DX人材、なぜ定着しない? 活躍を促す組織と制度の作り方

DX人材の「早期離職」という経営リスク

苦労して採用したDX人材が、入社後わずか1~2年で退職してしまった。あるいは、期待をかけて育成した若手社員が、スキルを身につけた途端に、より魅力的な条件の他社へ転職してしまった。

このような事態は、多くの企業にとって、もはや他人事ではありません。一人の優秀なDX人材の離職は、単に採用・育成コストが無駄になるだけでなく、進行中のプロジェクトの遅延や、他の社員のモチベーション低下など、計り知れない経営上の損失をもたらします。

なぜ、彼らは会社を去ってしまうのでしょうか。「より高い報酬を求めて」という理由は確かにあるでしょう。しかし、それだけが全てではないと考えられます。むしろ、報酬以上に「この会社では、自分の能力を最大限に発揮できない」「ここで働き続けても、専門家として成長できない」といった、働きがいや将来性に対する失望が、離職の引き金となっているケースが少なくありません。

本コラムでは、DX人材が定着せず、活躍できない組織の構造的な問題に焦点を当て、彼らのエンゲージメントを高めるための具体的な処方箋を提示します。

DX人材が去る本当の理由:期待と現実のギャップ

DX人材が離職を決意する背景には、入社前に抱いていた期待と、入社後の現実との間に生じる大きなギャップが存在する傾向があります。このギャップは、主に「役割・裁量権」「成長機会」「組織文化」の3つの側面で顕在化します。

ギャップ1:狭すぎる役割と、小さすぎる裁量権

「会社のDXを牽引してほしい」という言葉に惹かれて入社したにもかかわらず、任されるのは既存システムの運用・保守といった限定的な業務ばかり。新たな技術の導入やビジネスモデルの変革を提案しても、「前例がない」「リスクが大きすぎる」といった理由で却下されてしまう。

このように、自身の専門性を活かせる挑戦的な役割や、意思決定に関与できる裁量権が与えられなければ、優秀なDX人材ほど早期に無力感を覚え、よりダイナミックな環境を求めて組織を離れていくでしょう。

ギャップ2:旧態依然とした人事制度と、描けないキャリアパス

DX人材の市場価値は、年功序列型の給与体系では正当に評価することが難しい場合があります。また、マネジメント職への昇進だけがキャリアアップの道とされている企業では、技術を極めたい専門家タイプのDX人材は、自らのキャリアパスを描くことができません。スキルアップへの投資に消極的であったり、学びの機会が乏しかったりする環境も、彼らの成長意欲を削ぐ大きな要因となります。

ギャップ3:変革を許容しない、硬直的な組織文化

DX人材は、その業務の本質から、常に新しい手法を試し、時には失敗から学びながら変革を推進しようとします。しかし、多くの従来型企業には、前例踏襲を重んじ、失敗に対して不寛容な文化が根強く残っている場合があります。部門間の壁が高く、情報共有が滞っていたり、意思決定に時間がかかりすぎたりする環境では、彼らの持つスピード感やアジリティは活かされません。こうした変革を許容しない硬直的な組織文化は、DX人材にとって最も大きなストレス要因の一つとなり得ます。

エンゲージメントサーベイで見える「組織の健康診断書」

これらのギャップは、現場のマネージャーや人事担当者の感覚だけでは、なかなか正確に把握することができません。そこで私たちが重視しているのが、組織サーベイを活用した「エンゲージメント」の定量的・定性的な測定です。

エンゲージメントサーベイは、社員が仕事に対して抱いている「熱意・没頭・活力」を測定するものであり、組織の健康状態を示す診断書のような役割を果たします。特に、DX人材を対象としたサーベイ分析からは、

  • どのような点に働きがいを感じているか
  • どのような点に不満や課題を感じているか(例:上司のマネジメント、部署間の連携、評価制度など)
  • 離職の予兆となるサインは何か

といったインサイトを得ることが可能です。この客観的なデータに基づいて、エンゲージメントを阻害している根本原因を特定し、的確な改善策を講じることが、DX人材の定着に向けた第一歩となります。

DX人材が「ここにいたい」と思う組織への変革

エンゲージメントサーベイで見えてきた課題に対し、企業はどのように向き合うべきでしょうか。ここでは、DX人材が定着し、活躍するための組織・制度改革のポイントを3つご紹介します。

ポイント1:キャリアの多様性を認める「複線型人事制度」

従来の単線的なキャリアパスを見直し、管理職を目指す「マネジメントコース」と、高度な専門性を追求する「プロフェッショナルコース」などを併設する「複線型人事制度」の導入が有効です。これにより、技術のスペシャリストも、マネージャーと同等の処遇や権限を得て、長期的に活躍し続けることが可能になります。自身のキャリアを自律的に選択できる環境は、DX人材にとって大きな魅力となるでしょう。

ポイント2:貢献と市場価値に報いる「評価・報酬制度」

年功ではなく、個々のDX人材が持つスキルの市場価値や、事業への貢献度を正当に評価し、報酬に反映させる仕組みが不可欠です。

  • スキルベースの評価
    保有するスキルのレベルに応じて等級や報酬を決定します。
  • パフォーマンス評価
    担当したプロジェクトの成果や、チームへの貢献度などを多角的に評価します。
  • 柔軟な報酬体系
    株式報酬(ストックオプション)や、成果に応じたインセンティブボーナスなど、金銭的インセンティブの選択肢を多様化することも一考に値します。

ポイント3:挑戦を奨励する「心理的安全性の高い文化」

制度改革と同時に、あるいはそれ以上に重要なのが、組織文化の変革です。DX人材がその能力を最大限に発揮するためには、失敗を恐れずに新しいアイデアを提案し、挑戦できる「心理的安全性」が保たれていることが大前提となります。

  • 建設的なフィードバック
    上司は部下を管理・評価するだけでなく、成長を支援するコーチとしての役割を担い、定期的な1on1などを通じて建設的なフィードバックを行います。
  • 情報共有の透明化
    経営状況や事業戦略に関する情報を積極的に共有し、社員が当事者意識を持って業務に取り組める環境を作ります。
  • 部門間の連携強化
    サイロ化した組織の壁を取り払い、ビジネス部門と開発部門が一体となって課題解決に取り組む文化を醸成します。

DX人材の定着には、組織変革の覚悟が問われる

優秀なDX人材が定着し、生き生きと活躍しているかどうか。それは、その企業が未来に向けて本気で変わろうとしているかどうかの、一つの証左と言えるかもしれません。彼らが求めるのは、単に高い報酬ではなく、自らの能力を信じ、挑戦の機会を与え、成長を支えてくれるフェアな環境です。

小手先の福利厚生や一時的な報酬アップで彼らを引き留めることは、もはや不可能です。本コラムで述べたような、キャリア、評価、文化といった組織の根幹に関わる変革に、経営層が覚悟を持って取り組むこと。それこそが、DX人材という貴重な経営資源を守り、企業の持続的なイノベーションを確実なものにする唯一の道筋ではないでしょうか。

株式会社コトラでは、組織サーベイを用いたエンゲージメント測定・分析から、貴社の実情に合わせた人事制度の再設計、組織文化の醸成まで、DX人材の定着と活躍を強力にサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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