導入したタレントマネジメントシステムが「使われない」のはなぜか
「戦略的な人事の実現に向けて、タレントマネジメントシステムを導入した」
「しかし、現場からは『入力の手間が増えただけ』という不満の声が聞こえ、期待したほどデータが活用されていない」
「経営層からは投資対効果を問われるが、明確な成果を示せずにいる」
これは、多くの日本企業の人事担当者や経営者が直面している、極めて現実的な課題ではないでしょうか。鳴り物入りで導入したタレントマネジメントシステムが、いつしか誰もログインしない状態になっている。こうした「宝の持ち腐れ」現象は、決して珍しいことではありません。
問題の本質は、システムの機能や性能にあるのではなく、そのタレントマネジメントシステム活用の思想とプロセスに根差している場合がほとんどです。本コラムでは、なぜ多くの企業でタレントマネジメントシステムの活用が頓挫してしまうのか、その構造的な問題を紐解き、貴社がその「壁」を乗り越えるための本質的な視点と、明日から着手できる具体的なアクションを提示します。
なぜ活用されないのか:目的の形骸化と「手段の目的化」という罠
タレントマネジメントシステム活用がうまくいかない最大の要因は、「システムを導入すること」自体が目的になってしまう「手段の目的化」にあります。これは、多くの企業が陥りがちな罠と言えるでしょう。
課題の本質:不在の「活用シナリオ」
システムを導入する際、「人材情報を一元化したい」「データを可視化したい」といった漠然とした目標を掲げるケースは少なくありません。しかし、これらはあくまで手段であり、それ自体が企業の価値創造に直接結びつくわけではありません。
重要なのは、そのデータを活用して「何を」「どのように」解決したいのかという、具体的な「活用シナリオ」です。
- 課題の例:次世代リーダーの育成
- どのような経験やスキルを持つ人材が候補者となりうるのか?
- その候補者たちに、次にどのような経験を積ませるべきか?
- サクセッションプランの進捗は、どの指標で測るのか?
- 課題の例:専門人材の離職防止
- ハイパフォーマーに共通するエンゲージメントの傾向は何か?
- どのようなキャリアパスを提示すれば、彼らの定着率が高まるか?
- 上司との1on1で、どのような兆候を掴むべきか?
このように、経営課題や人事戦略に直結した問いを立て、その問いに答えるためにシステムをどう使うのかを設計することが、タレントマネジメントシステム活用の成否を分けるのです。
静的データから「動的な人材ポートフォリオ」へ
ここで、私たちコトラが重要視しているのは、「静的な人材データ」の管理から脱却し、「動的な人材ポートフォリオ」を構築・運用するという視点です。
従来のタレントマネジメントは、従業員のスキルや経歴を静的な情報として「棚卸し」することに主眼が置かれがちでした。しかし、事業環境が目まぐるしく変化する現代において、本当に重要なのは、事業戦略の変動に合わせて、いかに迅速かつ柔軟に人材を再配置し、能力を開発していけるか、という動的な側面です。
タレントマネジメントシステムの真価は、この「動的な人材ポートフォリオ」を経営の意思決定基盤として機能させる点にあります。単にデータを集約・可視化するだけでなく、常に最新の事業戦略と連携させ、最適な人材配置や育成プランをシミュレーションし、実行していく。そのための羅針盤としてシステムを位置づけることこそが、本質的なアプローチであると考えられます。
*動的な人材ポートフォリオについて、さらに知りたい方はこちらのコラムをご参照ください。
「宝の持ち腐れ」を脱却する、3つの実践的ステップ
では、具体的に何から始めればよいのでしょうか。形骸化した状況を打破し、タレントマネジメントシステム活用を軌道に乗せるための、実践的な3つのステップをご紹介します。
ステップ1:課題起点の「スモールスタート」
最初から全社的な、あるいは包括的な活用を目指す必要はありません。むしろ、それは失敗のもとになり得ます。まずは、経営層や事業部門が最も課題と感じているテーマを一つか二つに絞り込み、その解決に特化した形でタレントマネジメントシステムの活用を開始することが賢明です。
例えば、「営業部門のハイパフォーマー分析と、その育成体系への反映」といった具体的なテーマを設定します。そして、そのテーマに関わるデータ項目(例:過去の評価、保有スキル、研修履歴、上司からの所見など)を限定的に収集・分析し、具体的な改善アクションに繋げるのです。
小さな成功体験を積み重ねることで、関係者の中に「システムを使えば、こんなことができるのか」という手応えが生まれます。この成功体験こそが、全社的な活用に向けた最も力強い推進力となるでしょう。
ステップ2:「使う理由」を設計する現場巻き込み
システムが使われないもう一つの大きな理由は、現場の従業員や管理職にとって「使うメリットが感じられない」からです。単なるデータ入力の依頼は、負担でしかありません。
大切なのは、彼らが「自分ごと」としてシステムに関わる動機付けを設計することです。
- 従業員にとってのメリット
- 自身のキャリアプランを具体的に描き、上司と対話する材料になる。
- 社内の公募情報や研修機会など、自身の成長に繋がる情報にアクセスしやすくなる。
- 管理職にとってのメリット
- 部下一人ひとりの強みやキャリア志向を正確に把握し、効果的な1on1やフィードバックが可能になる。
- チームのスキルバランスを可視化し、戦略的な人員配置や育成計画を立案しやすくなる。
こうしたメリットを丁寧に伝え、活用方法を具体的にレクチャーする場を設けるなど、地道なコミュニケーションが不可欠です。タレントマネジメントシステム活用は、人事部だけの仕事ではなく、全社的なプロジェクトであるという認識を醸成することが重要です。
ステップ3:定期的な「効果測定」と「改善サイクル」
一度動き始めたタレントマネジメントシステムを定着させるためには、その効果を定期的に測定し、活用のプロセス自体を改善し続けるPDCAサイクルを回す仕組みが欠かせません。
設定した活用シナリオ(例:次世代リーダー候補の選出精度向上)に対して、具体的なKPI(例:候補者リストの更新頻度、育成計画の実行率)を設定します。そして、四半期に一度などの頻度で、人事、経営層、事業部門の責任者が集まり、KPIの進捗を確認し、課題を議論する場を設けるのです。
この会議では、以下のような点を問い直します。
- 収集しているデータは、意思決定に本当に役立っているか?
- システムの操作性や入力項目に、現場の負担を増やす要因はないか?
- より効果的な分析やアウトプットの方法はないか?
こうした地道な改善活動を通じて、システムはより使いやすく、より価値のあるツールへと進化していきます。
システム活用は、持続的成長への「対話」の始まり
タレントマネジメントシステムの活用は、単なるデータ管理の効率化ではありません。それは、経営と現場、上司と部下が、人材という最も重要な資本について、客観的なデータに基づいて「対話」を始めるための、極めて戦略的な営みです。
導入後に直面する「壁」は、むしろ自社の人材戦略や組織課題そのものを見つめ直す絶好の機会と捉えることができます。本コラムで提示したステップを参考に、まずは小さな一歩から踏み出すことで、システムは必ずや、貴社の持続的な成長を支える強力な武器へと変わっていくでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。本コラムでご紹介した、貴社独自の活用シナリオの設計や、現場を巻き込むための具体的なアプローチについて、より詳しいご相談はお気軽にお問い合わせください。