未来の企業価値を創造する人的資本経営の実践と、投資家との対話

人的資本への投資価値を投資家に「説明」できますか?

「人的資本への投資の重要性は理解しているが、それが将来の企業価値にどう繋がるのか、投資家へうまく説明できない」
「統合報告書で人的資本情報を開示しているが、他社の模倣の域を出ず、自社の独自性を伝えきれていない」

経営企画やIR責任者の方々にとって、人的資本経営の成果を、いかにして投資家をはじめとするステークホルダーに伝え、企業価値評価の向上に結びつけるかは、喫緊の課題ではないでしょうか。単に法令で定められた情報を開示するだけでは、厳しい目を持つ投資家からの評価を得ることは困難です。

本コラムでは、人的資本経営が未来の企業価値を創造するメカニズムを解き明かすとともに、投資家との建設的な対話を通じて企業価値を高めるための、本質的なアプローチについて考察します。

なぜ今、投資家は「人的資本」に注目するのか

現代の企業価値の源泉が、工場や設備といった有形資産から、技術、ブランド、そして「人」といった無形資産へシフトしていることは、論を俟ちません。特に、変化の激しい時代において、新たな価値を創造し、イノベーションを生み出すことができるのは「人」以外にあり得ません。

投資家が人的資本経営に注目するのは、それが企業の「未来の収益性を予測する」ための重要な先行指標であると認識しているからです。

  • 優秀な人材を惹きつけ、定着させる魅力的な組織文化があるか?
  • 事業環境の変化に対応し、従業員のスキルをアップデートし続ける仕組みがあるか?
  • 多様な人材が活躍し、新たなアイデアが生まれる土壌があるか?

これらの問いへの答えが、その企業の持続的な成長可能性、すなわちサステナビリティを測る上で、従来の財務情報と同じか、それ以上に重要になってきているのです。したがって、人的資本経営とは、単なる人事戦略ではなく、未来のキャッシュフローを生み出すための「無形資産投資」そのものであると捉える視点が求められます。

企業価値を高めるIR:投資家との対話に向けた実践的アプローチ

投資家の信頼を勝ち取るためには、単なる情報の開示から、目的を持った対話へと、IR活動を進化させる必要があります。そのための具体的なアプローチを3つの視点から詳述します。

ビジネスモデルと連動した「価値創造ストーリー」の構築

投資家が最も知りたいのは、個別のKPIの数値そのものよりも、その背景にある「なぜ、そのKPIが貴社にとって重要なのか」という論理です。

  • 価値創造プロセスの図式化
    統合報告書などで、自社の事業が「インプット(経営資源)」から「アウトプット(製品・サービス)」、「アウトカム(社会的価値)」を生み出すプロセスを図式化します。その中で、「人的資本」がどの段階で、どのように価値創造に貢献しているのかを明確に位置づけます。
    例えば、「多様な人材(インプット)が、心理的安全性の高い組織文化(ビジネス活動)を通じて、革新的な製品(アウトプット)を生み出す」といったストーリーを描きます。
  • KSF(重要成功要因)との紐づけ
    自社の事業のKSFを特定し、それに対してどのような人材戦略を講じているかを具体的に説明します。「当社のKSFは顧客との長期的な信頼関係であり、そのために従業員エンゲージメントを最重要KPIと位置づけ、〇〇という施策に投資している」といった説明は、投資家の理解を深めます。

独自性のあるKPIと、背景にあるロジックの提示

画一的な指標の羅列は、投資家を惹きつけません。自社ならではの戦略を反映したKPIと、その背景説明が説得力を生みます。

  • 戦略的KPIの選定
    開示義務項目に加えて、「新規事業提案件数」「社内公募による異動者比率」「重要ポジションの後継者充足率」など、自社の戦略と直結する独自KPIを設定します。
  • 目標設定の根拠を語る
    なぜその目標値なのか(例:「競合の〇〇社をベンチマークとし…」)、その達成のためにどのような投資を行うのか(例:「今後3年間で教育研修費用を〇%増額し…」)を具体的に語ることで、戦略の具体性と経営の本気度が伝わります。

リスクと機会の両側面からの誠実な開示

ポジティブな情報だけでなく、課題やリスクを開示することは、経営の透明性を示し、むしろ投資家からの信頼を高めます。

  • 人材に関するマテリアリティ(重要課題)の特定
    「DX人材の不足」「サプライチェーンにおける人権問題」「次世代リーダー育成の遅れ」など、自社にとって重要性の高い人的資本リスクと機会を特定し、開示します。
  • リスクへの対応策をセットで示す
    特定したリスクに対し、どのような対応策を講じているのかを具体的に示します。例えば、「次世代リーダー育成」が課題であれば、「サクセッションプランを策定し、対象者を明確化。タレントレビューを年2回実施し、計画的に育成・配置を行っている」というように、具体的なマネジメントプロセスを示すことが重要です。

人的資本経営が順調であることだけでなく、課題にどう向き合っているかという姿勢そのものが評価対象となります。

人的資本経営は、最高のIR活動である

人的資本経営は、企業の内部を強くし、成長をドライブさせるだけでなく、その取り組みを説得力のあるストーリーとして外部に発信することで、企業価値評価を高める最高のIR活動となり得ます。自社の未来を、人的資本という軸で、自信を持って語ること。それが、不確実な時代において、ステークホルダーからの信頼と支持を勝ち得るための最も確かな道筋ではないでしょうか。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の価値創造ストーリーに基づいた人的資本開示の高度化や、ISO30414認証取得などを通じて、投資家との対話を支援します。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

kotora

コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


サービスについての疑問や質問、
その他お気軽にお問い合わせください!