実践に向けた第一歩:インクルーシブ・リーダーシップの本質
インクルーシブ・リーダーシップとは、単に多様な人材を集めるだけでなく、組織に属する一人ひとりが「自分は歓迎され、尊重されている」と感じ、その個性や能力を最大限に発揮できる環境を意図的に創り出すリーダーシップのスタイルを指します。心理的安全性を土台に、誰もが安心して意見を述べ、貢献できる状態を目指すものです。
多くの企業でインクルーシブ・リーダーシップの重要性が認識され始めています。しかし、その理念を現場の管理職が日々の行動に落とし込むことは、決して容易ではありません。「具体的に何をすれば良いのか分からない」「従来のマネジメントスタイルから抜け出せない」といった声が聞こえてくるのが実情ではないでしょうか。
本コラムでは、インクルーシブ・リーダーシップを机上の空論で終わらせないため、リーダーが具体的に実践すべき5つの行動様式を、より実践的なレベルで提案します。
行動1:好奇心を持って「傾聴」する
インクルーシブ・リーダーシップの根幹をなすのが「傾聴」です。これは単に話を聞くのではなく、相手の存在そのものを受け止め、尊重するというメッセージを発信する、極めて能動的な行為です。特に、自分と異なる意見や、普段あまり発言しないメンバーの声にこそ、意識的に耳を傾けることが重要です。
傾聴を実践する際は、以下の点を意識することが有効と考えられます。
- 自分の内なる声を脇に置く
相手が話している最中に、評価や判断、反論を考えず、まずは相手の言葉をありのままに受け止めることに集中します。 - 非言語情報にも注意を払う
言葉だけでなく、声のトーン、表情、仕草といった非言語的なメッセージにも注意を払い、相手の感情や真意を深く理解しようと努めます。 - リモート環境での工夫
非言語情報が伝わりにくいリモートワーク下では、意図的にカメラをオンにしたり、会議の冒頭で雑談の時間を設けたりして、心理的な距離を縮める工夫が求められます。
行動2:弱さを開示する「自己認識」
従来のリーダー像とは異なり、インクルーシブ・リーダーシップにおいては、リーダーが自らの不完全さを率直に開示することが、チームの心理的安全性を劇的に高めます。これは「無能」の表明ではなく、むしろ「信頼」を構築するための強さの証です。メンバーに安心感を与え、チーム全体の力を引き出すために、以下のような行動が考えられます。
- 専門外の知識を素直に認める
「この分野は私の専門外なので、ぜひ皆さんの知恵を貸してください」と、チームに協力を仰ぎます。 - 過去の判断ミスを認める
「先日の判断は、今思うと少し視野が狭かったかもしれません」と、自身の誤りを率直に認め、チームからフィードバックを求めます。 - 自身のバイアスを共有する
「自分にはこういう思い込みがあるかもしれないので、もし気づいたら指摘してほしい」と伝え、自己成長への意欲と謙虚な姿勢を示します。
スキルベースの人事制度が促す「弱さの開示」
インクルーシブ・リーダーシップと親和性が高いのが、スキルベースの人事制度です。この制度は、リーダーが自身のスキルセットにおける強みと弱みを客観的に認識することを助けます。
例えば、「データ分析のスキルはAさんに及ばないから、このプロジェクトではAさんにリードしてもらおう」といった判断が、データに基づいて行えるようになります。これは、リーダーが全ての領域で万能である必要はなく、チーム全体のスキルを最適に組み合わせることが重要であるという、インクルーシブ・リーダーシップの本質的な考え方を組織に根付かせると同時に、リーダーが健全に「助けを求める」ことを組織的に後押しする仕組みでもあるのです。
*スキルベース型人事制度について、以下のコラムで解説しています。合わせてご参照ください。
行動3:答えを与えない「問いかけ」
メンバーが課題に直面した際、すぐに答えや指示を与えるのは、相手の成長機会を奪う行為です。インクルーシブ・リーダーは、良質な「問いかけ」を通じて、メンバー自身に考えさせ、答えを導き出させようとします。問いかけの質を高めるためには、以下のようなヒントが役立ちます。
- 未来志向・創造志向の問い
「なぜできないのか」という過去志向の問いだけでなく、「どうすれば私たちは〇〇できるだろうか」と、チームの思考をポジティブで建設的な方向に向ける問いを投げかけます。 - 視座を高める問い
「このプロジェクトの目的を、顧客の視点から一言で言うと何だろう?」といった問いで、メンバーの視座を上げ、より本質的な議論を促します。 - 「沈黙」を恐れない
問いかけた後に訪れる沈黙は、メンバーが思考を巡らせている貴重な時間です。答えを急かさず、じっくりと待つ姿勢が、メンバーの深い内省と主体的な発見を促します。
行動4:健全な対立を生む「勇気」
インクルーシブ・リーダーシップにおける「勇気」とは、単に少数意見を守るだけでなく、組織にとって最善の意思決定をするために、あえて「健全な対立」を生み出す勇気も含まれます。声の大きな人の意見に流されず、多様な視点を引き出すために、以下のような具体的な手法が有効です。
- 意図的に反対意見を述べる
リーダー自らが「あえて反対の立場から考えてみると、どんなリスクが考えられるだろう?」と切り出し、議論の死角や見落としがちな点を探ります。 - 匿名の意見収集
意思決定の最終段階で、「この決定にまだ懸念が残る人は、その理由を匿名でチャットに書き込んでください」といった手法を取り入れ、同調圧力に埋もれた本音を拾い上げます。 - 柔軟な見直し
一度下した決定であっても、状況を覆すような新しい情報が出てきた際には、「一度決めたことだから」と固執せず、見直しを提案することをためらいません。
行動5:信頼に基づく「権限委譲」
マイクロマネジメントは、インクルーシブ・リーダーシップの対極にある概念です。メンバーを信頼し、責任ある仕事を大胆に任せていく「権限委譲」は、彼らの成長とオーナーシップを育む上で不可欠です。成功する権限委譲には、いくつかの重要なポイントがあります。
- 委譲レベルの明確化
タスクやメンバーの習熟度に応じ、「この部分は指示通りに」「この件は相談しながら進めてほしい」「このプロジェクトは完全に一任する」など、裁量の範囲を事前に明確にすり合わせます。 - 失敗の許容と学習
権限委譲した仕事が期待通りに進まなかった場合、個人を責めるのではなく、「この経験から何を学べるだろう?」と、失敗をチームの共有財産に変える姿勢を見せることが、次の挑戦への意欲に繋がります。 - リーダー自身のメリット認識
権限委譲は、メンバーを育てるだけでなく、リーダー自身がより戦略的な業務に集中するための時間を生み出す、極めて戦略的なマネジメント行動であると理解することが重要です。
リーダーシップは、日々の行動の積み重ね
インクルーシブ・リーダーシップとは、特別なカリスマ性や才能ではなく、意識的な行動の積み重ねによって形成されるものです。本コラムで紹介した5つの行動は、決して特別なものではありません。しかし、これらを日々意識し、実践し続けることで、リーダー自身が成長し、チームや組織の文化は着実に変わっていくはずです。
まずは、明日からの1on1やチームミーティングで、1つでも実践してみてはいかがでしょうか。その小さな一歩が、多様な個性が輝き、イノベーションが生まれる組織への、大きな変革の始まりとなるかもしれません。
株式会社コトラでは、本コラムで解説したようなインクルーシブ・リーダーシップに必要な行動を促す「スキルベース型人事制度の導入支援」や、管理職の行動変容を目的とした「人材開発・研修の企画立案」で貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。