「〇〇部長」のスキルセット、説明できますか?
「当社のA部長は、長年の経験が豊富だ」 「Bさんは、そろそろ課長に昇進させても良い頃合いだろう」
このような会話は、多くの日本企業で日常的に交わされている光景かもしれません。しかし、その「経験」や「頃合い」という曖昧な言葉の裏側にある、具体的な能力、すなわち「スキル」を、私たちはどれだけ客観的に把握できているでしょうか。
デジタルトランスフォーメーション(DX)やグローバル化の波が押し寄せ、求められるビジネススキルが目まぐるしく変化する現代において、「役職」という名の「椅子」は、もはや個人の市場価値や組織への貢献度を保証するものではなくなっています。変化に対応できる強い組織を創るためには、年次や役職といった属人的な要素ではなく、客観的な「スキル」を軸とした新しいパフォーマンスマネジメントへの転換が不可欠です。
なぜ今、「スキルベース」のパフォーマンスマネジメントなのか
スキルベースのアプローチとは、社員一人ひとりが持つスキルを明確に定義し、それを評価・育成・配置の基準とする考え方です。このアプローチが求められる理由は、大きく二つあります。
- 事業戦略と人材戦略の連動性を高める
将来、自社がどの事業領域で戦っていくのかを定義すれば、そこに必要なスキルセット(To-Be)が見えてきます。そして、現状の社員が持つスキルセット(As-Is)を可視化することで、その差分(スキルギャップ)が明確になります。このギャップこそが、企業が取り組むべき採用・育成の具体的な課題となるのです。 - 社員のキャリア自律を促し、エンゲージメントを高める
自分の保有スキルと市場価値が明確になり、会社がスキル向上のための道筋を示してくれる環境は、社員にとって大きな魅力です。会社に依存するのではなく、自らのスキルでキャリアを切り拓くという意識が芽生え、主体的な学習意欲と会社への貢献意欲を高める効果が期待できます。
スキルと価値観:パフォーマンスの両輪を捉える
スキルを可視化するアプローチは強力ですが、それだけでは不十分だと考えられます。真のハイパフォーマンスは「スキル(できること)」と「価値観(やりたいこと・考え方)」という両輪が揃って初めて生まれます。
どんなに高いスキルを持つ従業員も、従業員自身がそのスキルを重視していなければ、その能力を十分に発揮しません。したがって私たちが提唱するのは、パフォーマンスマネジメントの対話の場で、スキルの向上と本人の価値観を常にすり合わせることです。
例えば、同じスキル開発目標でも、本人が「チームでの協働」を重視する価値観を持っていれば、共同プロジェクトをアサインすることが有効でしょう。スキルという客観的な能力と、価値観という主観的な動機の両方に働きかけることこそ、社員のポテンシャルを最大限に引き出す本質的なアプローチです。
スキルベース・パフォーマンスマネジメントの実践アプローチ
では、具体的に「スキル」を日々のパフォーマンスマネジメントサイクルにどのように統合すればよいのでしょうか。ここでは、明日からでも応用できる3つの実践的アプローチをご紹介します。
アプローチ1:「成果目標」に「スキル目標」を組み込む
従来のパフォーマンスマネジメントでは、「何を達成するか(What)」という成果目標が中心でした。ここに、「そのプロセスで、どのスキルを、どのレベルまで高めるか(How)」というスキル目標を明確に加えます。以下は、営業職における目標設定の例です。
- 成果目標:新規顧客をX社獲得する。
- スキル目標
「課題発見・仮説構築スキル」をレベル2から3へ向上させるため、顧客へのヒアリング項目を自ら設計し、上司のレビューを受ける。
このように設定することで、日々の業務が単なる目標達成の手段ではなく、意図的なスキルアップの機会へと変わります。
アプローチ2:「フィードバック」の解像度をスキルで高める
1on1などでのフィードバックが「もっと頑張れ」「視野を広く持て」といった曖昧な精神論に陥るのを防ぎます。スキルという「共通言語」を持つことで、対話の質が飛躍的に向上します。
- 例:フィードバックの場面
- Before
「君の提案は、いつも少し視点が狭いんだよな。」 - After
「先日の提案、データ分析の精度は素晴らしかった。一方で、『市場・競合分析スキル』のレベル3で求められる『外部環境を踏まえた示唆』という点では、もう少し深掘りの余地がありそうだね。一緒に競合の最新動向を調べてみようか。」
- Before
このように、具体的なスキル項目とレベルに言及することで、フィードバックは客観的で、かつ次への行動に繋がりやすいものになります。
アプローチ3:「評価と育成」をスキルギャップと連動させる
期末の評価面談が、単なる成果の確認と通告の場で終わるのを防ぎます。
- 評価
成果目標の達成度合いに加え、期初に設定したスキル目標の達成度合いも評価の対象とします。これにより、たとえ成果が未達でも、そのプロセスにおける挑戦や成長(スキルの向上)を正しく評価することが可能になります。 - 育成
評価を通じて新たに明らかになった「理想と現実のスキルギャップ」に基づき、次期の育成計画(IDP)を具体的に策定します。これにより、評価が次の成長へのスタートラインとなり、パフォーマンスマネジメントが継続的な成長サイクルとして機能し始めます。
スキルは、人と組織の成長サイクルを回す「潤滑油」
役職や年次といった曖昧な基準から脱却し、客観的な「スキル」を日々の目標設定、対話、評価に組み込むこと。この変革は、パフォーマンスマネジメントというエンジンを、より力強く、そして滑らかに回すための「潤滑油」の役割を果たします。
社員一人ひとりが自らの成長を日々実感できるサイクルを回すことこそが、組織全体のパフォーマンスを底上げし、持続的な成長を実現する唯一の道筋と言えるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。スキルを軸としたパフォーマンスマネジメント制度の再構築など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。