投資家はDX人材の「数」より「戦略」を見ている:企業価値を高める人的資本開示

投資家が本当に知りたいDX人材情報とは

2023年3月期決算より、有価証券報告書における人的資本情報の開示が義務化されました。これを受け、多くの企業が統合報告書やサステナビリティレポートなどで、自社の人的資本に関する取り組みの発信を強化しています。その中でも、企業の将来的な成長性を測る重要な指標として、投資家から特に注目を集めているのが「DX人材」に関する情報です。

本コラムでは、開示義務をチャンスに変え、「DX人材戦略」をいかに語れば投資家からの信頼を勝ち取り、企業価値向上に繋がるのか、そのストーリー設計と実践的なポイントを解説します。

なぜ「DX人材」が特に注目されるのか?

「成長戦略を担う人材が重視されるのは当然だ」と思われるかもしれません。しかし、その中でもDX人材が特に重要視されるのには、現在の日本企業が置かれた状況に根差した、明確な理由があります。

  • 成果創出の最大のボトルネックであるため
    独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)の「DX動向2025」によれば、日本企業の8割以上がDXを推進する人材の「量」「質」ともに不足していると回答しています。特に、DXの目的設定から効果検証までを担う「ビジネスアーキテクト」の不足が43.0%と突出しており 、これがDXの成果創出を阻む要因の一つと見なされています。
    投資家から見れば、この最大のボトルネックを解消できているかどうかが、企業のDX戦略の実現可能性を測る上で最も重要なチェックポイントとなります。
  • 攻めの経営(価値創造)への転換の鍵であるため
    同調査では、日本企業のDXがコスト削減といった「内向き・部分最適」に留まる一方、米国やドイツは新たな価値創造を目指す「外向き・全体最適」で成果を上げていることが明確に分析されています。DX人材への投資状況は、その企業が守りの経営から抜け出し、攻めの経営に転換できるかを示す試金石として見られていると考えられます。

これらの理由から、多くの戦略的人材の中でも、DX人材の確保と活用状況は、企業の将来性を測る上で最もクリティカルかつ分かりやすい指標として、現在の投資家から特に厳しい視線を向けられているのです。

投資家は人数よりもストーリーを重視する

では、投資家はDX人材に関するどのような情報を見ているのでしょうか。彼らが知りたいのは、彼らが知りたいのは、単にDX人材が「今、何人いるか」といった単純な情報ではありません。彼らをいかにして獲得・育成し、事業成長に結びつけていくのかという「未来」に向けたストーリーです。

投資家は、非財務情報である人的資本データを、将来の財務パフォーマンスを予測するための先行指標として見ています。そのため、以下のような問いに対する答えを、企業の開示情報から読み取ろうとします。

  • 経営戦略とDX人材戦略は、どのように連動しているのか?
  • どのようなDX人材を、いつまでに、何人、どのようにして確保する計画なのか?
  • その人材への投資(採用・育成コスト)は、将来的にどのようなリターン(事業成長)を生み出すと見込んでいるのか?

つまり、個別のKPI(重要業績評価指標)の開示だけでなく、それらの指標が繋ぎ合わさって描かれる、一貫性のある「価値創造ストーリー」こそが、投資家の深い理解と共感を得るために不可欠なのです。

ISO30414を「思考のフレームワーク」として活用する

では、どのようにして戦略的なストーリーを構築すればよいのでしょうか。その羅針盤として有効なのが、人的資本に関する情報開示の国際的なガイドラインである「ISO30414」です。

 ISO30414は、11の領域(例:採用、離職、スキルと研修・開発など)にわたる69の指標を提示しています。これを単なる「開示すべき項目リスト」として捉えるのではなく、自社のDX人材戦略を多角的にレビューし、ストーリーを肉付けするための「思考のフレームワーク」としての活用が望ましいでしょう。

例えば、「異動と後継者計画」の領域を参照し、「DXという重要なポジションの候補者を、どの程度プールできているか」を示しつつ、自社のDX人材育成投資の効果を測定する独自KPIを設定するなど、ガイドラインを参考にしつつも、自社の独自性を打ち出すことが、比較可能性と独自性を両立した質の高い開示に繋がります。

企業価値を高めるDX人材開示の3つのポイント

戦略ストーリーを効果的に伝えるために、情報開示において具体的に意識すべき3つのポイントを解説します。

ポイント1:「戦略との連関性」を明確に示す

開示の冒頭で、まず自社の経営戦略(中期経営計画など)と、それを実現するための人材戦略、そしてその中核をなすDX人材戦略の位置づけを明確に示します。「我が社は〇〇という事業目標を達成するために、このような能力を持つDX人材が不可欠であると考えています」という、戦略の連関性を分かりやすく図式化するなどして示すことが有効です。この大局観を示すことで、後続の具体的なデータや取り組みが、ストーリーの中で意味を持つようになります。

ポイント2:「独自性と比較可能性」を両立したKPIを設定する

開示すべき指標は、他社との比較が可能な「共通指標」と、自社の戦略の独自性を示す「独自指標」の双方をバランスよく設定することが重要です。

  • 共通指標(例)
    DX人材の人数、一人当たりのDX関連研修時間など。
  • 独自指標(例)
    事業戦略と連動した指標を設定します。例えば、「新規デジタルサービスの売上高に貢献したDX人材数」「基幹職におけるデジタルスキル保有者の割合」「DXプロジェクトに参加する従業員のエンゲージメントスコア」など、自社の戦略の進捗を測るための、より具体的で野心的なKPIを設定・開示することで、取り組みの本気度を伝えることができます。

ポイント3:定性情報でストーリーを補強する

数字の羅列だけでは、企業の熱意や文化は伝わりません。設定したKPIの背景にある具体的な取り組みや、成功事例といった定性的な情報を組み合わせることで、ストーリーはより立体的で説得力のあるものになります。

  • 具体的な育成プログラムの紹介
  • DXプロジェクトで活躍する社員へのインタビュー
  • キャリア採用した人材の入社後の活躍事例
  • 挑戦を促すための制度や文化に関する説明

こうした「顔の見える」情報を加えることで、投資家は企業の人的資本に対する真摯な姿勢を感じ取り、将来の成長への期待感を高めることができます。

戦略的人材開示は、未来の企業価値を映す鏡である

人的資本、特にDX人材に関する情報開示は、もはや単なる義務対応ではありません。それは、自社の人材戦略を客観的に見つめ直し、その有効性を社内外に説明するプロセスを通じて、経営そのものを磨き上げる行為です。そして、練り上げられた戦略ストーリーは、投資家とのエンゲージメントを深め、資金調達を有利にし、ひいては企業価値そのものを高める力を持っています。

株式会社コトラでは、ISO30414認証取得支援をはじめ、貴社の経営戦略と連動した人的資本開示の高度化をサポートします。投資家との対話に繋がるストーリー構築でお悩みの際は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

kotora

コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


サービスについての疑問や質問、
その他お気軽にお問い合わせください!