「データ分析」と聞いて、尻込みしていませんか?
「ピープルアナリティクスが重要だとは分かっているが、何から手をつければ良いのか見当もつかない」
「統計の専門知識もないし、高価なツールもない。うちの会社にはまだ早い」
人事や経営企画の現場で、このような声を聞くことは少なくありません。ピープルアナリティクスという言葉が持つ専門的な響きが、かえって実践へのハードルを上げてしまっている面もあるのかもしれません。
しかし、データ活用の本質は、必ずしも高度な統計モデルを駆使することにあるわけではありません。大切なのは、目の前にある課題に対し、「データという客観的な光を当ててみよう」と試みる姿勢です。本稿では、専門家でなくとも明日から実践できる、ピープルアナリティクスの「スモールスタート」について、具体的な手順を追って解説します。
本質は「課題解決」:ツールや技術はその次
ピープルアナリティクスを成功させる上で最も重要なことは、最初から完璧を目指さないことです。壮大な計画は不要ですので、まずは日々の業務で感じている身近な課題を一つ、テーマに設定することから始めましょう。全てはそこから始まります。
コトラが推奨するのは、データ活用の小さな成功体験を積み重ね、その有効性を組織内で実感してもらうアプローチです。そのためには、技術論よりも先に、解決したい課題を明確に定義することが不可欠です。例えば、以下のようなテーマはいかがでしょうか。
- テーマ例1(離職防止):なぜ、入社3年以内の若手社員の離職が特定の部署で多いのだろうか?
- テーマ例2(採用):中途採用で活躍している社員に、共通の経歴や面接時の評価項目はあるだろうか?
- テーマ例3(育成):ある研修の受講者と非受講者で、その後のパフォーマンス評価に違いはあるだろうか?
このように、具体的で、かつ多くの関係者が課題感を共有しているテーマを選ぶことが、分析への協力も得やすくなり、成果に繋がりやすいと考えられます。
3ステップで実践!ピープルアナリティクスのスモールスタート
テーマが決まったら、いよいよ分析のプロセスに入ります。ここでは、特別なツールを使わず、Excelのような表計算ソフトで実践できる3つのステップをご紹介します。
ステップ1:仮説を立てる
「仮説」とは、テーマに対する「仮の答え」のことです。データ分析とは、この仮説が正しいかどうかを検証する作業と言えます。経験や勘に基づいて、自由に仮説を立ててみましょう。
- 【テーマ1:離職防止】の場合の仮説例
- 「離職率の高い部署は、他部署に比べて月平均の残業時間が長いのではないか?」
- 「その部署の管理職は、1on1ミーティングの実施頻度が低いのではないか?」
- 【テーマ2:採用】の場合の仮説例
- 「ハイパフォーマーは、特定の採用チャネル(例:社員紹介)経由で入社している傾向がないか?」
- 「活躍している社員は、面接時の評価項目の中で『学習意欲』のスコアが高いのではないか?」
- 【テーマ3:育成】の場合の仮説例
- 「A研修の受講者は、非受講者に比べて、半年後の目標達成度が高いのではないか?」
- 「eラーニングの特定コースを修了した社員は、昇進スピードが速い傾向がないか?」
ステップ2:必要なデータを集める
立てた仮説を検証するために、どのようなデータが必要かを考えます。最初から完璧なデータが揃っている必要はありません。まずは社内の人事システムや勤怠管理システム、過去のアンケート結果など、アクセス可能な範囲でデータを集めてみましょう。
- 【テーマ1:離職防止】の場合の収集データ例
- 対象社員の属性データ(勤続年数、役職など)
- 過去1年間の勤怠データ(残業時間)
- エンゲージメントサーベイの結果
- 1on1の実施記録
- 【テーマ2:採用】の場合の収集データ例
- 社員ごとの入社経路データ
- 過去の面接評価シートや適性検査の結果
- 入社後の人事評価データ(ハイパフォーマーの定義に利用)
- 【テーマ3:育成】の場合の収集データ例
- 研修の受講者リスト
- 受講前後のパフォーマンス評価データや目標達成度の記録
- eラーニングの学習履歴
- 昇進・昇格の履歴データ
ステップ3:データを加工し、比較・可視化する
集めたデータをExcelなどで一覧表にし、仮説を検証します。ここでのポイントは、いきなり高度な分析をしようとしないことです。まずは「比較」と「可視化」から始めます。
- 【テーマ1:離職防止】の場合の分析手法例
- 該当部署の平均残業時間と、他部署の平均残業時間を比較する。
- 従業員ごとに、残業時間とエンゲージメントスコアを並べ、散布図を作成して関係性を見る。
- 【テーマ2:採用】の場合の分析手法例
- 採用チャネル別に、入社1年後の定着率やパフォーマンス評価の平均値を算出して比較する。
- 活躍社員群とそうでない社員群で、面接時の各評価項目の平均スコアをレーダーチャートで比較する。
- 【テーマ3:育成】の場合の分析手法例
- 研修受講者群と非受講者群で、研修後半年間の目標達成度の平均値を比較する。
- eラーニングの修了有無と、入社から次の昇格までの平均年数をクロス集計表で比較する。
これらの簡単な分析だけでも、「やはり、この部署の残業時間は突出して長かった」「残業時間が長い従業員ほど、上司との関係性に課題を感じている傾向が見られる」といった、客観的な事実に裏付けられた発見があるはずです。これこそがピープルアナリティクスの面白さであり、次の一手を考えるための重要な示唆となります。
小さな一歩が、組織を動かす大きな力になる
ピープルアナリティクスは、一部の専門家だけのものではありません。組織の課題に真摯に向き合う全ての人にとっての、強力な武器となり得ます。今回ご紹介したように、身近な課題設定と手元のデータ、そして簡単な分析からでも、十分に価値ある示唆を得ることは可能です。
重要なのは、分析して終わり、にしないことです。分析結果から得られた気づきを基に、「管理職向けのコミュニケーション研修を試行してみよう」「採用時の見極めポイントに、この項目を加えてみよう」といった具体的なアクションに繋げ、その効果をまたデータで振り返る。この小さなPDCAサイクルこそが、勘と経験の人事をデータドリブンな人事へと進化させ、組織全体の成長を力強く牽引していくのです。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。ピープルアナリティクスを始める上での具体的なテーマ設定や分析方法についてのご相談は、お気軽にお問い合わせください。