構造化面接で実行する経営戦略:人的資本の価値を最大化する採用

その採用、5年後の経営戦略に繋がっていますか?

「人的資本経営の重要性は理解しているし、投資家への説明責任も増している。しかし、具体的に何から手をつければ良いのか、正直なところ決め手を欠いている」

企業の経営者や経営企画、IRの責任者の皆様と対話する中で、このような切実なお声を伺うことが増えています。多くの企業が、従業員エンゲージメントサーベイの導入やリスキリングプログラムの拡充といった施策に熱心に取り組む一方で、その全ての活動の源流であり、組織の未来を形作る最も重要なプロセスである「採用」が、旧態依然とした手法のまま放置されているケースは少なくありません。

採用は、未来の企業を創るための、最もレバレッジの効く経営活動です。もし貴社の採用が、目先の欠員補充に終始し、中長期的な経営戦略との明確な連動性を欠いているのであれば、それは人的資本という最も重要な無形資産の価値を最大化する機会を、日々逸していることに他なりません。

本コラムでは、採用活動を単なる人事業務ではなく「経営戦略の実行プロセス」として捉え直し、その中核を担う「構造化面接」が、いかにして企業価値の最大化に貢献するのか、その論理と実践方法を解説します。

構造化面接:経営と人事を繋ぐ「戦略の翻訳機」

人的資本経営のポイントは、企業の「経営戦略」と「人材戦略」を両輪として、いかに深く、そしてダイナミックに連動させるかにあります。この二つの戦略を繋ぐ、極めて重要な役割を担うのが、「構造化面接」の設計プロセスなのです。

多くの企業が陥る「戦略と採用の深刻な分離」

多くの企業組織において、経営会議で策定された崇高な事業戦略が、人事部門の採用活動にまで、その意図を保ったまま具体的に落とし込まれていない、という深刻な課題が見られます。

  • 経営層の想い
    「我が社は今後、DXを推進し、データドリブンな事業モデルへ変革する。そのために、変革をリードできるイノベーティブな人材が必要不可欠だ。」
  • 採用現場の戸惑い
    「『イノベーティブ』とは、具体的にどのような行動特性を指すのか?」
    「それを面接のわずかな時間で、どうやって見抜けばいいというのか?」

このように、経営層が描く抽象度の高い理想と、採用現場が求める具体的な実践知との間に大きな溝が生まれてしまいがちです。その結果、採用基準は更新されないまま従来通りの基準で採用が続けられ、経営戦略の実現に本当に必要な人材がいつまでたっても組織に加わらない、という事態に陥るのです。

構造化面接の設計プロセスは「経営戦略の具体化」そのもの

私たちコトラは、構造化面接を単なる優れた選考手法としてではなく、「抽象的な経営戦略を、採用要件という『測定可能』で『実行可能』な具体的な行動レベルの言葉に翻訳し、組織に実装するためのフレームワーク」であると位置づけています。

例えば、「3年後にサステナビリティ領域で業界のリーディングカンパニーになる」という経営戦略があるとします。この壮大な戦略を実行するために、構造化面接の評価基準を設計するプロセスは、必然的に以下のような問いに具体的に答えていく作業となります。

  1. 戦略の分解
    この戦略を成功させるための重要成功要因(KSF)は何か?(例:循環型ビジネスモデルの構築、サプライチェーン全体の環境負荷低減)
  2. 人材要件への展開
    それらのKSFを達成するためには、組織にどのような能力・スキル・経験を持つ人材が必要か?(例:環境工学の専門知識、複雑なステークホルダーとの交渉能力)
  3. コンピテンシーへの落とし込み
    その能力を持つ人材は、どのような行動特性(コンピテンシー)を示すか?(例:「高い倫理観」「未来志向」「システム思考」)
  4. 評価基準・質問への具体化
    そのコンピテンシーを面接で見極めるためには、どのような過去の行動について、どのような質問をすればよいか?

この一連のプロセスを通じて、雲の上の存在だった経営戦略は、誰もが理解し、評価できる具体的で測定可能な採用基準へと「翻訳」されます。これにより、採用活動は初めて経営目標の達成に直結した戦略的活動となり、人事部門は経営の真のパートナーとしての役割を果たすことができるようになると考えられます。

未来から逆算する、戦略的人材ポートフォリオの構築

人的資本経営における採用とは、未来の事業環境を見据え、あるべき人材ポートフォリオ(人材の構成)を戦略的にデザインし、実現していく活動です。しかし、最初から全社的な人材ポートフォリオを完璧に描くのは困難です。重要なのは、完璧を目指すのではなく、まずはできることから着手し、小さく始めて大きく育てるという視点です。

