VUCA時代の生存戦略 インクルーシブ・リーダーシップと組織レジリエンス

度重なる変化に、組織は疲弊していませんか?

市場環境の急変、新たなテクノロジーの台頭、予期せぬサプライチェーンの混乱…

現代の企業経営は、次から次へと押し寄せる変化と危機への対応の連続です。こうした状況下で、「現場が疲弊し、指示待ちの状態に陥っている」「問題が起きてから経営層に届くまで時間がかかり、対応が後手に回ってしまう」といった課題を感じてはいないでしょうか。それは、組織が変化に対応し、困難から回復する力、すなわち「組織レジリエンス」が低下している兆候かもしれません。

本コラムでは、この組織レジリエンスを育む鍵として、インクルーシブ・リーダーシップの重要性を論じます。

変化を乗りこなす「組織レジリエンス」の本質

組織レジリエンスとは、単に頑丈で、変化に耐える力(Robustness)とは異なります。むしろ、予期せぬ変化やストレスに対して、しなやかに適応し、混乱から迅速に回復・学習し、以前よりもさらに強い状態へと再生する能力を指します。VUCAの時代において、あらゆる変化を予測し、完璧な計画で防ぐことは不可能です。重要なのは、変化が起きることを前提とし、それに適応できる「しなやかさ」を組織に実装することです。

では、どうすればこの「しなやかさ」は生まれるのでしょうか。その源泉は、組織の末端で起きている微細な変化の兆候や、現場ならではのアイデアが、よどみなく吸い上げられ、迅速な意思決定に繋がる仕組みにあります。これを実現するのが、インクルーシブ・リーダーシップなのです。

インクルーシブ・リーダーシップとは、多様なメンバー一人ひとりが尊重され、安心して意見を言える心理的安全性を確保し、その能力を最大限に引き出すリーダーのあり方を指します。インクルーシブ・リーダーシップが発揮された組織では、以下の好循環が生まれます。

  1. 心理的安全性の醸成
    リーダーが多様な意見を歓迎する姿勢を示すことで、従業員は「こんなことを報告したら怒られるかもしれない」という恐れなく、問題の兆候や懸念事項を率直に報告できます。
  2. 集合知の結集
    報告された課題に対し、多様なバックグラウンドを持つメンバーがそれぞれの視点から解決策を出し合います。これにより、単一の視点では見過ごされがちなリスクや機会を発見し、より質の高い意思決定が可能になります。
  3. 自律的な行動の促進
    リーダーは明確な目的を示しつつも、現場の判断を尊重し、権限を委譲します。これにより、従業員は自律的に考え、変化に即応するようになります。

このように、インクルーシブ・リーダーシップは、組織の免疫システムとも言えるレジリエンスを、現場レベルで活性化させる働きを持つと考えられます。

組織レジリエンスを高める3つの具体的アクション

レジリエントな組織文化は、一朝一夕には築けません。日々の業務の中に、しなやかさを育むための意図的な仕掛けを組み込むことが重要です。以下では、その具体的なアクションを3つ紹介しますが、その全てにおいて、インクルーシブ・リーダーシップが触媒として機能します。

アクション1:「失敗」を再定義し、「学習する文化」を醸成する

レジリエンスの高い組織は、失敗を罰するのではなく、貴重な学習機会として活用します。この文化を醸成する上で、リーダーのインクルーシブ・リーダーシップが決定的な役割を果たします。なぜなら、「失敗の報告」、特に上司の方針に疑問を呈するような報告は、部下にとって大きな心理的リスクを伴うからです。

  • 「失敗」の種類の明確化
    「避けるべき失敗(不注意や手順の無視)」と、「称賛すべき価値ある失敗」を明確に区別します。そして、後者、すなわち仮説に基づいた未知の領域への挑戦の結果としての失敗は、むしろ推奨されるべきであるという共通認識を、リーダーが率先して醸成します。
  • 学びのプロセスの仕組み化
    プロジェクトの節目や週次の定例ミーティングで「AAR(After Action Review)」の時間を設けます。これは、「当初の目的は何か」「実際に何が起きたか」などを、責任追及ではなく学びの目的で対話するフレームワークです。
    また、リーダー自らが自身の失敗談とそこからの学びを語ることで、メンバーは安心して失敗を報告できるようになり、チーム全体が学習する組織へと進化していきます。

アクション2:意図的な「越境」を促し、「部署を超えた信頼関係」を築く

危機発生時、部門の壁を越えて協力できるかどうかは、対応のスピードと質を大きく左右します。平時から部署を超えた信頼関係のネットワークを蓄積しておくことが、組織のレジリエンスを格段に高めます。こうした「越境」を促し、真の化学反応を起こすためにも、インクルーシブ・リーダーシップは不可欠です。

  • 戦略的な部門横断プロジェクト
    単なる交流目的ではなく、「新規事業開発」や「全社的な業務改善」といった具体的な経営課題をテーマとし、多様なメンバーで構成します。その際、多様な専門性や価値観を持つメンバーが集まるからこそ、意見の対立は避けられません。インクルーシブ・リーダーは、この対立を成長の機会と捉え、異なる意見を尊重し、全員が納得できる共通のゴールに向けて議論を導くファシリテーターの役割を担います。
  • 多様な越境施策の導入
    リーダー候補に対する戦略的なジョブローテーションに加え、他部署の業務に一定時間関わる「社内副業制度」や、他部署の先輩が後輩の相談に乗る「メンター制度」なども、部門間の相互理解を深め、いざという時に助け合える関係を育む上で効果的と考えられます。

アクション3:シナリオプランニングで「予行演習」を繰り返す

組織のレジリエンスは、訓練によって高めることができます。自社にとって現実的かつインパクトの大きい危機シナリオを想定し、対応のシミュレーションを繰り返すことが有効です。このワークショップは、以下のステップで進めることが考えられます。

  1. シナリオの選定
    自社の事業に合わせて、現実的な危機シナリオ(例:地政学リスクによる原材料の供給停止、生成AIによる偽情報の拡散など)を選びます。
  2. グループ討議
    多様な部署からメンバーを集め、危機発生時に「各部署が取るべき初期対応」「連携すべき部署」「必要な情報」などを議論させます。
  3. 意思決定シミュレーション
    リーダー役が、集まった断片的な情報をもとに、混乱した状況下で意思決定を下す訓練を行います。
  4. リーダーシップの観点での振り返り
    プロセスの課題だけでなく、リーダーがインクルーシブ・リーダーシップ(多様な意見の集約、メンバーへの心理的配慮など)を発揮できたかという観点からもフィードバックを行い、真の危機対応能力を養います。

しなやかさこそが、最強の生存戦略

本コラムでは、予測不能な時代を生き抜くための「組織レジリエンス」という概念と、それを育む上でのインクルーシブ・リーダーシップの決定的な役割について論じてきました。

インクルーシブ・リーダーシップは、平時においてはイノベーションやエンゲージメントを高める原動力となりますが、その真価は、むしろ組織が困難に直面した有事の際にこそ発揮されると言えるかもしれません。多様な声に耳を傾け、失敗から学び、自律的な現場を育むリーダーシップスタイルこそが、組織をしなやかにし、あらゆる変化を乗り越える力となるのです。レジリエントな組織を築くこと。それこそが、現代における最も確かな企業の持続的成長戦略ではないでしょうか。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の組織文化改革やリーダーシップ開発を通じたレジリエンス強化をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

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杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

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