「施策は導入したが、組織の空気は変わらない」そのジレンマの正体
「ウェルビーイング経営の重要性は理解している。健康増進セミナーや、新しいコミュニケーションツールも導入した。しかし、現場の従業員の表情は晴れず、組織の一体感も高まらない」。このようなジレンマを抱える経営者や人事責任者の方は、決して少なくないのではないでしょうか。
良かれと思って導入した施策が、いつの間にか「やらされ仕事」になり、形骸化してしまう。この現象の背景には、ウェルビーイング経営に対する根本的な誤解が潜んでいる可能性があります。それは、「施策の導入=ウェルビーイング経営の実現」という短絡的な思考です。
本コラムでは、こうした「打ちっ放し」の施策で終わらせないために、ウェルビーイング経営を「組織文化」として深く根付かせるための実践的なアプローチを論じます。真のウェルビーイング経営は、単発のイベントではなく、日々の業務やコミュニケーションの中に息づく文化そのものである、という視点を提供します。
なぜ施策は空回りするのか?ウェルビーイング経営の失敗パターン
ウェルビーイング経営がうまく機能しない組織には、いくつかの共通したパターンが見られます。自社の状況と照らし合わせながら、その要因を探ってみましょう。
パターン1:経営層の「他人事」感
経営層がウェルビーイング経営の推進を人事部門に丸投げし、自らはその理念や重要性を語らないケースです。従業員は「どうせ人事部だけの取り組みだろう」と冷めた目で見てしまい、全社的なムーブメントにはなりません。ウェルビーイング経営の成否は、経営トップのコミットメントに大きく左右されると言えます。
パターン2:継続性のない単発的な施策
健康イベントやリフレッシュ施策など、単発で終わる取り組みに終始してしまうパターンです。施策の実施そのものが目的化してしまい、これらの施策が従業員のウェルビーイングにどのような影響を与えたのか、効果測定や振り返りが行われないため、次の一手に繋がりません。これでは、持続的な改善サイクルは生まれません。
パターン3:現場の実態との乖離
従業員が本当に求めていることと、会社が提供する施策がずれているケースです。例えば、長時間労働で疲弊している従業員に、業務時間外の健康セミナーを推奨しても、更なる負担にしかなりません。現場のニーズを無視した施策は、善意の押し付けと受け取られかねません。
私たちコトラは、これらの失敗パターンに共通する根源的な課題は、「組織文化の醸成」という視点の欠如にあると考えています。個別の施策は、あくまでウェルビーイングな文化を育むための「手段」に過ぎません。従業員が安心して自分の意見を言える「心理的安全性」や、互いの成功を喜び、困難を助け合う「協働の文化」といった土壌がなければ、どんなに優れた施策も根付くことはないのです。
真のウェルビーイング経営とは、この土壌を耕す地道な活動そのものです。組織サーベイなどを活用して自社の文化的な課題を特定し、その上で必要な施策を戦略的に配置していくアプローチが不可欠です。
ウェルビーイングを文化にするための3つの実践ステップ
では、具体的にどのようにしてウェルビーイングを組織文化として醸成していけば良いのでしょうか。ここでは、明日からでも着手できる、実践的な3つのステップをより詳細に解説します。
Step1:対話型ワークショップで「自分ごと化」を促す
まずは、組織サーベイなどの結果を基に、自社の「現在地」を組織全体で共有し、対話を始めることが第一歩です。この際、単なる結果報告会に終わらせず、職場単位での対話型ワークショップを実施することが極めて有効です。以下、進め方の例を紹介します。
- 結果の共有
人事からサーベイの全体結果と、各部署のレポートを説明します。 - グループ対話
4〜5人の小グループに分かれ、「このデータを見てどう感じたか?」「私たちの職場で特に気になる項目は何か?」を話し合います。 - 課題の深掘り
「なぜこの項目のスコアが低いのだろう?」という問いを立て、根本的な原因を探ります。 - アクションプランの創出
「この状況を改善するために、明日から私たちにできることは何か?」というテーマで、具体的な行動目標を全員で考え、合意形成します。
運営においては、以下のようなポイントに注意しましょう。
- 心理的安全性の確保
最初に「何を言っても良い」「他者の意見を否定しない」といったグラウンドルールを共有します。 - 管理職の役割
管理職は議論をリードするのではなく、メンバーが話しやすいように促すファシリテーターに徹することが望ましいです。
このようなプロセスを経ることで、従業員はウェルビーイング経営を「会社から与えられるもの」ではなく、「自分たちで創り上げていくもの」として捉えるようになります。
Step2:管理職を「ウェルビーイング文化の担い手」として育成する
従業員が日常的に最も影響を受ける管理職を、ウェルビーイングな文化を率先して体現し、周囲に広める「担い手」として育成することが、文化浸透の鍵を握ります。知識のインプットだけでなく、意識と行動の変容を促す、以下のような多角的な育成プログラムが求められます。
- アンコンシャスバイアス研修
誰もが持つ無意識の偏見に気づき、公平なコミュニケーションを実践する方法を学びます。 - セルフケア研修
まず管理職自身のウェルビーイングを高めるため、ストレスマネジメントやレジリエンス(精神的回復力)向上の手法を習得します。 - 部下のキャリア支援研修
1on1などを通じて、部下の強みや価値観を引き出し、その成長を支援するためのコーチングスキルを磨きます。
また、研修後のフォローアップを忘れないようにしましょう。
- 実践共有会
研修で学んだことを職場で実践してみた結果や悩みを、管理職同士で共有し、学び合う場を定期的に設けます。 - 360度フィードバック
部下からのフィードバックも参考に、管理職が自らのマネジメントスタイルを客観的に振り返る機会を提供します。
Step3:「良い習慣」を定着させる仕組みをデザインする
文化は日々の小さな習慣の積み重ねによって作られます。ウェルビーイングを促進するポジティブな行動が、自然と繰り返されるような「仕組み」を意図的にデザインすることが有効です。
- 称賛・承認の仕組み
- サンクスカードやピアボーナスツール
従業員同士が感謝や称賛を気軽に送り合えるツールを導入し、ポジティブなコミュニケーションを活性化させます。 - 朝礼でのグッドニュース共有
チームのミーティングの冒頭で、最近あった良いニュースや感謝したいことを共有する時間を設けます。
- サンクスカードやピアボーナスツール
- 繋がり・協働の仕組み
- 社内メンター制度
他部署の先輩社員がメンターとなり、後輩のキャリアや悩みの相談に乗る制度を構築します。 - 部門横断プロジェクトの推奨
通常業務では関わりのないメンバーと協働する機会を設け、組織の風通しを良くします。
- 社内メンター制度
これらの仕組みを導入する際は、いきなり全社展開するのではなく、特定の部署でスモールスタートし、効果検証をしながら改善していくアプローチが成功の秘訣です。
持続的な実践こそが、ウェルビーイング経営成功の鍵である
ウェルビーイング経営を形骸化させないためには、「施策の導入」と「文化の醸成」を連携させ、継続的に取り組む視点が不可欠です。これは、一度達成すれば完了する短期的な目標ではなく、組織と従業員の成長に合わせて、絶えず見直しと改善を続けるべき継続的なプロセスです。
目に見える個別の施策だけでなく、その前提となる従業員間の関係性や行動規範、すなわち組織文化に働きかけること。その地道な取り組みこそが、従業員一人ひとりの潜在能力を最大限に発揮させ、持続可能な競争力を持つ組織を構築する上で、最も重要な要件であると私たちは考えます。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。組織サーベイを用いた文化の可視化から、管理職研修、コミュニケーション施策の企画立案まで、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。