ステップ1:まずは「活躍人材」と「事業計画」から始める

大規模な全社的なスキル棚卸しから始める必要はありません。もっとシンプルに、現在地(As-Is)と目的地(To-Be)の輪郭を掴むことから始めましょう。

  1. 現在地(As-Is)のヒントを探る:「活躍人材」の共通項を言語化する
    全従業員のスキルを把握する前に、まずは「自社において、現在高い成果を出している人材(ハイパフォーマー)は誰か?」を特定し、彼ら・彼女らに共通する行動特性(コンピテンシー)を言語化することから始めます。
    関係者で「なぜあの人は活躍できているのだろう?」と議論するだけでも構いません。例えば、「困難な状況でも、決して諦めずに解決策を探し続ける」「部門の壁を越えて、関係者を巻き込むのがうまい」といった具体的な行動レベルの共通項が、貴社の「現在の強み」であり、採用基準を考える上での重要なヒントとなります。
  2. 目的地(To-Be)を描く:「事業計画」の成功に必要な能力を定義する
    3~5年後という遠い未来から考えるのではなく、まずは「来期の中期経営計画」や「現在進行中の新規事業計画」に目を向けます。
    「この計画を絶対に成功させるために、今の組織に『プラスアルファ』でどのような能力や経験を持つ人材がいれば、成功確率が劇的に上がるだろうか?」という問いを立てます。例えば、「データ分析の専門家」「海外市場開拓の経験者」など、事業計画の成功に直結する、具体的で明確な人材像が浮かび上がってくるはずです。
  3. 採用ターゲットを絞り込む
    上記で言語化した「活躍人材の共通項(As-Isの強み)」と、「事業計画の成功に必要な能力(To-Beの姿)」を掛け合わせることで、採用すべき人材のターゲット像がより明確になります。これが、戦略的採用の現実的な第一歩です。

ステップ2:ギャップを埋めるための採用基準(構造化面接)を設計する

ステップ1で明確になった採用ターゲットの要件を、構造化面接の具体的な評価基準へと落とし込みます。この段階が、まさに経営戦略の「翻訳」プロセスです。

  1. 評価項目を具体的に設定する
    まず、ステップ1で出てきたキーワードを、面接で評価するための項目に整理します。以下のように、抽象的な人物イメージを、測定可能な能力や行動特性の言葉に置き換えていきます。
  • 活躍人材の共通項:「困難な状況でも、決して諦めずに解決策を探し続ける」
    → 評価項目:「粘り強さ」
  • 事業計画に必要な能力:「データ分析の専門知識を活かして、新たな顧客インサイトを発見する」
    → 評価項目:「データ分析能力」
  1. 評価基準を具体的な行動レベルで定義する
    次に、設定した評価項目について、「どのような行動ができていれば、評価が高いと言えるのか」という基準を具体的に言語化します。これにより、面接官の個人的な解釈による評価のブレを防ぎます。例えば「粘り強さ」の評価基準であれば、以下のように考えられるでしょう。
  • 高評価(レベル5)
    複数の障壁に直面しても、多様なアプローチを試み、最後までやり遂げることができる。
  • 標準評価(レベル3)
    予期せぬ問題が発生すると、一時的に停滞するが、上司や同僚からの助言を得て完遂できる。
  • 低評価(レベル1)
    一度困難な状況に陥ると、自ら働きかけることなく諦めてしまう傾向がある。
  1. 評価項目を測るための「質問」に落とし込む
    最後に、定義した評価項目と基準を測定するために、候補者の過去の具体的な行動経験を聞き出す質問を作成します。質問によって得られた具体的なエピソードを、先ほど設定した評価基準に照らし合わせることで、客観的で納得感のある評価が可能になるのです。
  • 「粘り強さ」を測る質問
    これまでのご経験の中で、周囲の誰もが『もうこれは無理だ』と諦めかけていたような困難な状況を、あなたの粘り強さによって乗り越え、最終的に目標を達成したエピソードがあれば、具体的に教えてください。
  • 「データ分析能力」を測る質問
    あなたがデータ分析を用いて、これまで見過ごされていた重要なビジネス上の示唆(インサイト)を発見し、それを基に具体的なアクションを起こして成果に繋げた経験について、詳しくお聞かせください。

ステップ3:構造化面接による戦略的タレントアクイジションの実行

設計された評価基準と質問に基づき、一貫性のある構造化面接を実施します。

  • データドリブンな意思決定
    全ての候補者を同じ基準で評価し、その評価データを基に採用の意思決定を行います。これにより、「声の大きい役員の鶴の一声」や「なんとなく優秀そう」といった、勘や経験、政治的な力学に頼らない、データドリブンで客観的な採用が実現します。
  • 人材ポートフォリオのモニタリング
    採用活動の結果、事業計画の推進に必要な人材が計画通りに確保できているかを定期的にモニタリングし、必要に応じて採用戦略を機動的に見直します。

このサイクルを回すことで、企業は場当たり的な採用から脱却し、経営戦略の実現に向けて、着実に人材ポートフォリオを理想の姿へと進化させていくことが可能となります。

採用の変革は、企業変革の最強のドライバーである

構造化面接の導入は、単なる採用プロセスの改善に留まるものではありません。それは、経営層と人事が一体となり、未来の企業価値を創造していくための、企業変革そのものです。経営戦略と完全に連動した採用によって獲得された人材は、企業のビジョンに深く共感し、その実現に向けて極めて高いエンゲージメントを持って能力を最大限に発揮する傾向があります。

これこそが、人的資本の価値を最大化し、予測困難な時代において持続的な企業成長を実現する上での要諦であり、最強のドライバーと言えるでしょう。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。経営戦略と完全に連動した人材ポートフォリオの設計から、その実行を担う戦略的な構造化面接の導入まで、ぜひお気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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