人的資本開示を巡る国内法制度化の動向(2022年6月)
2022年に入り、「人的資本開示」に関する日本国内の動きが加速しています。
政府による法制度化、ルール化などについて新聞報道等で取り上げられることが目立つようになっており、弊社顧客からもご相談やお問合せが増えております。
今回のコラムでは、執筆時点(2022年6月7日時点)での人的資本を巡る日本国内の政府の動向やトピックスについてまとめております。
1:内閣府
内閣府主導の人的資本開示関連活動としては以下が挙げられます。
①新しい資本主義実現会議
②非財務情報可視化委員会(①のワーキングループ)
③骨太の方針(6/8追加)
①新しい資本資本主義実現会議
2022年5月31日に「第8回新しい資本主義実現会議」が開催され、今までの議論をまとめた「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(案)」が公表されました。
37ページに及ぶ本資料では、「Ⅰ.資本主義のバージョンアップに向けて」という大きなテーマから、個別具体的な施策に至るまで、これから日本が実施すべき重点項目が記載されています。その中でも第一に挙げられているのが「1.人への投資と分配」です。人をコストではなく資産ととらえ、積極的に投資を行うことが重要だとされております。その際の施策の一つとして、人的資本開示の重要性が強調されております。
5月14日付の日本経済新聞によると、今夏までに、「リーダーシップ」「後継者育成計画」「採用」「育成」「多様性」など人的資本に関する19項目の測定項目(KPI)が定められ、企業による公表が求められていくとのことです。
2022年9月16日追記
「人的資本可視化指針」がパブリックコメントを経て正式にリリースされました。(2022/8/30)
6月に発表された(案)と大きく変わることはなく、企業が自主的に任意に対応するためのガイドラインとしての位置づけとなります。
人的資本可視化指針
付録①
パブリックコメントの結果公示
参考資料:
「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(案)~人・技術・スタートアップへの投資の実現~」(第8回新しい資本主義実現会議資料:2022年5月31日)
上記資料より一部抜粋
- 「費用としての人件費から、資産としての人的投資」への変革を進め、新しい資本主義が目指す成長と分配の好循環を生み出すためには、人的資本をはじめとする非財務情報を見える化し、株主との意思疎通を強化していくことが必要である
- 今後、資本市場のみならず、労働市場に対しても、人的資本に関する企業の取組について見える化を促進することを検討する
- 企業側が、モニタリングすべき関連指標の選定と目標設定、企業価値向上との関連付け等について具体的にどのように開示を進めていったらよいのか、参考となる人的資本可視化指針を本年夏に公表する。
- 今後、資本市場のみならず、労働市場に対しても、人的資本に関する企業の取組について見える化を促進することを検討する。
②非財務情報可視化研究会
新しい資本主義実現会議の分科会として、「費用としての人件費から、資産としての人的投資への変革に向けて」と題し、世界の動向に注目しながら「人的資本の可視化」「可視化に向けた対応」の具体化について検討されております。
マクロな市場データやアンケート調査結果など、豊富なデータや図表があり、大変参考となります。また、47ページから74ページにわたって、個別の測定項目(KPI)について、ISO30414、WEF、SASB、GRI、CSRD(欧州)、SEC(米国)、有価証券報告書(日本)、コーポレート・ガバナンスコード(日本)での対応を、マトリックス形式で整理されております。
政府がISO30414に非常に注目しており、そのカバー範囲をどのようにとらえているかを読み取ることができます。
参考資料:
非財務情報可視化研究会(第5回)配付資料 指針(たたき台)2022年5月19日
③骨太の方針
昨日、2022年6月7日に、いわゆる「骨太の方針」が閣議決定されました。
正式名称は「経済財政運営と改革の基本方針 2022 新しい資本主義へ ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」となります。
今後の日本の大方針である「骨太の方針」、その中で根幹となるのが「新しい資本主義」であり、「新しい資本主義」の中心となるのが「人材に対する成長と分配」、つまり「人的資本」という構図になります。
骨太の方針と同時に「実行計画工程表」も公開されております。こちらでは、各施策について、より具体的な項目とスケジュールを確認することができます。
参考資料:
経済財政運営と改革の基本方針 2022 新しい資本主義へ
~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~(2022年6月7日)
2:金融庁
①ディスクロージャーワーキング・グループ
「経済社会情勢の変化を踏まえ、投資家の投資判断と建設的な対話に資する企業情報開示のあり方を検討」するための会議体であり、近年の大きなテーマは、非財務情報開示と企業の持続的成長と見受けられます。
開示先は投資家を想定しているものですが、その中でも具体的には有価証券件報告書での記載について、ここ最近報道等で取り上げられております。
報道等では、今夏に方針が示され、2023年から有価証券報告書での記載が義務付けられるのでは、と言われております。
