人材育成への支出、その効果を説明できますか?
経営者や人事責任者の皆様は、株主や取締役会からこう問われた際に、自信を持って回答できるでしょうか。
「多額の費用をかけて研修を実施しているが、それがどれだけ業績に貢献しているのか、明確な数字では示せない」
これは、多くの企業が抱える根深い課題ではないでしょうか。
人材育成が重要であることに異論を唱える人はいないでしょう。しかし、その効果が曖昧なままでは、育成活動は「聖域なきコスト削減」の対象になりかねません。人材育成を単なる「コスト」で終わらせず、企業の未来を創る「戦略的投資」として位置づけるためには、その投資対効果(ROI)を可視化する努力が不可欠です。
本コラムでは、そのための強力なツールとなる「教育体系図」を活用し、育成効果を測定・可視化する具体的なアプローチについて解説します。
なぜ育成効果の測定は難しいのか?:KGIとKPIの分断
人材育成の効果測定が難しい理由は、育成活動(例:研修の実施)と、企業が最終的に目指すゴール(例:売上向上、利益拡大)との間に、距離がありすぎるためです。研修の満足度アンケートだけでは、ビジネスへのインパクトは測れません。
この課題を解決する鍵は、教育体系図を「育成施策のゴール」と「事業戦略のゴール(KGI)」とを接続する「翻訳機」として機能させることにあります。
近年、上場企業を中心に人的資本情報の開示が義務化され、投資家は「企業が人材にどれだけ投資し、それがどのように企業価値向上に繋がっているのか」に強い関心を寄せています。これは、育成効果の可視化に取り組む企業にとって、強力な追い風となると考えられます。
開示が求められる「育成に関する指標(例:従業員一人当たりの研修時間や費用)」を単に報告するだけでは不十分です。重要なのは、その投資が、どのようなロジックで「業績や生産性といった財務指標」や、「従業員エンゲージメントやリテンションレートといった非財務指標」の向上に結びついているのか、そのストーリーを語ることです。
そして、そのストーリーの骨格となるのが、戦略的に設計された教育体系図なのです。「我々は、この教育体系に基づき、〇〇というスキルを持つ人材を育成することで、△△という事業KPIを達成し、最終的に企業価値向上を目指します」。このような一貫した論理を構築することが、ステークホルダーからの信頼を獲得する上で極めて重要になります。
育成ROIを可視化する4つの実践的ステップ
それでは、具体的に教育体系図を用いてROIを可視化していくためのステップを見ていきましょう。
ステップ1:育成目標と事業KPIの接続
まず、教育体系図に描かれた各育成プログラムの「目的」を再定義します。例えば、「新人営業研修」の目的を「ビジネスマナーを身につける」といった行動レベルの目標に留めず、「研修後半年以内の新規契約獲得率を平均10%向上させる」といった、事業KPIに直結する目標を設定します。このKPIは、現場の事業責任者と合意の上で設定することが不可欠です。
ステップ2:育成前後のパフォーマンス比較
次に、設定したKPIを育成の前後で比較・測定します。前述の例で言えば、研修参加者と非参加者のパフォーマンスを比較したり、参加者の研修前後のデータを時系列で比較したりする方法が考えられます。
これにより、「研修がなければ達成できなかったであろう成果」を定量的に示すことが可能になります。もちろん、外的要因を完全に排除することは困難ですが、相関関係を示すだけでも、投資の妥当性を説明する上で大きな前進と言えるでしょう。
ステップ3:エンゲージメントサーベイ等のデータ活用
育成の効果は、売上や生産性といった直接的な業績指標だけで測れるものではありません。従業員のエンゲージメント(仕事への熱意や貢献意欲)や、学習意欲の向上、キャリア展望の明確化といったポジティブな変化も、重要な投資リターンです。
組織サーベイなどを活用し、「キャリア成長の機会が提供されていると感じるか」「自身のスキルが向上している実感はあるか」といった項目を定期的に測定し、育成施策との関連性を分析します。これらのデータは、離職率の低下やイノベーションの促進といった、長期的な企業価値向上に繋がる効果を示唆する上で有効です。
ステップ4:育成効果のレポーティングと改善
最後に、これらのデータを統合し、経営陣や株主といったステークホルダーに向けてレポーティングします。
重要なのは、成功事例だけでなく、効果が見られなかった施策についても正直に報告し、その学びを次の教育体系図の改訂や施策の改善に繋げていく姿勢です。この透明性のあるPDCAサイクルこそが、人材育成を科学的な「戦略投資」へと昇華させます。
効果の可視化が、より良い人材投資のサイクルを生む
人材育成の効果を可視化する取り組みは、単にコストセンターからプロフィットセンターへの脱却を目指すだけのものではありません。何が効果的で、何がそうでないのかをデータに基づいて判断できるようになることで、より質の高い、戦略的な人材投資が可能になります。
「勘と経験」に頼った人材育成から、データに基づき、事業貢献を語れる人材育成へ。その変革の中心に「教育体系図」を据えることで、企業は持続的な成長を実現するための、力強い好循環を生み出すことができるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。人的資本開示の高度化や、育成効果の可視化に関するご相談は、お気軽にお問い合わせください。