そのシステム、人事部だけの「片思い」になっていませんか?
「全社にタレントマネジメントシステムを導入したのに、ログインしているのは人事部のメンバーばかり」
「現場の管理職からは『忙しくて見る暇がない』と言われ、従業員からは『何を入力すればいいのか分からない』と質問される」
このような状況は、タレントマネジメントシステム活用を目指す多くの企業にとって、深刻な悩みではないでしょうか。どれだけ高機能なシステムを導入しても、それを使う「現場」の従業員や管理職にそっぽを向かれてしまっては、まさに宝の持ち腐れです。システムの導入が、かえって人事部と現場の間に溝を生んでしまうという皮肉な結果にさえなりかねません。
なぜ、このような「形骸化」が起きてしまうのでしょうか。本質的な問題は、システムが「人事部のための管理ツール」として導入され、現場にとっての価値がデザインされていない点にあります。本コラムでは、この根深い問題を乗り越え、システムを現場が主役となって動かす「文化」へと昇華させるための、実践的なアプローチを提案します。
「管理」のツールから「対話」と「成長」のプラットフォームへ
導入したタレントマネジメントシステムが現場に根付かない最大の理由は、その導入目的が「管理の効率化」に偏りすぎているためです。もちろん、人事情報を一元管理することは重要ですが、それが前面に出過ぎると、現場からは「管理される」「評価される」という受け身でネガティブな印象を持たれてしまいます。
課題の本質:現場不在のトップダウン導入
多くの場合、システムの導入は経営層や人事部が主導するトップダウンで進められます。そのプロセスにおいて、「このシステムは、現場の皆さんにとって、こんなに良いことがある」というメッセージが十分に伝わらない、あるいはそもそも現場にとってのメリットが十分に考慮されていないケースが散見されます。
- 従業員は「なぜ、自分のスキルやキャリアプランをわざわざ入力しなければならないのか」その意味を理解できていない。
- 管理職は「システムを見れば部下のことが分かる」という幻想を抱き、直接のコミュニケーションが希薄になることを懸念している。
- 入力されるデータが、もっぱら人事評価や査定の材料として使われるのではないかという不信感が根底にある。
こうした現場の不安や疑問を解消しないまま活用を強制しても、待っているのは形式的な入力と、静かに使われなくなる未来だけです。
システムを「心理的安全性」を高める触媒に
私たちコトラは、タレントマネジメントシステム活用の目指すべき姿は、「管理」の対極にある「対話」と「成長」の促進にあると考えています。そして、その根幹を支えるのが「心理的安全性」です。
心理的安全性とは、組織の中で自分の意見や気持ちを、誰に対してでも安心して発言できる状態のことです。この心理的安全性が低い組織では、従業員は本音のキャリア志向をシステムに入力することをためらうでしょう。管理職も、部下の弱みや課題について、建設的なフィードバックをシステム上で行うことを躊躇するかもしれません。
そこで、システムを「個人の弱みを管理するツール」ではなく、「上司と部下がキャリアや成長について対話するための共通言語を提供するプラットフォーム」と再定義することが重要です。
例えば、システム上のスキルデータやキャリア志向を見ながら1on1ミーティングを行うことで、対話はより具体的で、未来志向のものになります。従業員は自分の強みや目指す方向性を客観的に伝えやすくなり、上司は的確な支援やアドバイスを提供しやすくなるでしょう。
このように、タレントマネジメントシステムを「対話の質を高める触媒」として位置づけることで、現場の抵抗感は薄れ、むしろ「自分たちのためのツール」として主体的に活用される可能性が拓けるのです。
現場が主役になる、活用文化を醸成する3つの仕掛け
システムを「対話」と「成長」のプラットフォームとして定着させ、現場が主役のタレントマネジメントシステム活用文化を醸成するための、具体的な3つの仕掛けをご紹介します。
仕掛け1:「Give」から始めるコミュニケーション設計
