経営戦略と人事制度のズレが、成長を阻害していませんか?
「中期経営計画でDX推進を打ち出したが、現場の足並みが揃わない」
「イノベーション創出を掲げているのに、結局は既存事業の論理で動く人材ばかりが評価されてしまう」
「戦略は変わったのに、人事制度は10年前のままになっている」
企業の経営者や人事責任者の皆様から、こうしたお悩みを伺うことが増えています。多くの場合、その根底には経営戦略と人事制度の間に生じた深刻なズレが存在すると考えられます。
外部環境が目まぐるしく変化する現代において、過去の成功体験に基づいた人事制度は、もはや機能不全に陥っている可能性があります。例えば、年功序列型の報酬体系や、減点方式の評価制度は、挑戦を促すどころか、社員の行動を萎縮させてしまうかもしれません。
本コラムでは、企業の持続的な成長を実現するために、経営戦略と人事制度をいかに連動させるべきか、その本質的なアプローチと実践的なステップについて、人的資本経営の視点から考察します。単なる制度改定に留まらない、戦略的な人事制度のあり方を探ります。
人事制度を戦略実行のエンジンとして捉え直す
経営戦略と連動した人事制度とは、一体どのようなものでしょうか。多くの企業が、経営戦略上のキーワードを評価項目に反映させる、あるいは戦略目標の達成度を評価に組み込むといった試みをされています。
しかし、本質的な連動とは、そうした個別の施策に留まるものではありません。 経営戦略の実行に真に必要な「人材」の要件(スキル、経験、マインドセット)を具体的に定義し、その人材を惹きつけ、育て、リテンション(定着)させるための一連の仕組み、すなわち採用・配置・評価・報酬・育成のすべてが戦略目的に向かって有機的に連動するよう、人事制度全体を「再設計」することにあると考えられます。
戦略実現に必要な人材ポートフォリオから逆算する
私たちコトラが重要視する視点の一つに、人材ポートフォリオの考え方があります。これは、企業が将来的に目指す事業構成や戦略を実現するために、どのようなスキル、経験、価値観を持つ人材が、どれくらい必要なのかを可視化するものです。
多くの場合、現状の人材ポートフォリオ(As-Is)と、将来あるべき人材ポートフォリオ(To-Be)の間にはギャップが存在します。戦略連動型の人事制度の役割は、まさにこのギャップを埋めることにあります。
例えば、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する戦略を掲げているにもかかわらず、現行の人事制度がデジタル人材の獲得や育成を適切に評価・処遇できていなければ、戦略は絵に描いた餅で終わってしまいます。
したがって、人事制度を見直す第一歩は、自社の経営戦略を達成するためにどのような人材が必要かを徹底的に議論し、定義することから始まると言えるでしょう。この議論が曖昧なままでは、どれだけ精緻な人事制度を作ったとしても、戦略実行には繋がりません。
スキルを軸にした評価・報酬体系へのシフト
あるべき人材像が明確になった次に問われるのが、その人材をいかにして確保・育成するかです。ここで、人事制度の中核となる評価・報酬体系の見直しが不可欠となります。
従来の日本企業で主流であった職能資格制度は、勤続年数や汎用的な能力(職能)をベースにしていましたが、戦略実行に必要な専門性や特定のスキルをタイムリーに評価するには限界があると考えられます。
そこで注目されるのが、スキルベース型人事制度です。これは、社員が保有するスキルや、新たに習得したスキルを評価し、それを報酬や配置、育成に反映させる仕組みです。
- スキルの可視化
戦略実行に必要なスキルを定義し、社員がどのスキルをどのレベルで保有しているかを把握します。 - 評価への連動
スキル習得度や、スキルを発揮した成果を評価項目に組み込みます。 - 報酬への反映
市場価値の高い希少なスキルを持つ人材には、相応の報酬(マーケット連動型賃金)を支払うなど、柔軟な報酬設計が求められます。
このような人事制度は、社員に対して会社が今、何を求めているかという明確なメッセージとなり、自律的な学習(リスキリング)を促す効果も期待できます。
実践的ステップ:戦略的人事制度を構築する4つの段階
経営戦略と連動した人事制度への変革は、一朝一夕には実現しません。ここでは、その構築に向けた実践的な4つのステップを提案します。
ステップ1:経営戦略の翻訳とあるべき人材像の明確化
前述の通り、全ての起点はこのステップです。 経営層や事業部門の責任者を巻き込み、戦略を実現する上で、最も重要な人材要件は何か、3年後、5年後にどのようなスキルセットを持つ集団になっていなければならないかを徹底的に議論します。
ここで重要なのは、抽象的な求める人物像ではなく、具体的なスキルや行動特性(コンピテンシー)にまで落とし込むことです。このあるべき人材像こそが、新しい人事制度の設計思想そのものとなります。
ステップ2:現行の人事制度のギャップ分析
次に、ステップ1で定義した「あるべき人材像」を基準(ものさし)として、現行の人事制度(等級、評価、報酬、育成など)を評価します。
具体的には、「あるべき人材像」を獲得・育成・定着させる上で、現行制度が「促進要因」となっているか、それとも「阻害要因」となっているかを分析します。
- 評価制度
あるべき人材像が取るべき行動(例:リスクを取った挑戦)を、現行の評価項目は正しく評価できるか?あるいは、減点主義などで阻害していないか? - 報酬制度
あるべき人材像(例:高度な専門スキル人材)に対し、市場価値に見合った報酬を支払える仕組みになっているか? - 育成・配置制度
あるべき人材像に必要なスキルや経験を積ませるための、戦略的な配置転換や研修プログラムが機能しているか?
この診断を通じて、「あるべき人材像の実現」と「現行制度の実態」との間にある「ギャップ(差分)」を具体的に特定します。
ステップ3:新人事制度の設計とシミュレーション
ギャップ分析に基づき、新しい人事制度の骨格を設計します。 例えば、等級制度をスキルベースに見直す、評価項目に戦略貢献度やスキル習得度を加える、報酬体系に業績連動部分やスキル手当を導入する、といった具体策が考えられます。
設計の際には、必ずシミュレーションを行うことが重要です。新しい人事制度を導入した場合、人件費総額はどう変動するか、個々の社員の処遇はどう変わるか、特にハイパフォーマーや戦略上重要な人材が不利にならないかなどを検証します。このプロセスを怠ると、導入後に大きな混乱を招く可能性があります。
ステップ4:丁寧なコミュニケーションと段階的導入
人事制度の変更は、社員の生活に直結する重大な変更です。 なぜ人事制度を変えるのか、その背景にある経営戦略と、新しい人事制度によって社員に何を期待するのかを、経営トップ自らの言葉で丁寧に説明する場を設ける必要があります。
また、全社一斉導入が難しい場合は、特定の部門や階層から段階的に導入し、運用しながらチューニング(微調整)していくアプローチも有効と考えられます。重要なのは、人事制度を一度作って終わりにするのではなく、経営環境の変化に合わせて継続的に見直していく姿勢です。
戦略的人事制度こそが、持続的成長の基盤となる
本コラムでは、経営戦略を実現するための人事制度のあり方について考察しました。 旧来の人事制度が管理のための制度であったとすれば、これからの人事制度は、戦略を実行し、人材価値を最大化するための投資に関する制度であると言えます。
人事制度を経営戦略と緊密に連動させ、社員の成長と企業の成長を一致させること。それこそが、人的資本経営の本質であり、企業の持続的な成長を支える強固な基盤となるでしょう。戦略と「人事制度」の連動性に課題を感じておられるならば、今こそが変革の好機かもしれません。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。




