中小企業の人的資本経営|採用難を突破する「魅力の可視化」戦略

規模の大小ではなく「価値の総量」で選ばれる時代へ

「求人媒体に掲載しても、なかなかターゲットからの応募がない」
「面接で自社の魅力を伝えきれず、辞退されてしまう」

真剣に事業成長を目指す中小企業の経営者様から、このようなご相談を日々承ります。人材獲得競争が激化する中、給与や福利厚生といった条件面だけで勝負することは容易ではありません。

しかし、これからの時代、中小企業が大企業と同じ「条件競争」の土俵に乗る必要はありません。現代の求職者、特に若手や専門人材は、金銭的な報酬だけでなく、

「この環境で自分はプロフェッショナルとして成長できるか」
「自分の仕事は誰の役に立っているのか」

といった、非財務的な価値を極めて重視するようになっています。その観点では、経営の機動力があり、一人ひとりの顔が見える中小企業こそ、「人的資本経営」の考え方を取り入れることで、独自の採用ポジションを確立できる大きなチャンスがあります。

本コラムでは、中小企業ならではの機動力と個性を活かし、人的資本経営の視点から採用難を突破する具体的なアプローチを解説します。

「選ばれる理由」を作る:人的資本経営による差別化戦略

採用における人的資本経営の本質は、企業が持つ「人への投資環境」や「組織の魅力」を再定義し、それを求職者に正しく伝えることにあります。ここでは、中小企業の特性をどのように強みとして転換するか、そのロジックを紐解きます。

雇用安定から「キャリア安全性」への価値転換

かつて、求職者が企業に求める安心材料は「終身雇用」や「企業の安定性」でした。しかし、変化の激しい現代において、求職者が真に求めているのは「自身の市場価値の向上」です。「この会社にいれば、どこでも通用する人材になれる」という確信こそが、現代における最大の「キャリア安全性」となっています。

この点において、中小企業は構造的な強みを持っています。大企業では業務が細分化され、全体像が見えにくいケースもありますが、中小企業では一人ひとりが担当する業務範囲が広く、若いうちから経営に近い距離でビジネス全体を見渡す経験を積むことができます。このような「歯車ではなく、エンジンのように働ける」という環境こそが、成長意欲の高い人材にとっては代えがたい投資環境となります。

人的資本経営の視点では、自社の環境を「リソース不足による多忙な職場」ではなく、「早期に経営視点を養い、市場価値を高められる実践の場」として再定義します。この視点の転換が、採用戦略の核となります。

経営戦略と人材戦略の「一貫性」が人を惹きつける

求職者が敏感に感じ取るのは、企業のメッセージの一貫性です。採用サイトには「挑戦を応援する風土」とあるにも関わらず、実際の現場では減点主義の評価が行われていたり、新しい提案が通らない環境であれば、人材はすぐに離れていきます。

人的資本経営において重要な要素の一つが、「経営戦略と人材戦略の連動」です。この連動が明確であればあるほど、求職者は自分がそこで働くイメージを具体的に持つことができます。例えば、以下のようなロジックの組み立てが考えられます。

  • 経営戦略
    「3年後に地域No.1のソリューションカンパニーになる」
  • 人材戦略
    「この実現のためには、単に商品を売る営業力だけでなく、顧客の潜在課題を発見するコンサルティング力が必要である」
  • 投資(採用・育成)
    「だからこそ、採用では『聴く力』を重視し、入社後には外部研修への参加や資格取得を会社が全面バックアップする」

このように、「なぜその人材が必要なのか」「入社後にどのような役割を期待し、会社としてどう成長を支援するのか」というロジックが一貫している企業は、求職者に深い納得感と安心感を与えます。

「スペック」ではなく「ストーリー」で勝負する

数字や制度などの「スペック」比較では伝えきれない、企業の固有性を伝える武器が「ストーリー」です。 

人的資本経営に取り組むということは、企業が人を大切にし、人と共に未来を切り拓こうとする意志の表明でもあります。「現在は変革の途中だが、これから社員と共にこのような組織文化を作っていきたい」という誠実な開示は、完成された組織にはない、中小企業ならではの魅力となります。

特に、経営者の「想い」と、現場社員の「実感」がリンクしているストーリーは強力です。 採用面接や説明会において、経営者が語るビジョンと、現場社員が語る「働きがい」に乖離がないこと。この一致こそが、求職者にとって最も信頼できる情報となります。

もちろん、これは表面的なテクニックで演出できるものではありません。現場の社員がビジョンに共感し、活き活きと働いている実態があって初めて、言葉に重みが生まれます。

採用活動とは、良くも悪くも社内のありのままを映し出す鏡です。組織全体から滲み出る「嘘のない熱量」こそが、理屈を超えて求職者の心を動かし、入社の決め手となるのです。

