その「教育体系」、いつ整理したものですか?
多くの時間と労力をかけて作り上げた、自社の「教育体系」。しかし、策定から数年が経過し、ふと見返したときに、「今の事業環境や、求められる人材像と、少しずれているかもしれない」と感じたことはないでしょうか。
現代は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った「VUCA」の時代と呼ばれます。このような予測困難な時代において、一度策定したら変わらない、固定的な教育体系は、残念ながらあっという間に価値を失ってしまう可能性があります。
本コラムでは、VUCAの時代を勝ち抜くために不可欠な、「進化し続ける教育体系」という考え方と、その仕組みを組織に根付かせるための3つの重要な視点について、深く掘り下げていきます。
陳腐化の根本原因:変化を織り込んでいない設計思想
なぜ、従来型の教育体系は陳腐化しやすいのでしょうか。その根底には、「一度、正しい体系を作れば、それに沿って運用すればよい」という、安定した時代を前提とした設計思想があると考えられます。しかし、事業モデルの寿命が短くなり、求められるスキルが急速に変化する現代においては、この前提そのものを見直す必要があります。
完璧な計画を一度に立てようとするのではなく、変化する事業環境に合わせて、常に最新の育成方針を反映できるような、柔軟性のある計画。これからの教育体系に求められるのは、そのようなあり方です。
これからの人材育成に求められるキーワードは「アジリティ(俊敏性)」です。環境の変化をいち早く察知し、育成戦略を柔軟に方向転換できるかどうかが、企業の競争力を左右します。
このアジリティを担保するためには、自社の教育体系においても、定期的にその有効性を測るための指標(KPI)を設定し、モニタリングする仕組みを組み込むことが極めて重要です。
例えば、「新規事業に対応できる人材の育成数」や「リスキリングプログラムの参加率と満足度」などを定点観測し、計画と実績の乖離があれば、迅速に教育体系や育成プログラムそのものを見直すのです。これは、静的な「計画」から動的な「改善システム」への転換を意味します。
陳腐化を防ぎ、進化し続ける仕組みを作る3つの視点
環境変化に対応し、進化し続ける教育体系を構築・運用するために、具体的にどのような視点を持てばよいのでしょうか。ここでは、3つの実践的なアプローチを提案します。
視点1:事業戦略と同期する「短期レビューサイクル」の導入
従来の年次での見直しでは、変化のスピードに追いつけない可能性があります。四半期に一度、あるいは毎月といった短いサイクルで、経営陣や事業責任者が集まり、事業戦略の進捗と育成状況を突き合わせる場を設けることを推奨します。
この会議では、「現在の人材育成体系は、今の戦略目標達成に貢献しているか?」「市場や競合の変化を踏まえ、新たに獲得すべきスキルは何か?」といった問いを投げかけ、必要であれば、研修内容の変更や新たな育成プログラムの追加を迅速に意思決定します。
視点2:現場の「生きた情報」を吸い上げるフィードバック機構
進化する仕組みの構築には、現場からのインプットが欠かせません。顧客と日々接している営業担当者、技術の最前線にいるエンジニアなど、現場の従業員こそが、環境変化の兆候を最も早く掴んでいます。
1on1ミーティングやチームミーティング、あるいは社内SNSなどを活用し、「今、業務でどのようなスキルが新たに必要だと感じるか」「現在の研修は、実務に役立っているか」といった現場の声を定期的に吸い上げる仕組みを構築しましょう。これらの「生きた情報」は、教育体系を現実的で実用的なものに保つ上で、極めて貴重な資源となります。
視点3:従業員の「キャリア自律」を促す情報開示と選択肢の提供
VUCAの時代には、会社がすべてのお膳立てをする「お任せ型」の育成だけでは限界があります。従業員一人ひとりが、自らのキャリアに関心を持ち、主体的に学ぶ「キャリア自律」の意識を醸成することが重要です。
そのためには、会社としてどのような人材を求めているのか、どのようなスキルを習得すればキャリアアップに繋がるのかを、教育体系を通じて明確に開示することが求められます。さらに、必須の研修だけでなく、従業員が自らの興味や課題意識に応じて選択できる多様な学習機会(e-ラーニング、書籍購入補助、社外セミナー参加支援など)を提供することで、主体的な学びを後押しすることができます。
変化への適応力こそが、最大の無形資産となる
先が見えない時代だからこそ、確かなことは一つあります。それは、「変化に適応し続けられる組織だけが生き残る」ということです。
進化し続ける教育体系を運用すること。それは、単なる育成計画の実行ではありません。組織全体で変化を学び、未来を創造していくための「学習する文化」そのものを形作る、極めて戦略的な営みです。この仕組みを自社に根付かせることこそが、どんな事業環境の変化にも耐えうる、強靭な組織体質という最大の無形資産を築き上げることにつながるのです。
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