「特に問題ありません」―その言葉を、信じていませんか?
チームの定例会議で、あなたはメンバーに問いかけます。「何か困っていることや、改善すべき点はあるか?」。返ってくるのは、「特にありません」「順調です」という穏やかな答え。議論が紛糾することもなく、会議はいつも時間通りに終わる。一見すると、それは問題のない、非常に「平和な」チームに見えるかもしれません。
しかし、その静寂は、本当にチームが健全な証なのでしょうか。むしろ、それはメンバーが本音を押し殺している、心理的安全性が著しく低い状態を示す危険な兆候である可能性も考えられます。
本コラムでは、現場の要である管理職(ミドルマネジメント)の視点に立ち、心理的安全性の重要性を再確認するとともに、チームの心理的安全性の高め方について、明日から実践できる具体的な行動を提案します。
「良いチーム」の再定義―対立を恐れない建設的な関係性
多くの管理職が、「波風の立たない、仲の良いチーム」を理想としがちです。しかし、真に生産性の高いチームは、必ずしも常に和やかであるとは限りません。Google社が数年をかけて行った調査「プロジェクト・アリストテレス」で、成功するチームの最も重要な因子が「心理的安全性」であることが明らかにされたのは有名な話です。
この調査が示す心理的安全性の高いチームとは、「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」で物事が判断され、異なる意見や反対意見が、チームをより良い方向へ導くための「ギフト」として歓迎されるチームです。つまり、健全な意見の対立や活発な議論が、むしろ推奨されるのです。
貴社のチームが「静か」である理由を考えてみてください。
- 「反対意見を言うと、上司の機嫌を損ねるかもしれない」
- 「素朴な質問をすると、無能だと思われるかもしれない」
- 「他のメンバーのやり方に口を出すと、人間関係がギクシャクするかもしれない」
メンバーがこのような恐れを抱いているとしたら、そのチームは新しいアイデアを生み出したり、潜在的なリスクを未然に防いだりする機会を、日々失っていることになります。
管理職の重要な役割は、このような「見えない壁」を取り払い、メンバーが安心して発言・行動できる環境を整えることです。心理的安全性の高め方を熟知し、実践することが、現代の管理職に求められる最も重要なスキルの一つと言えるでしょう。
スキルを尊重するチームビルディング
私たちコトラが支援する上で、特に重視しているのが「スキルベース」という考え方です。管理職が心理的安全性を効果的に高めるためには、メンバー一人ひとりが持つ固有のスキルや強みを正確に理解し、それを尊重する姿勢が極めて重要であると考えています。
これは、従来の役職や年次といった序列を超えたアプローチです。例えば、「〇〇さんは、この領域のデータ分析スキルが非常に高い」「△△さんは、顧客との折衝能力に長けている」といった個々のスキルに基づいて、タスクや発言機会を割り振ります。これにより、メンバーは「自分の専門性や強みがチームに認められ、貢献できている」という実感、すなわち自己有用感を得やすくなります。この貢献実感が、心理的安全性を支える強力な柱となるのです。
管理職が今日からできる!4つの行動習慣
では、管理職は具体的にどのような行動をとれば、チームの心理的安全性を高めることができるのでしょうか。ここでは、すぐに実践可能な4つの行動習慣を紹介します。
「聞く力」を磨き、「弱さ」を見せる
リーダーの振る舞いは、チームの空気に最も大きな影響を与えます。
- 知ったかぶりをやめる
分からないことがあれば、率直に「教えてほしい」とメンバーに尋ねる。これは、リーダーが完璧ではないことを示し、メンバーが質問しやすくなる雰囲気を作ります。 - 自分の失敗を語る
自身の過去の失敗談をオープンに話すことで、「このチームでは失敗しても大丈夫なのだ」というメッセージを無言のうちに伝えることができます。 - 発言を遮らず、最後まで聞く
メンバーが話している最中に、自分の意見を被せたり、結論を急かしたりしない。相手の言葉の背景にある意図や感情まで汲み取るように、深く傾聴する姿勢が信頼関係を築きます。
「問いかけ」の技術で、発言を促す
指示や命令だけでなく、質の高い「問いかけ」がメンバーの思考と発言を促します。
- 「Why」より「How」「What」で聞く
「なぜ出来なかったのか?」という詰問型の問いではなく、「どうすれば上手くいくだろうか?」「次に何を試してみようか?」といった未来志向・解決志向の問いかけを心がけます。 - 名指しで意見を求める
会議で「誰か意見はありますか?」と漠然と問うのではなく、「〇〇さんは、この点についてどう考えますか?」と具体的に指名することで、全員が当事者意識を持つようになります。ただし、これは信頼関係が構築されていることが前提です。
「反応」を工夫し、挑戦を歓迎する
メンバーの行動に対するリーダーの反応が、次の行動を決定づけます。
- 問題提起を歓迎する
チームにとって耳の痛い情報や問題点を指摘してくれたメンバーに対して、「よく気づいてくれた、ありがとう」と感謝を伝えます。たとえそれが未熟な意見であっても、まずは発言した勇気を称えることが重要です。 - 結果だけでなくプロセスを承認する
たとえ挑戦が失敗に終わったとしても、「新しいアプローチに挑戦したこと自体に価値がある」と、そのプロセスや姿勢を認め、称賛します。
1on1を「対話の聖域」にする
定期的な1on1ミーティングは、心理的安全性を醸成するための絶好の機会です。
- アジェンダは部下に委ねる
1on1の時間は、上司のためではなく、部下のための時間です。話したいテーマは部下に決めてもらい、上司は徹底的に聞き役に徹します。 - 心理的な安全を確保する
1on1で話された内容は、本人の許可なく他言しないというルールを徹底します。キャリアの悩みや相談も安心して話せる「聖域」として機能させることが肝要です。
最高のチームは、管理職の「働きかけ」から生まれる
「静かで波風の立たないチーム」は、一見すると理想的に見えるかもしれません。しかし、その静けさの裏では、成長の機会が失われ、イノベーションの芽が摘み取られている危険性があります。真に強いチームとは、心理的安全性を土台として、メンバーが活発に意見を交わし、失敗を恐れずに挑戦できるチームです。
その鍵を握るのは、現場のリーダーである管理職一人ひとりの意識と行動変容に他なりません。本コラムで紹介した心理的安全性の高め方を実践し、チームとの関わり方を少しずつ変えていくことが、メンバーの、そしてあなた自身の成長にも繋がるはずです。最高のチームは、自然に生まれるものではなく、リーダーの意図的な働きかけによって創り上げられるものなのです。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。管理職向けのリーダーシップ研修や、1on1の質の向上に関するご支援など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。