リスキリング投資を企業価値へ 人的資本開示で語る成長戦略

リスキリングは「コスト」か「投資」か?

「リスキリングの重要性は理解しているが、多額の費用がかかるばかりで、その投資対効果をどう評価すれば良いかわからない」
「人的資本開示において、リスキリングの取り組みをどう表現すれば、投資家に当社の成長性を伝えられるのだろうか」

昨今、人的資本経営への注目が高まる中で、多くの経営者、そしてIRや経営企画の担当者の方々が、このような新たな課題に直面しています。リスキリングは、未来の事業を支える人材を育成するための不可欠な活動です。しかし、その成果が短期的な財務数値に表れにくいため、社内での優先順位付けや、社外の投資家への説明に難しさを感じているケースが少なくないと考えられます。

本コラムでは、リスキリングを単なる「コスト」で終わらせず、持続的な企業価値向上に繋がる「戦略的投資」として位置づけ、ステークホルダーにその価値を伝えていくための視点について解説します。

なぜ投資家はリスキリングに注目するのか

人的資本開示の文脈で、なぜこれほどまでに人材育成、とりわけリスキリングが重視されるのでしょうか。それは、投資家が企業の将来性を評価する上で、その見方が変化してきているからです。

「変革への適応能力」を示す先行指標

現代の事業環境は、技術革新や市場の変化が激しく、既存の製品やサービス、そして従業員のスキルが急速に陳腐化するリスクに常に晒されています。このような状況下で、投資家は企業の貸借対照表や損益計算書といった過去の実績を示す財務情報だけでは、その企業の真の持続可能性を測れないと考えるようになっています。

彼らが知りたいのは、企業が未来の変化にどれだけ適応できるか、という「変革への適応能力」です。戦略的なリスキリングへの投資は、まさにこの能力を示す重要な先行指標と見なされています。つまり、「自社の事業が将来直面するであろう変化を予測し、それに備えて人材という最も重要な資本に的確な投資を行っているか」という点が、厳しく評価されているのです。

求められるのは「一貫した成長ストーリー」

投資家は、単に「何時間の研修を実施したか」「何人の従業員が受講したか」といった断片的な活動報告を求めているわけではありません。彼らが期待するのは、企業の経営戦略と人材戦略がどう結びつき、リスキリングという施策を通じて、いかにして将来のキャッシュフロー創出や企業価値向上に繋がるのか、という一貫した成長の物語(ナラティブ)です。この物語を、客観的なデータと共に説得力をもって語ること。それが、現代の企業に課せられた重要な説明責任と言えるでしょう。

リスキリングの成果を可視化し、語るためのアプローチ

では、説得力のある成長ストーリーを構築するためには、具体的にどのようなアプローチが考えられるでしょうか。「定量的な可視化」と「定性的なナラティブ」の両面から考えることが重要です。

定量的な可視化:InputからOutcomeへの視点の転換

リスキリングの成果を示す際、投下した費用や時間(Input)だけを報告しても、その効果は伝わりません。重要なのは、その投資がどのような成果(Output/Outcome)に繋がったかを示すことです。

  • Input(インプット):投下した研修費用、総研修時間、対象者数など
  • Output(アウトプット):スキル習得率、資格取得者数、特定の研修プログラムの修了者数など
  • Outcome(アウトカム):生産性向上率、新規事業における育成人材の貢献度、従業員エンゲージメントスコアの変化、リスキリングを理由とした離職率の低下など

特に、事業成果に直結するOutcome指標を測定し、開示に繋げる意識を持つことが、投資の正当性を証明する上で極めて重要です。すべての成果をすぐに数値化することは難しいかもしれませんが、測定に向けた努力を続けている姿勢そのものが、企業価値に対する真摯な態度の表れとして評価される傾向があります。

定性的なナラティブ:データに意味を与える物語

数字だけでは戦略の全体像は伝わりません。定量的なデータを補完し、それに意味を与えるのが定性的なナラティブです。統合報告書や人的資本レポートにおいては、以下の要素を一貫したストーリーとして語ることが求められます。

  1. 戦略との接続(Why):なぜ、今このリスキリングに取り組む必要があるのか。自社の経営戦略や事業ポートフォリオの変革と、どう連動しているのか。
  2. 育成・活用プロセス(How):どのような人材を育成し、そのスキルをどのように事業に活用していくのか。人材ポートフォリオの理想像と現状のギャップ、そしてそれを埋めるための具体的なプロセスを示す。
  3. 将来へのインパクト(Impact):この取り組みが、短期・中期・長期で、どのように企業価値の向上に貢献するのか。財務的インパクトだけでなく、イノベーション創出や組織文化の変革といった非財務的インパクトにも言及する。

戦略的人材投資としてのリスキリングが企業価値を高める

リスキリングは、もはや単なる人事部門の一施策ではありません。それは、企業の持続的成長を左右する、経営戦略そのものです。自社の未来像から逆算して必要なスキルを定義し、計画的に人材へ投資し、そのプロセスと成果を真摯にステークホルダーへ語りかける。

この一連の活動は、対内的に従業員のエンゲージメントを高め、自律的な成長を促すと同時に、対外的には資本市場からの信頼を獲得し、企業価値を高めるための最も確実なコミュニケーションと言えるでしょう。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。戦略的なリスキリング計画の策定から、その成果を説得力をもって伝えるための人的資本開示の高度化まで、まずはお気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。
X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。
DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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