貴社の人的資本開示、「形骸化」の兆しはありませんか?
「人的資本開示の義務化に向け、担当部署を設置し、無事に報告書を提出できた」
「しかし、現場からは『また新しい仕事が増えた』と不満の声が聞こえ、経営層の関心も薄れつつある」
人的資本開示の義務化という大きな波に乗り、何とか対応を終えた企業も多いことでしょう。しかし、安堵したのも束の間、このような「形骸化」の兆しに、一抹の不安を感じている経営者や人事責任者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
時間と労力をかけて行った人的資本開示が、なぜ「やっただけ」で終わってしまうのか。そこには、多くの企業が共通して陥りがちな「罠」が存在します。
本コラムでは、これらの罠を明らかにし、人的資本開示を一過性のイベントで終わらせず、持続的な企業成長のエンジンとするための処方箋を提示します。
多くの企業が陥る、人的資本開示「3つの罠」
人的資本開示の取り組みが形骸化する背景には、主に3つの構造的な問題点、すなわち「罠」があると考えられます。自社の状況と照らし合わせながらご確認ください。
罠1:開示そのものが「目的化」してしまう
最も陥りやすいのが、この「目的と手段の混同」です。人的資本開示の義務化に対応するため、有価証券報告書や統合報告書に定められた指標を掲載することが、いつの間にか最終ゴールになってしまうケースです。
この状態に陥ると、議論は「どの指標を開示するか」「どうやって他社より見栄え良く見せるか」といった表面的なものに終始し、そのデータが自社の企業価値向上にどう繋がるのか、という本質的な問いが忘れ去られてしまいます。
罠2:人事部だけの「孤立した取り組み」になる
人的資本開示は、その名の通り「人事」が深く関わるため、人事部が主導で進めることが多くなります。しかし、これが人事部だけのタスクになってしまうと、第二の罠に陥ります。
経営戦略と切り離された人事施策のデータを開示しても、投資家には響きません。また、現場の協力なしに実効性のあるデータを集めることは困難であり、人事部の負担だけが増大していきます。結果として、経営からも現場からも「他人事」と見なされ、取り組みが孤立してしまうのです。
罠3:年に一度の「報告イベント」で終わる
開示書類の提出時期である年に一度だけ、慌ててデータを集めて報告書を作成し、提出が終われば次の年まで忘れてしまう。このようなサイクルに陥ると、人的資本開示は完全に一過性のイベントと化します。 これでは、開示のために集めた貴重なデータも、組織の課題解決や改善活動に活かされることはありません。
継続的なモニタリングや改善アクションが伴わない人的資本開示は、ステークホルダーからも「その場しのぎの対応」と見なされ、信頼を損なうことにも繋がりかねません。
全ての罠の根源は「経営と現場の断絶」
これら3つの罠は、一見すると別々の問題に見えるかもしれません。しかし、その根源をたどると、「経営層のビジョン」と「現場の実態」が断絶しているという共通の課題に行き着きます。
- 経営が人的資本の重要性を本気で語らなければ、開示は「目的化」します。
- 経営戦略と人材戦略が分断されていれば、人事は「孤立」します。
- 現場の声を吸い上げて改善に繋げる仕組みがなければ、取り組みは「一過性」で終わります。
この断絶を繋ぎ、経営と現場が一体となって人的資本に向き合う体制を築くことこそが、全ての罠を回避するための鍵となります。エンゲージメントサーベイなどを通じて現場の声を経営に届け、それを真摯に受け止めて改善に繋げるサイクルを回すことが、その第一歩と言えるでしょう。
「罠」を回避し、持続的な価値創造に繋げるための処方箋
では、これらの罠を回避し、人的資本開示を実りあるものにするためには、具体的にどうすればよいのでしょうか。ここでは3つの処方箋を提案します。
処方箋1:経営トップが「オーナーシップ」を持つ
人的資本開示は、人事部の仕事ではなく、経営マターです。経営トップ自らが、人的資本こそが企業価値創造の源泉であることを、自らの言葉で、繰り返し社内外に発信することが不可欠です。トップが強い意志(オーナーシップ)を示すことで、初めて人的資本開示は「目的」ではなく、経営戦略を実現するための重要な「手段」として、組織全体に認識されます。
処方箋2:全部門を巻き込んだ「推進体制」を構築する
人事部だけでなく、経営企画、IR、財務、そして各事業部門の責任者を巻き込んだ、部門横断的な推進チームを組成することが有効です。このチームが経営戦略と連動した人的資本に関するKPIを設定し、進捗を定期的にレビューする役割を担います。これにより、人的資本開示は「自分ごと」として全社に浸透し、取り組みの孤立を防ぐことができます。
処方箋3:開示と人事施策の「連動サイクル」を確立する
人的資本開示を、年に一度のイベントではなく、日常の事業活動に組み込むことが重要です。
- データ収集・可視化:組織サーベイやスキルデータなどを継続的に収集し、ダッシュボードなどでいつでも見られる状態にする。
- 課題分析・施策立案:データから課題を読み解き、採用、育成、制度改定などの具体的な人事施策を立案する。
- 施策実行・効果測定:施策を実行し、その効果を再びデータで測定する。
このサイクルを回し、そのプロセスと成果を開示情報に反映させることで、人的資本開示は生きた活動となり、継続的な企業価値向上に繋がります。
失敗から学び、真に意味のある取り組みへ
人的資本開示の義務化は、まだまだ発展途上の取り組みです。多くの企業が試行錯誤を繰り返している段階であり、失敗はつきものです。
重要なのは、他社の失敗事例や、自社が陥りがちな罠のパターンを事前に学び、それを回避するための手を打つことです。形骸化という罠を乗り越え、人的資本開示を自社の変革の契機とすることができた企業だけが、これからの時代で持続的な成長を遂げることができるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。人的資本開示が形骸化してしまう前の組織診断や、経営と現場を繋ぐ推進体制の構築支援など、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。