採用力を高めるための具体的なアクション

では、具体的にどのように進めればよいのでしょうか。中小企業の強みを活かし、抽象的な概念を実務に落とし込むための、4つの実践ステップをご提案します。

ステップ1:求める人物像(人材ポートフォリオ)の解像度を高める

「コミュニケーション能力が高い人」「やる気のある人」といった、どの企業でも通用するような曖昧な定義で採用活動を行っていないでしょうか。これでは、自社に本当にマッチする人材にメッセージが届かず、ミスマッチを招く要因となります。 コトラでは、経営戦略に基づいた「人材ポートフォリオ」の構築を推奨しています。以下の問いを深掘りし、言語化してみてください。

  • 課題の特定
    自社の将来の目標を達成するために、具体的に「誰の」「どんな課題」を解決する必要がありますか?
  • 要件の定義
    その解決のためには、どのような「スキル(技術的要件)」と「コンピテンシー(行動特性)」が必要ですか?

例えば、「既存顧客の深耕営業により、単価を20%アップさせる」という目標であれば、必要なのは「新規開拓の突破力」ではなく、「顧客の懐に入り込み、課題を共同解決するパートナーシップ力」かもしれません。ここまで解像度を高めることで、求人票の記載内容や面接での評価基準が明確になり、ターゲット人材の心に刺さるメッセージを発信できるようになります。

ステップ2:自社の「隠れた資産」を棚卸しする

次に、自社が従業員に提供できる価値、つまり「働くメリット」を言語化します。経営者が認識している自社の良さと、現場社員が日々感じている魅力は異なる場合があります。 おすすめの実践方法は、現在活躍している社員数名にインタビューを行うことです。

  • 「なぜ、数ある企業の中で、うちの会社で働き続けてくれているのか?」
  • 「仕事をしていて、一番心が震えた瞬間はいつか?」
  • 「この会社だからこそ、得られた経験は何か?」

ここから出てくるリアルな声こそが、貴社だけの独自資産です。

「社長に直接提案して、翌週には新規プロジェクトが動いたスピード感」
「お客様からの感謝の言葉がダイレクトに届く距離感」

こうした具体的なエピソードは、華美な福利厚生以上に、仕事の手触り感を求める人材の心に響きます。これを「アットホーム」という便利な言葉で一般化せず、具体的なエピソード(ナラティブ)のまま発信することが重要です。

ステップ3:求人票を「たった一人に向けた手紙」に書き換える

多くの求人票は「募集要項」という条件の羅列にとどまっています。「経験3年以上」「大卒以上」といったフィルタリングのための情報だけでは、優秀な人材の心は動きません。ステップ1と2で整理した内容を基に、求人票を「特定のたった一人に向けた手紙」のように書き換えてみてください。

  • タイトル
    「営業募集」ではなく、「社長直下で、地域の製造業の未来を変えるコンサルティング営業」
  • 仕事内容
    作業リストではなく、「入社後3ヶ月で○○をお任せし、1年後には○○プロジェクトのリーダーとしてチームを牽引していただきます」というキャリアパスの提示
  • アピールポイント
    制度の紹介だけでなく、「この仕事を通じて得られるスキル(市場価値)」や「得られる経験(実績)」を明記

特に「得られるスキル」を明記することは、キャリア自律を志向する層に対して非常に有効です。「この会社での経験は、あなたのキャリアにとってプラスになる」というメッセージを込めることが、人的資本経営的なアプローチと言えます。

ステップ4:面接を「相互理解と魅力付けの場」に変える

中小企業の採用において、面接は単なる「選考(見極め)」の場ではありません。候補者の人生と自社の未来を重ね合わせる、重要な「エンゲージメントの始点」です。

「当社への入社云々は一旦横に置きましょう。あなた自身の人生において、今後どのようなキャリアを築いていきたいですか?」

まずはこのような問いかけから始め、候補者のWill(意志)に徹底的に耳を傾けてください。その上で、自社が提供できる機会と、逆に提供できないことを包み隠さず伝えます。

「今の当社には整った研修制度はないけれど、入社1年目からプロジェクトを牽引する経験なら約束できる」 

このような潔いまでの誠実さと、一人の人間としてのキャリアへの深い関心こそが、候補者の心を打ちます。「自分を単なる労働力としてではなく、一人の人間として尊重してくれている」という強烈な信頼感は、条件面の差を埋め、最終的な入社決断を決定づける最強の動機付けとなるのです。

持続可能な組織を作るために

採用活動を変えることは、組織そのものを変えることに他なりません。 自社の魅力を言語化し、入社した社員に約束通りの成長機会を提供する。この一連のプロセスは、採用難の解消にとどまらず、既存社員のエンゲージメント向上や組織文化の成熟をもたらします。採用活動は、外部への発信であると同時に、内部の意識変革を促す強力なドライバーなのです。

人的資本経営に、必ずしも潤沢な予算や大規模なシステムは必要ありません。必要なのは、「人をコストではなく資産として捉え、その価値を最大化する」という経営者の意志です。この意識の転換こそが、中小企業が持続的な成長軌道に乗るための最大の投資となります。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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