネジメントの関係性について考察しました。
エンゲージメント向上への取り組みは、従業員のモチベーションを高め、組織の活力を生み出すために不可欠であり、リテンションマネジメントの重要な「土台」であることは間違いありません。
しかし、その土台の上に、「従業員一人ひとりのキャリア成長を支援する」という強固な「柱」を立てなければ、真の人材定着(リテンションマネジメント)は実現しません。
エンゲージメントスコアの向上という「結果」に一喜一憂するのではなく、その背景にある従業員の「合理的な納得感」にまで踏み込んで施策を設計・実行すること。それこそが、エンゲージメントを企業の持続的成長に繋げる、本質的なリテンションマネジメントへの道であると考えられます。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。エンゲージメントサーベイの分析から、それを「人材定着」に結びつけるための具体的なリテンションマネジメント施策の立案まで、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。




