リスキリングの成果を最大化する「人材ポートフォリオ」戦略

リスキリングの「その後」に潜む重大な課題

「多額の費用をかけてリスキリングを実施したが、結局、元の業務に戻るだけになっている」
「従業員が新しいスキルを身につけたはずなのに、事業への貢献が見えてこない」
「せっかく育成したDX人材を、どのように配置すれば良いのかわからない」

企業の未来を見据え、戦略的にリスキリングに取り組む企業が増えています。しかし、その努力が「スキルの習得」というゴールテープを切った瞬間に、目的を見失ってしまうケースが散見されます。リスキリングの真の価値は、習得したスキルが組織の中で戦略的に活用され、新たな事業価値の創出に繋がって初めて発揮されるものです。

本コラムでは、リスキリングの成果を最大化するための「その後の戦略」、すなわち「動的な人材ポートフォリオ」の構築と活用について、プロフェッショナルの視点から解説します。

事業戦略の変化に、人材という「資産」をどう適応させるか

ビジネス環境が目まぐるしく変化する現代において、固定化された組織図や職務分掌は、もはや企業の成長の足かせになりかねません。事業戦略の変化のスピードに合わせ、人材という最も重要な経営資産を、いかに柔軟かつ最適に再配置できるか。これが、企業競争力を左右する重要な鍵となります。

「静的な組織図」から「動的なスキルマップ」へ

従来の日本企業の人事管理は、「部」や「課」といったハコ(所属)をベースに行われる傾向がありました。しかし、これからの時代に求められるのは、「人」が持つ「スキル」をベースにした、より流動的な人材マネジメントです。その中核となるのが、「動的な人材ポートフォリオ」という考え方です。

そもそも人材ポートフォリオとは、企業の事業戦略に基づき、どのようなスキルを持つ人材が、どの部署に、どれくらい必要かを可視化したものを指します。ただし、人材ポートフォリオは一度作成して終わりではありません。VUCA時代において、数年前に描いた理想的な人材ポートフォリオが今では実態に即していないということも珍しくないでしょう。そのため、市場の変化や戦略の見直しに伴い「動的」に人材ポートフォリオを作成することが非常に重要になってきます。

リスキリングは、この「動的な人材ポートフォリオ」における、現状と理想のギャップを埋めるための極めて有効な手段となります。

*動的な人材ポートフォリオについて詳しく知りたい方は、以下のコラムをご参照ください。

人材ポートフォリオを支える「スキルベース型人事制度」

この動的な人材ポートフォリオという戦略を、絵に描いた餅で終わらせないためには何が必要でしょうか。それは、ポートフォリオの構築と運用を支える人事制度、すなわち従業員が持つスキルを客観的に評価し、処遇に反映させる具体的な仕組みです。その有力な選択肢が「スキルベース型人事制度」への移行です。

これは、従来の職能資格制度のように勤続年数や役職で評価・処遇を決めるのではなく、個々の従業員の保有する「スキル」に基づいて評価・処遇を決定する考え方です。この制度は、動的な人材ポートフォリオの運用を強力に後押しします。具体的には、以下のような効果が期待できます。

  • 戦略的な人材配置
    新規プロジェクト立ち上げの際、「必要なスキルを持つ人材は誰か」を全社から迅速に検索し、最適なチームを編成できます。
  • 従業員の学習意欲向上
    市場価値の高いスキルを習得することが、直接的に自らの処遇向上に繋がるため、自律的な学習への強力なインセンティブとなります。
  • 人的資本開示への対応
    どのようなスキルを持つ人材をどれだけ保有・育成しているかは、企業の将来性を測る重要な指標です。スキルベースでの人材管理は、投資家に対する説得力のある人的資本開示にも直結します。

リスキリングの推進とスキルベース型人事制度の導入は、いわば車の両輪であり、一体で進めることで、その効果を最大化できるのです。

*スキルベース型人事制度については、以下のコラムで詳しく解説しています。合わせてご参照ください。

リスキリング後の価値を最大化する、実践的ステップ

では、動的な人材ポートフォリオを構築し、スキルベースでの活用を進めるためには、具体的に何から始めればよいのでしょうか。ここでは、3つのステップで解説します。

ステップ1:全社横断での「スキル言語」の統一

まず、社内でどのようなスキルが重要であるかを定義し、そのレベルを測定するための「共通言語」と「共通の物差し」を作る必要があります。これがなければ、部署ごとにスキルの捉え方がバラバラになり、客観的な比較や評価ができません。経営層、人事、現場が一体となって、自社の事業戦略に不可欠なスキルセットを定義する作業が第一歩となります。

ステップ2:スキルデータの一元管理と可視化

次に、定義したスキル言語に基づき、従業員一人ひとりのスキル保有状況をデータとして一元的に管理し、可視化する仕組みを構築します。

最初から大規模なシステムを導入する必要はありません。まずは、職務や階層ごとに標準的なスキルを一覧化した「スキルマップ」をExcelなどで作成し、従業員の自己申告や上司の評価を基に定期的に更新していくことから始めるのが現実的です。

重要なのは、これらのスキルデータを単なる記録で終わらせず、経営層や人事が「社内に〇〇のスキルを持つ人材が何人いるか」「△△のスキルを強化すべき部署はどこか」といった戦略的な問いに対する答えを、データに基づいて導き出せる状態にしておくことです。

ステップ3:「戦略的配置転換」と「キャリア自律支援」の両立

可視化されたスキルデータを基に、戦略的な人材配置を行います。ここで重要なのは、それをトップダウンで決定するだけでなく、1on1などを通じて本人のキャリア志向と丁寧にすり合わせることです。

会社の戦略的方向性を示しながらも、個人のキャリア自律を支援する姿勢を見せることで、従業員は変化を前向きに捉え、新しい環境での挑戦意欲を高めることができると考えられます。

リスキリングは、企業変革の「始まり」にすぎない

リスキリングは、それ自体がゴールではありません。それは、変化に対応できる柔軟で強靭な組織へと生まれ変わるための、壮大な変革プロセスの「始まり」です。習得したスキルを、いかにして新たな価値創造のサイクルに乗せていくか。その仕組みを構築できた企業だけが、これからの時代を勝ち抜くことができるでしょう。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。動的な人材ポートフォリオの構築支援から、スキルベース型人事制度の導入、そして人的資本開示の高度化まで、貴社の企業価値向上に貢献します。まずはお気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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