なぜ、ダイバーシティ推進は「掛け声」だけで終わってしまうのか?
「女性活躍推進の目標を掲げたが、数値目標の達成が目的化してしまっている」
「研修は実施したが、現場の意識や行動に変化が見られない」
「『ダイバーシティ経営』という言葉だけが独り歩きし、結局何を目指しているのかが社内で共有できていない」
ダイバーシティ経営の重要性を認識し、何らかの取り組みを始めたものの、このような「形骸化」の課題に直面している企業は少なくありません。せっかくの取り組みも、本来得られるはずのメリットに繋がらなければ意味がありません。
なぜ、ダイバーシティ経営は形骸化してしまうのでしょうか。本コラムでは、その根本的な原因を紐解きながら、ダイバーシティ経営のメリットを確実に引き出すための、実践的な推進ステップと具体的な障壁の乗り越え方について解説します。
ダイバーシティ経営の形骸化を招く3つの罠
多くの企業でダイバーシティ経営がうまく進まない背景には、共通する「罠」が存在すると考えられます。そのメリットを享受するためには、まずこれらの罠を理解することが重要です。
「目的」の欠如と「手段」の目的化
最も多いのが、ダイバーシティ経営を推進する「目的」が曖昧なまま、「女性管理職比率〇%」といった数値目標の達成や、研修の実施といった「手段」そのものが目的になってしまうケースです。
なぜ多様性が必要なのか、それが自社のどのような経営課題の解決に繋がり、どのようなメリットがあるのか。この根本的な目的が経営層から現場まで共有されていなければ、取り組みはやらされ仕事となり、魂が入りません。
「インクルージョン」の視点の欠如
多様な人材を採用する(ダイバーシティ)だけで、その多様な個性を活かす環境(インクルージョン)が整っていなければ、宝の持ち腐れです。異なる意見が歓迎されず、同調圧力が強い組織では、多様な人材は能力を発揮できずに孤立し、やがて離職してしまいます。
多様性を「活かす」ための組織文化や制度の改革が伴わなければ、ダイバーシティ経営は決して成功しません。
「現場任せ」と「経営層の傍観」
ダイバーシティ経営を人事部だけの仕事と捉え、経営層や現場の管理職が「自分事」として捉えていないケースも散見されます。これは全社的な経営改革であり、特に現場のキーパーソンである管理職の理解と協力なくして推進は不可能です。経営層の強力なリーダーシップと、管理職を巻き込む仕掛けが不可欠です。
計画倒れにしないための具体的推進ステップ
では、これらの罠を回避し、ダイバーシティ経営のメリットを最大化するためには、どうすればよいのでしょうか。ここでは、継続的な改善サイクルを回すための4つのステップを提案します。
ステップ1:現状把握と目的の明確化(Why – なぜやるのか)
まずは自社の現状を客観的に、そして多角的に把握することから始めます。
- 定量データの分析
従業員の属性データ(性別、年齢、国籍など)の構成比だけでなく、属性別の採用数、離職率、平均勤続年数、管理職比率、昇進スピードなどを分析し、どこにボトルネックがあるかを特定します。 - 定性データの収集
全社的な組織サーベイや、特定の層を対象としたインタビュー、パルスサーベイなどを通じて、従業員が感じているインクルージョン実感値や心理的安全性、キャリアへの不安といった「生の声」を集めます。
これらの分析結果に基づき、「3年後にグローバル市場での競争力を高めるため、非日本国籍の管理職比率をX%にする」「多様な顧客ニーズを反映した商品開発のため、企画部門の女性比率をY%に引き上げる」といった、自社の経営戦略と直結した具体的で測定可能な目的を言語化します。
ステップ2:推進体制の構築と戦略的ロードマップの策定(How – どうやるのか)
目的を達成するための実行計画を策定します。
- 推進体制の確立
経営トップをオーナーとし、人事だけでなく経営企画、事業部門、広報などからメンバーを募った全社横断の推進委員会などを設置します。経営会議での定例報告を義務付けるなど、実効性を担保する仕組みが重要です。 - ロードマップの策定
設定した目的に向けて、「短期(1年)」「中期(3年)」「長期(5年)」のマイルストーンを設定します。各期間で達成すべき具体的なアクションプラン、KPI、担当部署、予算を明確にしたロードマップを作成します。
KPIには、「女性管理職比率」のような結果指標だけでなく、「管理職候補者パイプラインの多様性」や「インクルージョンに関する従業員意識調査のスコア」といった先行指標も設定することが効果的です。
ステップ3:施策の実行と全社的な文化醸成(Do – 何をやるのか)
ロードマップに基づき、具体的な施策を実行に移します。これは単発のイベントではなく、複数の施策を有機的に連携させることが重要です。
- 制度・プロセスの改革
人材の「入口」から「内部での活躍」までを繋げた制度改革が不可欠です。
例えば、採用における構造化面接で多様な人材を公平に迎え入れる「入口」を整備すると同時に、管理職の評価項目にインクルーシブな行動を加えることで、入社した人材が「活躍できる土壌」を育みます。この2つは車の両輪であり、セットで進めることで初めて、多様な人材が定着し、活躍するサイクルが生まれます。 - コミュニケーションの活性化
経営層からの定期的なメッセージ発信、社内報やイントラネットでの成功事例の共有、全従業員が参加するタウンホールミーティングの開催などを通じて、全社的な機運を醸成します。 - 教育と啓発
全従業員向けの「無意識バイアス研修」や、管理職向けの「インクルーシブ・マネジメント研修」などを実施します。加えて、同じ課題や関心を持つ従業員が自主的に集うコミュニティ活動を支援するなど、現場からの自発的な学びや気付きを促すことも有効と考えられます。
ステップ4:効果測定と継続的な改善(Check & Adjust – どう見直すのか)
「やりっぱなし」にしないための仕組みを構築します。
- モニタリングとレポーティング
ステップ2で設定したKPIの進捗を定期的に(四半期ごとなど)モニタリングし、推進委員会や経営会議でレビューします。進捗が芳しくない場合は、その原因を深掘りします。 - 効果検証
従業員サーベイを定期的に再実施し、施策実行前後で意識や行動にどのような変化があったかを分析します。施策が意図した通りの効果を上げているか、あるいは予期せぬ副作用はないかなどを検証します。 - 計画の見直し
これらのモニタリングや検証の結果に基づき、ロードマップやアクションプランを柔軟に見直します。成功した施策は横展開し、効果の薄い施策は改善または中止するなど、常に最適なアプローチを模索し続けることが、持続的な変革に繋がります。
変革の鍵は、粘り強い対話と実践の積み重ね
ダイバーシティ経営の推進は、一度の施策で完結する特効薬ではなく、組織文化そのものを変革していく、息の長い取り組みです。時には現場からの抵抗や、思うように進まないもどかしさに直面することもあるかもしれません。
しかし、その壁を乗り越える鍵は、常に「何のためのダイバーシティなのか」という目的に立ち返り、従業員との粘り強い対話を続け、小さな成功体験を積み重ねていくことにあります。その地道な実践の先にこそ、イノベーション、人材獲得、持続的成長といった、ダイバーシティ経営がもたらす計り知れないメリットが待っているのです。
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