5月23日に開催された、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第9回)の資料では、有価証券報告書内での人的資本の開示項目について言及されており、最終的に以下の形での開示が義務付けられるようです。
(ⅰ)「人材育成方針」 (多様性の確保を含む)や「社内環境整備方針」について、有価証券報告書のサステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」の枠の開示項目とする
(ⅱ)上記の「方針」と整合的で測定可能な指標(インプ ット、アウトカム等)の設定、その目標及び進捗状況について、同「記載欄」の「指標と目標」の枠の開示項目とする
(ⅲ)女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差について、中長期的な 企業価値判断に必要な項目として、有価証券報告書の「従業員の状況」の中の開示項目とする
※下線は筆者追加。前提として、有価証券報告書内に、「サステナビリティ情報」という大項目が新設となり、(ⅰ)(ⅱ)はそこへの記載となります。
また、ISO30414については以下のような記載があり、金融庁でも注目されていることが伺えます。
- 一方で、国際的には、例えば、以下のような開示の議論が進んでいる。
- 米国では、SEC が、2020 年 11 月、非財務情報に関する規則を改正し、年次報告書に おいて人的資本に関する開示の義務付けを行った。これにより、企業は、事業を理解する上で重要な範囲で、人的資本についての説明や、企業が事業を運営する上で重視する人的資本の取組みや目標などの開示が求められている。
- 国際標準化機構(ISO)は、2019 年1月、ISO30414 を策定し、人的資本の状況を示す指標を公表している。
- こうした中、国内外の企業では、人的資本や多様性に関する戦略や方針、人材の育成・維持するための主要なプログラム、関連する指標の実績や目標をインプットとアウトカムに分けて開示するといった取組みが進んでいる。
参考資料:
金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第9回)2022年5月23日
「-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」
3:経済産業省
①人材版伊藤レポート2.0 (人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書)
2020年9月に第1弾が公表され、その後の人的資本経営において大きな影響を与えた人材版伊藤レポートの第2弾が、2022年3月18日に公表されております。
本報告書の狙いについて、経済産業省は以下の通り説明しております。
本報告書では、「人的資本」の重要性を認識するとともに、人的資本経営という変革を、どう具体化し、実践に移していくかを主眼とし、それに有用となるアイディアを提示するものです。
ただし、全ての項目にチェックリスト的に取り組むことを求めるものではありません。事業内容や置かれた環境によって、有効な打ち手は異なります。
本報告書をアイディアの引き出しとし、経営陣が人的資本経営へと向かう変革を主導していただけることを期待します。
前回の報告書をさらに深堀りし、より実践的な手引書となっており、今後の企業の人的資本経営において非常に重要な指針となるものであります。
参考資料:
「人材版伊藤レポート2.0」(人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書)2022年3月18日
②未来人材会議
経済産業省では、以下の趣旨にて、「未来人材会議」を開催しております。
- デジタル化の加速度的な進展と、「脱炭素」の世界的な潮流は、これまでの産業構造を抜本的に変革するだけではなく、労働需要のあり方にも根源的な変化をもたらすことが予想される。
- 今後、知的創造作業に付加価値の重心が本格移行する中で、日本企業の競争力をこれまで支えてきたと信じられ、現場でも教え込まれてきた人的な能力・特性とは根本的に異なる要素が求められていくことも想定される。
- 日本企業の産業競争力や従業員エンゲージメントの低迷が深刻化する中、グローバル競争を戦う日本企業は、この事実を直視し、必要とされる具体的な人材スキルや能力を把握し、シグナルとして発することができているか。そして、教育機関はそれを機敏に感知し、時代が求める人材育成を行えているのか。
- かかる問題意識の下、2030 年、2050 年の未来を見据え、産学官が目指すべき人材育成の大きな絵姿を示すとともに、採用・雇用から教育に至る幅広い政策課題に関する検討を実施するため、「未来人材会議」を設置する。
その未来人材会議の中間報告が「未来人材ビジョン」として、5月31日にまとめられました。
2030年、2050年を見据えた日本の労働市場に対応していくための政府方針・施策がまとめられております。こちらの資料も、現在及び今後の労働市場に関する豊富なデータが参考となるとともに、今後の日本政府の大きな指針を確認することができる非常に参考となる資料となっております。
参考資料:
「未来人材ビジョン」(未来人材会議 中間とりまとめ 2022年5月31日)
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