スキルベース人材ポートフォリオが拓く、企業の成長と個人のキャリア自律

その「ポジション」、5年後も同じ価値を持ち続けるでしょうか?

「〇〇部長」「△△担当課長」といった「ポジション(職位)」を基軸とした人材マネジメントは、長らく日本企業における組織運営の根幹をなしてきました。しかし、事業環境が目まぐるしく変化し、既存の事業モデルの賞味期限が短くなる現代において、この仕組みは機能不全を起こし始めているのではないでしょうか。

昨日まで重要だったポジションが、明日には不要になるかもしれない。今、社内に存在しない全く新しい専門性が、来期の最重要課題になるかもしれない。このような不確実性の高い時代において、硬直的なポジションベースの管理は、変化への迅速な対応を阻害する要因となり得ます。

そこで本コラムでは、従来の人材ポートフォリオの考え方を一歩進め、「ポジション」ではなく「スキル」を共通言語とする、新しい人材戦略のあり方について考察します。

「スキルベース人材ポートフォリオ」という新たな羅針盤

「スキルベース人材ポートフォリオ」とは、従業員一人ひとりが持つスキルを可視化・定量化し、それを基に人材の現状分析、将来予測、育成、配置を行うアプローチです。

従来の人材ポートフォリオが、しばしば「どの部署に、何人がいるか」という「箱(=部署や役職)」の管理に終始しがちだったのに対し、スキルベース人材ポートフォリオは、「どのような能力(=スキル)が、社内に、どれだけ存在するか」という「中身」に焦点を当てます。

なぜ今、「スキル」が重要なのか

スキルを軸に人材を捉えることには、現代の経営環境において、以下のような本質的なメリットがあると考えられます。

  1. 変化への柔軟性

事業内容が変わっても、それを構成する「スキル」に分解して考えれば、既存人材のどのスキルが活用でき、どのスキルが新たに必要になるかを特定しやすくなります。これにより、迅速な人材の再配置や、的を射たリスキリングが可能になります。

  1. 人材の発見と抜擢

ポジションや部署という「箱」に埋もれていた個人の専門性や潜在能力が、「スキル」という共通の物差しによって発見されやすくなります。これにより、意外な人材を新規プロジェクトに抜擢したり、部門を越えた知見の共有を促進したりできます。

  1. 従業員のエンゲージメント向上

会社が自分の「スキル」を見てくれている、評価してくれるという実感は、従業員の学習意欲やキャリア自律への意識を高めます。自身のスキルアップが、社内での新たな機会に繋がるという透明性は、エンゲージメントの向上に直結します。

スキルベース人材ポートフォリオへの転換は、単なる人事制度の変更ではなく、企業の競争優位性を再定義し、個人と組織の新しい関係性を築くための、戦略的な一手となり得るのです。

スキルベースへの移行がもたらす3つの変革

スキルベース人材ポートフォリオを導入することで、企業の人材戦略は具体的にどのように変わるのでしょうか。ここでは、その代表的な3つの変革について解説します。

変革1:勘と経験に頼らない「戦略的リスキリング」の実現

「リスキリングが重要だ」と言われて久しいですが、多くの企業では「何を」「誰に」学んでもらうべきかが曖昧なまま、流行りの研修を導入するに留まっているのが実情ではないでしょうか。

スキルベース人材ポートフォリオがあれば、経営戦略の実現に将来必要となるスキル(To-Be)と、現在社内に存在するスキル(As-Is)とのギャップが明確に可視化されます。これにより、「どのスキルを」「何人くらい」「いつまでに」育成する必要があるか、という具体的な目標設定が可能になり、勘や経験に頼らない、データドリブンで戦略的な人材開発計画を立案・実行できるようになります。

変革2:組織の壁を越える「社内タレントマーケット」の創出

従来の組織では、人材は所属する部署に固定されがちでした。しかし、スキルで人材を検索・閲覧できるようになれば、組織の壁を越えて、必要なスキルを持つ人材を柔軟に探し出すことが可能になります。

これは、社内に仮想的な「タレントマーケットプレイス」を創出するようなものです。新規プロジェクトの立ち上げ時に、部門を横断して最適なチームを迅速に編成したり、従業員が自らのスキルを活かせる社内公募に手を挙げたり、といった人材の流動化が促進されます。これにより、組織全体の知識や経験の共有が進み、イノベーションが生まれやすい土壌が育まれると考えられます。

変革3:会社主導から「キャリア自律支援」への転換

スキルという客観的な指標は、従業員自身が自らのキャリアを考える上でも強力な武器となります。自らの市場価値をスキルという観点で認識し、会社の戦略的方向性の中で、次にどのようなスキルを身につければ自身の可能性が広がるのかを、主体的に考えられるようになります。

企業の役割は、画一的なキャリアパスを提示することから、従業員一人ひとりが自律的にキャリアを築くための「機会」と「情報」を提供することへと変化します。スキル習得のための学習プラットフォームの提供や、スキルを軸としたキャリア面談の実施などを通じて、会社と個人がパートナーとして共に成長していく関係性を築くことができます。

スキルは、企業と個人の未来を繋ぐ共通言語

VUCAの時代を乗り越え、持続的な成長を遂げるためには、組織の変革スピードを個人の成長スピードが上回る必要があります。そのために、硬直的な「ポジション」という概念から脱却し、より柔軟で普遍的な「スキル」を人材戦略の中心に据えることが、今まさに求められているのではないでしょうか。

スキルベース人材ポートフォリオへの移行は、決して平坦な道のりではありません。スキルの定義、評価方法の策定、ITシステムの導入など、多くの挑戦が伴います。しかし、その先には、企業の変革力と個人の成長意欲が好循環する、新たな組織の姿が待っているはずです。スキルは、企業と個人の未来を繋ぐ、最も重要な共通言語となると私たちは考えます。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。スキルベース人材ポートフォリオへの移行や、それを支えるスキル評価制度の導入、人材開発体系の再構築について、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。
X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。
DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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