低スコアは「組織の伸びしろ」、悲観から分析へ
エンゲージメントサーベイを実施し、いざ結果の報告書を開いた瞬間、並んだ低いスコアの数々に、思わずため息をついてしまった、という経験をお持ちの経営者や人事責任者の方もいらっしゃるかもしれません。
「全社的にスコアが低い」「特定の項目の落ち込みが激しい」。こうした結果を前に、何から手をつければ良いのか、途方に暮れてしまうのも無理はありません。しかし、私たちコトラは、低いスコアは悲観すべき結果ではなく、むしろ「組織が成長するための貴重なシグナル」であると捉えています。
重要なのは、数字の上下に一喜一憂することではなく、そのデータから組織の構造的な課題を冷静に、かつ正確に読み解く分析の視点です。本コラムでは、エンゲージメントサーベイの結果を真に価値あるものに変える、データ分析の具体的なアプローチについて解説します。
スコアの奥に潜む「真の課題」を見抜く視点
エンゲージメントサーベイの分析で陥りがちなのは、スコアが低い項目をリストアップし、それぞれに対して場当たり的な施策を打ってしまうことです。例えば、「上司との関係」のスコアが低ければ管理職研修を、「評価への納得感」が低ければ人事制度の見直しを、といった具合です。
もちろん、それらが無駄だとは言いません。しかし、より本質的なアプローチは、それらの事象が「なぜ」起きているのか、その根本原因を探ることです。個別のスコアはあくまで結果であり、その背景には組織特有の構造的な課題が潜んでいると考えられます。
課題を「構造」と「因果」で捉える
私たちは、エンゲージメントサーベイの分析において、個別のスコアを点で捉えるのではなく、複数のデータを組み合わせ、課題を「構造的」に理解することを重視します。そして、どの課題が他の課題に影響を与えているのか、その「因果関係」の仮説を立てることが、効果的な打ち手に繋がると考えています。
例えば、「評価への納得感」が低いという事象があったとします。これを単独の課題と捉えるのではなく、他のデータと掛け合わせてみましょう。
- 属性データとのクロス分析
特定の部署や役職、勤続年数の層で特にスコアが低いのではないか? - 設問間の相関分析
「評価への納得感」のスコアは、「上司との対話の質・量」や「キャリアの見通し」といった他の設問のスコアと強く相関しているのではないか?
このように分析を進めると、「勤続3〜5年目の若手層において、キャリアパスが見えない不安が、上司との1on1の形骸化を招き、結果として評価への不満に繋がっている」といった、より解像度の高い課題仮説が見えてくるかもしれません。
ここまで掘り下げることで初めて、「若手層向けのキャリア研修の導入」や「上司向けの1on1スキル向上トレーニング」といった、的を射た具体的な施策を立案できるのです。エンゲージメントサーベイの分析とは、単なる集計作業ではなく、組織の現状を解き明かす探求のプロセスなのです。
的確な一手へ導く、実践的データ分析3ステップ
では、具体的にどのように分析を進めれば、構造的な課題と因果関係の仮説にたどり着けるのでしょうか。ここでは、エンゲージメントサーベイのデータを最大限に活用するための、実践的な分析ステップをご紹介します。
ステップ1:全体像の把握と「気になる差異」の発見
まずは、組織全体のスコアの傾向を把握します。過去のサーベイ結果があれば、その経年変化を確認することも重要です。その上で、分析の切り口となる「差異」を探します。
具体的には、部署、役職、年齢、性別、勤続年数といった属性ごとにスコアを比較し、特に高い、あるいは低いセグメントを特定します。例えば、「営業部門の若手層」や「ミドルマネジメント層」など、特定の集団に課題が集中していないかを確認します。この差異こそが、深掘りすべきポイントのヒントとなります。エンゲージメントサーベイで得られる豊富なデータを活用しない手はありません。
ステップ2:相関分析による「影響ドライバー」の特定
次に、どの要素が従業員のエンゲージメントに最も強く影響しているか(=影響ドライバー)を特定します。これは、各設問のスコアと、総合的なエンゲージメントスコア(「あなたは自社で働き続けることを勧めますか」といった設問)との相関関係を分析することで明らかになります。
多くのサーベイツールには、この相関分析機能が搭載されています。分析の結果、例えば「組織理念への共感」や「成長の機会」「上司の支援」といった項目が、エンゲージメント全体への影響度が特に高いことが分かれば、それらの項目が改善の優先順位が高い、重要なレバーであると判断できます。スコアの絶対値が低くなくても、エンゲージメントへの影響度が大きい項目は注視すべきです。
ステップ3:課題の構造化と「優先順位」の決定
ステップ1と2の結果を統合し、課題の構造を可視化します。具体的な方法としては、「課題のグルーピング」と「影響度とスコアのマッピング」が挙げられます。
課題のグルーピング
まず、関連性の高い設問項目をグループ化することで、漠然とした課題が整理され、構造的に捉えやすくなります。
- 人間関係:「上司との関係」「同僚との関係」「部門間の連携」
- 仕事そのもの:「仕事のやりがい」「仕事の裁量」「スキルアップの実感」
- 労働環境・制度:「労働時間・休暇」「福利厚生」「評価・報酬制度への納得感」
- 経営・戦略:「経営陣への信頼」「企業理念への共感」「事業の将来性」
影響度と満足度のマッピング
次に、より具体的に取り組むべき課題の優先順位を決定するために、ポートフォリオ分析を行います。これは一般的に「重要度-満足度分析(IPA: Importance-Performance Analysis)」とも呼ばれる手法です。
- 象限1:最優先改善項目(影響度:高、満足度:低)
- エンゲージメントへの影響が大きいにもかかわらず、従業員の満足度が低い項目。
- 組織のエンゲージメントを向上させる上で最も改善効果が期待できる領域であり、リソースを最優先で投下すべき課題群といえる。
- 象限2:強みの維持・強化(影響度:高、満足度:高)
- 影響度が大きく、満足度も高い項目。
- 自社の強みであり、従業員のエンゲージメントを支える重要な要素。
- この強みが損なわれないよう、引き続き維持・強化していくべき領域。
- 象限3:維持(影響度:低、満足度:高)
- 満足度は高いものの、エンゲージメント全体への影響は比較的小さい項目。
- 現状維持で十分と考えられ、リソースの過剰な投下には注意が必要。
- 象限4:改善の優先度低(影響度:低、満足度:低)
- 満足度は低いが、エンゲージメント全体への影響も小さい項目。
- リソースが限られている中では、改善の優先順位は低いと判断される。
このプロセスを経ることで、「なぜこの施策から取り組むべきなのか」という論理的な根拠が明確になり、経営層や現場への説明責任を果たしやすくなります。エンゲージメントサーベイの分析は、客観的なデータに基づいた意思決定を可能にするのです。
データに基づく意思決定が、組織を着実に強くする
エンゲージメントサーベイの低いスコアは、決してネガティブなものではありません。それは、組織がより良く変わるための具体的なヒントが詰まった、貴重なデータです。
大切なのは、表面的な数字に惑わされず、その背後にある構造的な課題を冷静に分析し、最も効果的な打ち手は何かを見極める視点です。データに基づいた客観的で論理的なアプローチこそが、場当たり的な施策の繰り返しから脱却し、組織を着実に成長軌道に乗せるための鍵となるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社のエンゲージメントサーベイの高度な分析や、データに基づいた課題特定の取り組みをサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。