事業成果を生む戦略的リスキリングの進め方
「多額の予算を投じてDX研修を実施したが、現場の行動は何も変わらない」
「良かれと思って導入したe-learningも、ほとんどの社員が利用していない」
『人材版伊藤レポート2.0』で「リスキル・学び直し」の重要性が強調される中、多くの人事責任者の方々が、このようなジレンマを抱えているのではないでしょうか。施策を実行すること自体が目的となり、本来目指すべきであったはずの「事業成果への貢献」という視点が抜け落ちてしまう。これは、非常によく見られる課題です。
本コラムでは、こうした「自己満足の研修」から脱却し、リスキリングを企業の成長エンジンへと転換させるための、戦略的なアプローチについて考察します。
なぜリスキリングは「研修」で終わってしまうのか
多くの企業でリスキリングが機能しない背景には、共通した構造的な問題が存在すると考えられます。それは、「事業戦略との分断」と「個人の動機付けの欠如」です。
流行りのテーマだから、という理由で研修を企画したり、全社員に一律のプログラムを提供したりしても、効果は限定的です。なぜなら、その学びが「自社のどの事業課題を解決するため」で、「自身のキャリアにとってどのような意味を持つのか」という問いに対する答えが、社員に見えていないからです。
私たちコトラが考える戦略的リスキリングとは、単なる知識のインプットではありません。それは、「企業の未来に必要なスキル」と「社員が習得したいスキル」を重ね合わせ、個人の成長がそのまま企業の成長に直結する仕組みを設計することです。
この視点を持つことで、リスキリングはコストから「未来への戦略的投資」へとその意味合いを変えます。『人材版伊藤レポート2.0』が問いかけているのも、まさにこうした投資対効果を意識した人材開発のあり方なのです。
事業成果に繋げる戦略的リスキリングの3ステップ
では、具体的にどのように進めれば、リスキリングを事業成果に繋げることができるのでしょうか。私たちは、以下の3つのステップで進めることを推奨しています。
ステップ1:あるべきスキルの定義(経営戦略との連動)
まず、自社の中期経営計画や事業戦略を基点に、「3年後、5年後に、どのような事業で勝ち抜いていくのか」「そのために、どのようなスキルを持つ人材が、どれだけ必要なのか」を具体的に定義します。
例えば、「新規のSaaS事業を年率30%で成長させるためには、カスタマーサクセスのスキルを持つ人材が新たに15名必要だ」といったレベルまで落とし込みます。
ステップ2:現状スキルの可視化とギャップ分析
次に、社員が現在保有しているスキルを客観的に把握します。スキルアセスメントツールや上長との評価面談などを通じて、「誰が」「どのようなスキルを」「どのレベルで」持っているのかをデータとして可視化(スキルマップ化)します。
そして、「ステップ1」で定義した「あるべき姿」と現状を比較し、「どのスキルが」「どれだけ」不足しているのかというギャップを明確に特定します。
ステップ3:学びの機会提供と動機付けの仕組み化
特定されたギャップを埋めるために、最適な学習機会(OJT、研修、外部講座、e-learningなど)を組み合わせた育成プランを策定します。しかし、ここで最も重要なのは「動機付け」です。
- キャリアとの接続:新たに習得したスキルが、昇進・昇格や、希望する部署への異動、より挑戦的な役割へのアサインに繋がることを明確に示す。
- 評価・処遇への反映:スキルの習得度合いを人事評価や報酬制度に反映させる。
- 学び合う文化の醸成:社内で勉強会を開催したり、学びの成果を発表する場を設けたりすることで、個人の学びを組織の知へと転換する。
このように、社員が「学びたい」「学ぶことで報われる」と感じられる環境を整えることが、リスキリングを自律的・継続的なものにする鍵となります。
個人の成長が、企業の成長を加速させる
『人材版伊藤レポート2.0』が目指す人的資本経営において、戦略的なリスキリングは、その中核をなす極めて重要な取り組みです。それは、変化の激しい時代において、企業が持続的に価値を創造し続けるための生命線と言っても過言ではありません。
事業戦略から逆算して必要なスキルを定義し、社員一人ひとりの成長意欲を引き出す仕組みを構築すること。この両輪が噛み合ったとき、リスキリングは真の力を発揮し、個人の成長が企業の成長を力強く牽引していく好循環が生まれるのではないでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。事業戦略に連動した人材開発・研修の企画立案や、スキルベース型人事制度の導入支援など、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。