その人事制度改定は、企業の未来に繋がっていますか?
「多大な時間とコストをかけて人事制度を改定したものの、現場からは不満の声が噴出し、以前よりもエンゲージメントが下がってしまった」
「経営環境の変化に対応するため制度を見直したが、結局は形骸化し、運用が定着しないままになっている」
企業の経営者や人事責任者の皆様にとって、このようなお悩みは決して他人事ではないかもしれません。人事制度は、企業の根幹をなす重要な仕組みです。しかし、その人事制度改定のプロセスを一度でも誤ると、従業員のモチベーション低下や組織の一体感の喪失を招き、企業成長の足かせとなりかねません。
問題の本質は、多くの場合「改定そのものが目的化」してしまう点にあると考えられます。本コラムでは、このような失敗を避け、人事制度改定を真に企業の持続的な成長エンジンへと昇華させるための、本質的なアプローチと実践的なプロセスについて、深く掘り下げてまいります。
人事制度改定の成否を分ける「起点」の発想転換
一般的な人事制度改定のプロセスは、「現状分析→制度設計→導入→定着」という流れで語られます。もちろん、この流れ自体は間違いではありません。しかし、最も重要な、そして多くの企業が見落としがちな点が、このプロセスの「前段階」に存在します。
それは、「経営戦略・事業戦略と、あるべき人材像(人材ポートフォリオ)を接続する」という工程です。
多くの失敗例では、現状の制度への不満や世の中のトレンドに流される形で人事制度改定の議論がスタートしてしまいます。しかし、本来あるべき姿は、自社の未来から逆算するアプローチです。
- 自社のパーパス(存在意義)とビジョンは何か
- 3年後、5年後、どのような事業で価値を創造していたいか
- その事業戦略を実現するために、どのようなスキル、経験、価値観を持つ人材が、どれだけ必要か(あるべき人材ポートフォリオの設計)
これらの問いへの解像度を徹底的に高めることこそ、人事制度改定の方針を定める上で不可欠です。
私たちコトラは、この「戦略との接続」こそ最も重要だと考えています。例えば、組織サーベイを通じて従業員の価値観やエンゲージメントの現状を可視化し、経営層とのワークショップを重ねることで、目指すべき組織像と、それを実現するための人材要件を具体化していきます。
人事制度改定は、単なるルール変更ではなく、「企業のOSを、未来の戦略に合わせてアップグレードする」という壮大なプロジェクトなのです。この視点を持つことで、議論はより本質的になり、関係者の目線も自然と揃っていく傾向があります。
納得感を醸成し、自走する組織を作るための実践ステップ
戦略的な方針が固まったら、次はいかにしてそれを現場に受け入れられ、自律的に運用される制度として落とし込んでいくか、という実践的なプロセスに入ります。ここでは、「納得感の醸成」と「コミュニケーション」が成功の鍵を握ります。
ステップ1:多角的な現状分析と課題の特定
すべての変革は、現在地を正確に知ることから始まります。思い込みや感覚ではなく、客観的なデータに基づいて課題を特定します。
- 多角的なデータ収集
- 定量分析
従業員サーベイなどを活用し、現行制度への満足度、公平感、キャリアパスへの期待などを数値で把握します。世代や部署、役職などでクロス集計することで、課題の所在が明確になります。 - 定性分析
従業員インタビューやグループディスカッションを通じて、数値の裏にある「生の声」を拾い上げます。なぜ不満なのか、何を期待しているのか、といった感情や背景を深く理解することが、後の制度設計やコミュニケーションの質を大きく左右します。
- 定量分析
- 課題の構造化
収集したデータを基に、「評価の公平性への不満が若手層のエンゲージメント低下の主因である」といった、根本的な課題仮説を構築します。
この現状分析のフェーズで特に重要なのは、「人事部だけで抱え込まない」ということです。人事部だけの視点で分析を進めると、どうしても現場の実態とのズレが生じたり、分析結果が他部門から「人事部からの指摘」として他人事に受け取られたりするリスクが考えられます。
分析の初期段階から経営企画や主要な事業部門のキーパーソンを巻き込み、課題の特定や解釈を共同で行うことが極めて有効です。例えば、分析結果を基に、その意味合いを共に議論するワークショップを開催することで、課題は「人事部の課題」から「全社の経営課題」へと昇華します。
このプロセスを通じて、後のフェーズで不可欠となる各部門の協力体制と、全社的な当事者意識の土台を築くことができるのです。
