なぜ、即戦力として採用した人材が期待通りに活躍できないのか?
「豊富な経験と高いスキルを見込んで採用したが、なかなか成果が出ない」
「前職での実績は華々しかったが、自社のやり方に馴染めず、むしろ混乱を招いている」
経営者や人事担当者の皆様にとって、多大な期待とともに迎え入れた中途採用者が、早期にパフォーマンスを発揮できない状況は、非常にもどかしい問題ではないでしょうか。
一般的に、中途採用者が組織に定着し、本来の能力を発揮し始めるまでには「入社後90日」が一つの目安とされています。この期間の過ごし方、特に企業側が提供するオンボーディングの質が、その後の活躍を大きく左右すると考えられています。
本コラムでは、中途採用者が直面する特有の課題を踏まえ、「即戦力化」を阻む要因を分析し、入社後90日で確実な成果に繋げるための戦略的なオンボーディングのあり方について考察します。
中途採用者が陥る「即戦力化」の罠
新卒採用とは異なり、中途採用者に対するオンボーディングは、「OJT任せ」「本人の自主性に依存」といった形で簡略化されがちです。しかし、この「即戦力だから大丈夫だろう」という過信こそが、パフォーマンス発揮の最大の障壁となる場合があります。
罠1:暗黙知の壁(組織コンテクストの欠如)
中途採用者は、前職で培った「形式知(スキルや知識)」は保有しています。しかし、新しい組織における「暗黙知(組織固有の文化、人間関係、意思決定プロセス、”行間”)」はゼロからのスタートです。
- 「誰に相談すれば物事が進むのか」
- 「どのレベルの報告が求められるのか」
- 「会議での発言はどの程度許容されるのか」
こうした暗黙知を理解しないまま、前職のやり方を持ち込もうとすると、周囲との摩擦を生んだり、意図せず評価を下げてしまったりする可能性があります。適切なオンボーディングが行われないと、この暗黙知の習得に時間がかかり、結果として「即戦力」としての立ち上がりが遅れてしまいます。
罠2:過度な期待と役割の曖昧さ
「即戦力」という言葉は、本人にとっても受け入れ側にとってもプレッシャーとなります。 受け入れ側は「すぐに成果を出してくれるはず」と期待し、十分な情報提供やサポートを怠るかもしれません。一方、本人も「早く成果を出さねば」と焦り、周囲に助けを求めにくくなることがあります。
さらに問題なのは、期待される「役割」が曖昧なケースです。採用時に提示された役割と、現場で実際に求められる役割にズレがあると、本人はどこに注力すべきか分からず、空回りしてしまいます。オンボーディングのプロセスで、この「役割期待」を明確にすり合わせることが不可欠です。
罠3:アンラーニング(学習棄却)の困難さ
経験豊富な中途採用者ほど、過去の成功体験や確立された業務スタイルを持っています。これらは強みであると同時に、新しい環境に適応する上での足かせ(アンラーニングの障壁)ともなり得ます。
前職のやり方に固執し、新しい組織のプロセスや価値観を受け入れられない場合、パフォーマンスが発揮できないだけでなく、組織の和を乱す要因にもなりかねません。オンボーディングは、単に新しいことを教えるだけでなく、過去のやり方を一度手放し、新しい環境に適応するための「学びほぐし」を支援する機能も担うべきと考えられます。
「90日の壁」を突破する戦略的オンボーディング・プロセス
中途採用者の早期戦力化を実現するためには、入社後90日間を「適応」から「貢献」へとスムーズに移行させる、意図的に設計されたオンボーディング・プログラムが求められます。
ステップ1:プレボーディング(入社前)〜期待値の接続
オンボーディングは内定承諾時点から始まっています。入社日までの期間を「プレボーディング」と位置づけ、入社後のギャップを最小化します。
- 情報提供
必要な事務手続きだけでなく、組織図、使用ツール、業界用語集、そして「組織が大切にしている価値観」などを事前に共有します。 - コミュニケーション
配属先の上司や同僚と、入社前にカジュアルな面談(オンライン可)の機会を設定し、心理的な障壁を下げておきます。
この段階で、入社後の「役割期待」についても改めてすり合わせを行い、入社初日からスムーズにスタートが切れるよう準備を整えます。
ステップ2:Day1〜30(適応と関係構築)〜心理的安全性の確保
入社後最初の1ヶ月は、スキル発揮よりも「組織への適応」と「人間関係の構築」を最優先します。
- 役割の明確化と初期目標(Small Win)の設定
上司との1on1を頻繁に行い、業務の全体像と本人の役割を明確にします。その上で、「30日以内に達成可能な、小さな成功体験(Small Win)」を具体的に設定します。これにより、本人の達成感と周囲の信頼感を醸成します。 - スキルと組織背景の共有
OJTを基本としつつも、「誰が何を知っているか(社内のキーパーソンは誰か)」「社内システムの活用法」など、業務遂行に必要な組織の背景情報を体系的にインプットする機会を設けます。このオンボーディングが、後の業務効率を大きく左右します。 - メンター・バディ制度の導入
業務上のOJT担当者とは別に、気軽に質問・相談できる「バディ」を割り当て、組織の暗黙知のキャッチアップや、精神的な孤立の防止を支援します。
ステップ3:Day31〜90(貢献と軌道修正)〜パフォーマンスの発揮
組織に適応し始めたこの段階で、徐々に本人への期待値を上げ、パフォーマンス発揮を後押しします。
- フィードバックの徹底
この時期のオンボーディングで重要なのは、タイムリーかつ具体的なフィードバックです。設定した初期目標(Small Win)の達成度や、業務の進め方について、上司や関係者から「何が良くて、何を改善すべきか」を明確に伝えます。これにより、本人は組織の期待に沿った軌道修正が可能になります。 - スキルの棚卸しと活用
本人が持つスキルや前職での経験を改めて棚卸しし、「自社でどのように活かせるか」を上司と議論します。本人の強みを活かせる配置を意図的に行うことで、モチベーションと組織貢献度を高めます。 - 90日レビュー(振り返り)
入社後3ヶ月のタイミングで、本人、上司、人事(必要に応じて)で正式な振り返りを実施します。オンボーディング期間中の成果と課題を共有し、次のステップ(本格的な目標設定やキャリアプラン)へと繋げます。
オンボーディングは「コスト」ではなく「投資」
中途採用者のオンボーディングを「コスト」ではなく「投資」と捉えることが、人的資本経営の観点から極めて重要です。入社後90日間の適切なサポートは、その後の数年間にわたるパフォーマンス、エンゲージメント、そして定着率に直結します。
場当たり的なOJTから脱却し、入社者の即戦力化を意図的にデザインすること。それこそが、採用の成功を「成果」に変える唯一の道と言えるでしょう。
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