役員報酬とESG連動:議決権行使助言会社を納得させるKPI設定

報酬議案に「NO」を突きつけられる衝撃

株主総会において、取締役選任議案と並び、経営陣にとって最も緊張感の走る議題が「役員報酬」に関する議案ではないでしょうか。

近年、この役員報酬議案に対し、ISSやグラスルイスといった主要な議決権行使助言会社が「反対推奨」を表明するケースが増加しています。その理由は、単に「報酬が高すぎる」といった金額の問題だけではありません。

彼らが今、最も厳しく精査しているのは、「役員報酬の決定プロセスは透明か?」そして「報酬は、短期的な財務業績だけでなく、中長期的な企業価値向上やESG・人的資本への取り組みと、適切に連動しているか?」という点です。

「ESG・人的資本目標を役員報酬に連動させたいが、何をKPIにすれば良いのかわからない」
「設定したKPIが、議決権行使助言会社から『曖昧だ』『野心的でない』と批判されないか不安だ」

本コラムでは、こうした経営者や人事担当役員の方々の悩みに対し、議決権行使助言会社の視点を踏まえた、説得力のある「役員報酬と人的資本の連動」のあり方について考察します。

なぜ「役員報酬」と「人的資本」の連動が問われるのか

議決権行使助言会社や機関投資家が、役員報酬とESG・人的資本パフォーマンスの連動性を強く要求するのには、明確な論理があります。

経営陣のインセンティブの方向付け

役員報酬は、経営陣が「何を重要視し、どのような行動をとるべきか」を導く、最も強力なインセンティブ(動機付け)の一つです。

もし報酬が短期的な売上や利益(財務指標)のみに連動していれば、経営陣は、中長期的な投資(研究開発や人材育成など)を犠牲にしてでも、目先の利益を追求する行動に走る可能性があります。

そこで、報酬体系に「人的資本」や「ESG」といった非財務指標(例:エンゲージメントスコアの向上、ダイバーシティの推進、温室効果ガス削減)を組み込むことで、経営陣の意識と行動を、短期的な利益だけでなく、企業の持続的な成長に向けさせよう、という狙いがあります。

「言行一致」の試金石

多くの企業が、統合報告書や経営計画で「人的資本経営の推進」「サステナビリティへのコミットメント」を表明しています。

しかし、議決権行使助言会社は、「言葉(表明)」だけでなく「実行(実績)」を求めます。役員報酬体系は、その企業が「本気で」人的資本経営に取り組んでいるかどうかを測る、言行一致の試金石として見られているのです。

報酬に連動させていない目標は、極論すれば「達成しなくても(経営陣は)責任を問われない目標」と見なされかねません。

報酬設計における「論理性」と「独自性」

議決権行使助言会社からのプレッシャーを受け、形式的に人的資本KPIを導入する企業も見受けられます。しかし、私たちが重要と考えるのは、そのKPI選定の「論理性」と「独自性」です。

議決権行使助言会社が最も懸念するのは、「業績と報酬のミスマッチ」や「目標設定の曖昧さ」です。例えば、単に「エンゲージメントスコア」や「女性管理職比率」をKPIとして導入するだけでは、「なぜ、その指標が貴社の企業価値向上に直結するのか?」という問いに答えることはできません。

本質は、そのKPIが「自社の経営戦略やマテリアリティ(重要課題)と深く結びついているか」にあります。

例えば、「イノベーション創出」を経営戦略の柱に据えるならば、KPIは単なるエンゲージメントスコアではなく、「部門を超えた協業の活発度」や「新規事業提案数」など、より戦略に直結した指標であるべきかもしれません。また、 「グローバル展開」が戦略ならば、「次世代グローバルリーダー候補の育成パイプラインの充足率」といった指標が考えられます。

このように、自社の戦略と人的資本の因果関係を(可能であればデータで)論理的に説明できる、独自性のあるKPI設計こそが、議決権行使助言会社を含む投資家への説明責任の根幹となると、私たちは考えます。

説得力のあるKPI設計:4つのチェックポイント

では、具体的にどのような視点でKPIを設計・評価すべきでしょうか。議決権行使助言会社の視点も踏まえた、4つの重要なチェックポイントを挙げます。

戦略との連動性

  • 問い
    そのKPIは、自社の中期経営計画やサステナビリティ戦略、人材戦略と明確に紐づいていますか?
  • 視点
    競合他社が採用しているから、あるいは議決権行使助言会社のポリシーに書かれているから、といった理由だけで選定していないか。自社の「価値創造ストーリー」の根幹をなす指標か。

測定可能性と客観性

  • 問い
    そのKPIは、客観的かつ継続的に測定可能ですか?外部からの検証(監査)は可能ですか?
  • 視点
    経営陣の主観的な評価や定性的な印象に依存する指標は、議決権行使助言会社から「恣意的である」と批判されるリスクがあります。組織サーベイ(エンゲージメントスコア)を用いる場合も、そのサーベイの信頼性や実施プロセスが問われます。

目標の野心度とストレッチ性

  • 問い
    設定された目標は、現状維持の延長線上ではなく、挑戦的な(しかし達成不可能なほど非現実的ではない)レベルにありますか?
  • 視点
    容易に達成可能な目標設定は、「経営陣への安易なボーナス支給が目的ではないか」と疑われます。なぜその目標水準なのか、論理的な根拠(過去の実績、競合ベンチマークなど)が求められます。

開示の透明性

  • 問い
    「なぜそのKPIを選定したのか」「目標水準の根拠は何か」「達成度をどう評価し、報酬にどう反映させるのか」というプロセス全体を、株主に対して透明性高く開示できますか?
  • 視点
    議決権行使助言会社が最も重視する点の一つです。プロセスがブラックボックスであれば、たとえ適切なKPIであっても評価されません。

役員報酬は「未来への羅針盤」である

本コラムでは、議決権行使助言会社が注視する「役員報酬と人的資本の連動性」について考察しました。

役員報酬制度の設計は、単なる「防衛策」(=反対推奨を避けるため)として捉えるべきではありません。それは、経営陣に対し「会社をどちらの方向に導いてほしいのか」を示す、株主からのメッセージであり、経営陣自身が「本気で人的資本経営に取り組む」という社内外への強力なコミットメントの表明でもあります。

議決権行使助言会社の視線を意識し、戦略的かつ透明性の高い役員報酬制度を設計すること。それこそが、経営陣のインセンティブを中長期的な企業価値向上へと導き、企業の持続的成長を加速させる「未来への羅針盤」となると、私たちは考えます。

株式会社コトラでは、エンゲージメント測定・向上策の企画立案や、貴社の経営戦略と連動した実効性のある人事制度の構築支援等を通じて、貴社の人的資本経営をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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