ステップ2:改定の目的設定と推進体制の構築
現状分析で見えた課題を、経営戦略と接続させ、改定の「旗印」を掲げます。その際、経営層の強いコミットメントはもちろんのこと、各事業部門のキーパーソン、さらには次世代を担う若手・中堅社員など、多様なメンバーをプロジェクトに巻き込むことが極めて重要です。
- 魅力的な目的(ビジョン)の設定
「〇〇事業の成長を加速させるため、挑戦を促し、正当に報いる評価制度を構築する」といった、従業員が「自分ごと」として共感できる、具体的で魅力的な改定目的を定めます。 - 多様なプロジェクトチームの組成
経営層の強いコミットメントを確保した上で、人事だけでなく、各事業部門のエース級人材や管理職を巻き込んだ推進チームを組成し、そのメンバーを全社に公表します。
各部門が抱える固有の課題や、世代間の価値観の違いなどを設計段階から織り込むことで、より実態に即した制度になります。 - 納得感の醸成
プロジェクトに参加したメンバーが、それぞれの現場の「伝道師」となり、改定の意図や背景を丁寧に説明することで、全社的な理解と納得感を得やすくなります。
ステップ3:新制度のドラフト設計と意見収集
いきなり完璧な制度を目指すのではなく、現場を巻き込みながら草案を磨き上げていきます。
- 制度骨子の設計とシミュレーション
目的に基づき、等級・評価・報酬といった制度の骨子を設計し、新しい制度が従業員に与える影響(給与変動など)をシミュレーションします。 - 中間報告とフィードバック収集
完成品ではなく「たたき台」として制度案を一部の管理職や従業員に開示し、ワークショップなどで意見を収集します。このプロセスが「自分たちで作っている」という当事者意識を醸成します。
ステップ4:コミュニケーションプランの策定と実行
どんなに優れた制度を設計しても、その意図や内容が従業員に正しく伝わらなければ意味がありません。丁寧で戦略的なコミュニケーションが成否を分けます。
- 多段階のコミュニケーション設計
全従業員向けの説明会だけでなく、管理職向けのトレーニング、Q&Aセッション、イントラネットでの継続的な情報発信など、対象とタイミングに応じたプランを策定します。- 説明会の実施
単なる「説明」で終わらせず、「対話」の場として設計します。質疑応答の時間を十分に確保し、あらゆる疑問に誠実に答える姿勢が信頼を生みます。 - 情報発信の継続
社内報やイントラネットなどを活用し、改定の進捗状況や背景にある考え方を継続的に発信し続けます。透明性の高さが、従業員の安心感に繋がります。
- 説明会の実施
- 管理職への徹底したトレーニング
新しい制度を運用するのは、現場の管理職です。評価者トレーニングなどを通じて、評価基準やフィードバックの方法などを徹底的に周知し、運用スキルの標準化を図ります。
ステップ5:導入後の効果測定と継続的な改善
人事制度は導入がゴールではありません。常に改善し続ける「生き物」として捉えることが重要です。
- KPIモニタリング
改定の目的として設定したKPI(例:エンゲージメントスコア、離職率など)の推移を定期的に観測し、効果を検証します。 - 定期的な見直しプロセスの制度化
「年に一度、運用状況をレビューし、必要に応じて微修正を行う」といったプロセスをあらかじめ制度に組み込み、環境変化に対応できる動的な仕組みとします。
これらのステップを丁寧に進めることが、人事制度改定を成功に導き、従業員のエンゲージメントを高める上で不可欠なのです。
人事制度改定は、企業の未来を創る対話のプロセス
人事制度改定は、決して平坦な道のりではありません。しかし、そのプロセスは、自社の未来像を改めて見つめ直し、経営と従業員が一体となって組織のあり方を議論する、またとない機会でもあります。
経営戦略と連動した「揺るぎない軸」を持ち、従業員一人ひとりとの対話を重ねながら納得感を醸成していく。この地道で誠実なプロセスこそが、変化の激しい時代を乗り越え、企業の持続的な成長を実現する礎となると、私たちは確信しています。人事制度改定という重要な経営課題に対し、本質的なアプローチで臨むことが、企業の未来を切り拓くのです。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の人事制度改定プロセスにおける課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。