そのシステム、本当に会社の利益に貢献しているのか?
「導入に多額のコストがかかったが、それに見合うリターンは得られているのか」
「現場の生産性は本当に上がったのか、具体的な数字で示してほしい」
人事部門の責任者として、タレントマネジメントシステムの活用を推進する中で、経営陣からこのような厳しい問いを投げかけられた経験はないでしょうか。
人的資本への投資の重要性が叫ばれる一方で、その効果を客観的な指標で示すことの難しさは、多くの企業が抱える共通の課題です。特に、タレントマネジメントシステム活用のような、効果が多岐にわたり、かつ長期的に現れる施策については、そのROI(投資対効果)を明確に説明できず、苦慮するケースが後を絶ちません。本コラムでは、この難題に対し、どのように向き合い、経営が納得する説明責任を果たしていくべきか、その具体的な道筋を提示します。
ROIを「財務的効果」と「非財務的価値」で捉えるアプローチ
タレントマネジメントシステム導入・活用のROIを語る際、多くの人が陥りがちなのが、直接的なコスト削減効果や売上向上といった「財務的効果」だけで語ろうとすることです。もちろんそれらも重要ですが、人的資本投資の本質的な価値は、それだけではありません。
課題の本質:短期的な財務指標への偏重
「システム導入により、人事評価にかかる工数が〇〇時間削減できた(人件費換算で〇〇円のコスト削減)」 といった説明は分かりやすい一方で、投資の価値を過小評価してしまう危険性をはらんでいます。なぜなら、タレントマネジメントシステムの真の目的は、多くの場合、コスト削減よりも戦略的な価値創造にあるからです。
- 次世代リーダーの育成が計画的に進むこと
- 優秀な人材の離職が減り、ノウハウが社内に蓄積されること
- 従業員のエンゲージメントが高まり、自律的な改善活動が生まれること
これらの価値は、すぐさまP/L上の数字に反映されるとは限りません。短期的な財務指標のみでROIを評価しようとすると、「効果が見えない投資」という誤った結論に至ってしまうのです。
「KGI/KPIツリー」で価値を構造化する
私たちコトラが推奨するのは、タレントマネジメントシステムの活用によってもたらされる価値を構造的に捉え、最終的な財務的成果(KGI:重要目標達成指標)に至るまでのプロセスを複数のKPI(重要業績評価指標)で可視化するアプローチです。
例えば、タレントマネジメントシステム活用の最終ゴール(KGI)を「営業利益率の向上」に置いたとします。そのゴールに至るまでの因果関係を、以下のように分解してKPIを設定します。
- KGI:営業利益率の向上
- 戦略KPI:顧客単価の向上、新規顧客獲得数の増加
- 施策KPI:ハイパフォーマーの営業ノウハウの形式知化と共有、戦略的顧客への重点的な人材配置
- アクションKPI(システム活用指標)
- ハイパフォーマーのスキル・コンピテンシーのデータ化・分析
- スキルマップを活用した営業研修プログラムの策定・実施率
- タレントレビューに基づく、重点顧客担当者の適正配置率

このように、システムの活用という具体的なアクションが、いかにして最終的な経営目標の達成に貢献するのか、その論理的な繋がりを「KGI/KPIツリー」として示すことができれば、経営層の納得感は飛躍的に高まります。これは、投資の意義を多角的かつ長期的な視点で説明するための強力なツールとなり得ます。
経営層を動かす、ROI可視化のための3つの実践法
「KGI/KPIツリー」の考え方をベースに、タレントマネジメントシステム導入のROIを可視化し、経営層に説明するための具体的な方法を3つご紹介します。
実践法1:定量的な「before/after」を比較する
説明責任を果たす上で、定量的なデータは最も説得力を持ちます。タレントマネジメントシステムの導入・活用を本格化させる前(before)の数値を正確に把握しておくことが重要です。
- 人材獲得・定着に関する指標
- 離職率(特に、将来を期待される優秀層の離職率)
- 重要ポジションの採用数
- 重要ポジションの充足にかかる期間とコスト
- 人材育成に関する指標
- 管理職昇進後の初回評価スコア
- 特定のスキル保有者の増加率
- 各研修の受講率
- 組織・風土に関する指標
- エンゲージメントサーベイのスコア
- 部署異動希望の実現率
- 1on1ミーティングの実施率と満足度
これらの指標を、システムの活用前後で比較し、ポジティブな変化を示すことで、投資の正当性を客観的に証明することができます。例えば、「システム活用によるキャリアパスの明確化により、若手層の離職率が〇%改善した」といった報告は、極めて説得力があります。
実践法2:定性的な「サクセスストーリー」を収集・共有する
数字だけでは伝わらない価値もあります。システム活用によって生まれた、現場での具体的な成功事例(サクセスストーリー)を収集し、経営層に共有することも非常に有効です。
- 管理職の声
これまで気づかなかった部下の意外な才能をデータで発見し、新しいプロジェクトで活躍してもらうことができた - 従業員の聲
自分のキャリアプランをシステムに登録したところ、希望していた部署から声がかかり、モチベーションが大きく上がった - 事業部長の声
タレントレビュー会議で全社的な視点から候補者を推薦してもらい、事業のスピードを落とすことなく、最適な後任者を見つけることができた
こうした個別のエピソードは、タレントマネジメントシステムがもたらすポジティブな影響を生き生きと伝え、経営層の感情的な理解を促します。定量データと組み合わせることで、報告はより立体的で説得力のあるものになるでしょう。
実践法3:「人的資本レポート」で外部ステークホルダーに訴求する
タレントマネジメントシステム活用のROIは、社内に向けた説明だけに留まりません。蓄積された客観的なデータは、投資家や顧客といった外部ステークホルダーに対する「人的資本経営の実践」をアピールするための強力な根拠となります。
統合報告書や人的資本レポートにおいて、
- サクセッションプランの対象となるキーポジションの割合や、後継者候補の準備状況
- 従業員のスキル向上への投資額と、その結果としてのスキル保有率の変化
- エンゲージメントスコアと企業業績の相関分析
といった情報を開示することで、自社が持続的な価値創造能力を持つ企業であることを示すことができます。これは企業価値の向上に直結し、結果としてシステム投資の意義を社内外に証明することに繋がります。「我々のタレントマネジメントシステム活用は、企業価値向上にこれだけ貢献している」と、より高い視座でROIを語ることが可能になるのです。
ROIの説明は、人事部門の戦略的価値を高める
タレントマネジメントシステム活用のROIを問うことは、単なるコスト管理の問題ではありません。それは、人事部門が「管理部門」から脱却し、経営目標の達成に貢献する「戦略的パートナー」へと進化するための試金石です。
投資の効果を多角的に捉え、論理的に構造化し、説得力のあるデータとストーリーで語る。このプロセスを通じて、人事部門は経営層からの信頼を勝ち取り、より大きな裁量と影響力を持つことができるようになります。ROIへの説明責任を果たすことは、人的資本経営を次のステージへと進めるための、避けては通れない重要なステップなのです。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。本コラムでご紹介した、KGI/KPIツリーの設計や、投資対効果を可視化するための具体的な分析手法について、より詳しいご相談はお気軽にお問い合わせください。