現場に協力を求める(Take)前に、まずは人事から価値を提供する(Give)ことから始めましょう。現場の管理職や従業員が「これは便利だ」「助かる」と感じるような、お役立ち機能の活用から推進するのです。
- 管理職向け
- 1on1支援機能の提供
部下のプロフィールや過去の面談記録、キャリア志向などを一覧できる画面を提供し、「1on1の準備が格段に楽になった」という体験をしてもらう。 - チームのスキルマップ提供
チームメンバーのスキル保有状況を可視化し、「誰にどの仕事を任せれば成長に繋がるか」「チームに今、必要なスキルは何か」を考える材料として活用してもらう。
- 1on1支援機能の提供
- 従業員向け
- キャリアパスの可視化
「この会社では、こんなキャリアステップが歩めるのか」というモデルケースや、ロールモデルとなる先輩社員の経歴を公開し、自身の未来を描く参考にしてもらう。 - 社内公募や研修情報のパーソナライズ
本人が登録したスキルやキャリア志向に基づいて、最適な社内公募や研修プログラムをシステムが推薦してくれる機能を提供する。
- キャリアパスの可視化
「入力してください」ではなく、「こんな便利な使い方がありますよ」というアプローチが、現場の心を動かす第一歩です。
仕掛け2:活用が上手な「アンバサダー」を称賛する
全社一律での活用を無理強いするのではなく、まずは一部の協力的でITリテラシーの高い部署や管理職に「アンバサダー」としてパイロット運用に協力してもらい、成功事例を創出します。
そして、その成功事例を社内報や全体会議などで大々的に共有し、アンバサダーを称賛するのです。
- 「〇〇部のA部長は、システムを活用した的確な人員配置で、新プロジェクトを成功に導きました」
- 「Bさんは、システムで自分のスキルを発信したことがきっかけで、希望していた海外赴任のチャンスを掴みました」
こうしたポジティブなロールモデルを示すことで、「自分も使ってみよう」「使えば良いことがあるかもしれない」という自発的な動機が、自然発生的に社内に広がっていきます。人は、強制されるよりも、他者の成功を見て模倣する方が、はるかに意欲的に行動するものです。
仕掛け3:「活用度」をマネジメントの評価に組み込む
ある程度、活用の機運が高まってきた段階で、次のステップとして、管理職の評価項目に「部下育成への貢献」や「チームエンゲージメントの向上」といった項目を加え、その評価の参考情報としてタレントマネジメントシステムの活用状況(例:1on1の実施記録、部下のキャリアプランへのフィードバック状況など)を用いることを検討します。
ここで重要なのは、「システムのログイン回数」のような安易な指標を評価に直結させないことです。あくまでも、システムを「部下との対話や育成を促進するためのツール」として、いかに主体的に活用しているか、その姿勢や行動を評価の対象とします。
これにより、管理職にとってタレントマネジメントシステム活用は、「やらされ仕事」から「自身の評価にも繋がる重要な責務」へと意味合いが変わります。この仕組みが、活用文化を組織に根付かせるための、強力なドライバーとなるでしょう。
システムは文化を映す鏡であり、文化を創る道具である
タレントマネジメントシステムが形骸化しているとしたら、それはシステムの機能の問題ではなく、組織のコミュニケーション文化や人材育成に対する価値観そのものが反映されているのかもしれません。
しかし、逆に言えば、タレントマネジメントシステム活用のあり方を意図的にデザインし直すことで、組織の文化そのものを、よりオープンで、対話的で、一人ひとりの成長を支援するものへと変革していくことが可能です。システムは単なるツールではなく、組織文化を映し、そして創り変えるための強力な「道具」と言えるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。本コラムでご紹介した、現場主導の活用文化を醸成するための具体的なコミュニケーションプランの策定や、管理職向けの研修プログラムの設計について、より詳しいご相談はお気軽にお問い合わせください。




