「オンボーディングが現場任せ」になっていませんか?
「新入社員の受け入れは、現場のOJT担当者に一任している」
「ただでさえ業務が忙しいのに、メンターを引き受ける社員の負担が大きすぎる」
「受け入れ側が疲弊し、新入社員のサポートが疎かになっていないか不安だ」
経営者や人事担当者の皆様が、オンボーディングの重要性を認識しつつも、このような「現場の負担感」という現実に直面し、頭を悩ませているケースは多いのではないでしょうか。「オンボーディング=新入社員のために、既存社員がリソースを割くプロセス」と捉えてしまうと、現場には「コスト」や「負担」としての側面だけが強く認識されてしまいます。
しかし、もしオンボーディングが、新入社員のためだけではなく、「受け入れ側の既存社員」を育成し、組織を活性化させる絶好のチャンスであるとしたら、どうでしょうか。
本コラムでは、オンボーディングを「既存社員(現場)の人材開発プロセス」という新たな視点で捉え直し、いかにして現場を前向きに巻き込み、組織全体の成長に繋げるかを考察します。
「教えること」は、最高の「学び」である
オンボーディングの現場では、OJT担当者やメンター、あるいは配属先の上司が、新入社員と最も多くの時間を共有します。この「受け入れ側」の社員こそが、オンボーディングの成否の鍵を握っています。
しかし、彼らに「負担」だけを強いていては、質の高いサポートは期待できません。視点を変え、彼らにとってのメリット(成長機会)を意図的に設計することが不可欠です。
「言語化」による、業務の棚卸しと本質理解
新入社員に業務を教える際、既存社員は「自分たちが普段、無意識にやっていること(暗黙知)」を、言葉にして説明(形式知化)する必要に迫られます。
- 「なぜ、この業務は必要なのか?」
- 「なぜ、この手順で進めるのが最適なのか?」
新入社員からの素朴な問いに答えようとすることで、OJT担当者自身が業務の本質を再確認し、既存のプロセスの非効率性や改善点に気づくきっかけとなります。これは、受け入れ側社員自身の業務遂行能力を高める、強力な「学び」のプロセスと言えます。
「メンタリング」による、リーダーシップ・マネジメントスキルの向上
多くの企業で、中堅社員が次のリーダーやマネージャーになるための「疑似体験」の場が不足しています。オンボーディングにおけるメンターやOJT担当者の役割は、まさに「ミニ・マネジメント」です。
- 傾聴力:新入社員の不安や戸惑いを引き出すスキル
- ティーチングとコーチング:相手のレベルに合わせて伝え方を変えるスキル
- フィードバック:相手の成長を促すための的確な指摘を行うスキル
これらは、将来のリーダーやマネージャーに不可欠なコアスキルです。オンボーディングを通じ、これらの実践経験を積ませることは、座学の研修を何時間行うよりも効果的な人材開発の機会となると考えられます。
「貢献実感」による、エンゲージメントの向上
新入社員が自分のサポートによって成長し、チームの一員として活躍していく姿を見ることは、受け入れ側の社員にとって「自分は組織に貢献している」「役に立っている」という強い実感(自己効力感)に繋がります。
また、新入社員がもたらす新しい視点や価値観に触れることで、既存社員自身の仕事への向き合い方がリセットされ、組織全体の活性化(既存社員のエンゲージメント向上)にも寄与する可能性があります。
現場を「人材育成の主役」にするための仕組み
ただし、これらのメリットは「現場任せ」にしていては生まれません。人事が「仕掛け」を用意し、現場の努力を支援・承認する仕組みが不可欠です。
「OJT・メンター」の役割を任命・可視化する
「忙しいところ悪いけど、よろしく」といった曖昧な依頼ではなく、OJT担当者やメンターを「新入社員の育成を通じて、自らも成長することを期待する、重要な役割」として正式に任命します。
- 任命式の実施
経営層から期待を伝え、役割の重要性を組織全体に示す。 - 役割の明確化
何をどこまでサポートし、何を人事と連携するかを明確に定義する。
受け入れ側への「事前研修」の実施
「教え方」を知らないまま現場に放り出すことは、新入社員と既存社員の双方にとって不幸な結果を招きかねません。
- フィードバック研修
相手を傷つけず、行動変容を促す伝え方。 - 傾聴・コーチング研修
相手の不安を引き出し、自走を促す関わり方。 - 価値観の違いを学ぶ研修
新入社員が持つ多様な背景を理解し、心理的安全性を担保する方法。
こうした研修を人事が提供することで、現場の負担感を「不安」から「自信」に変えることができます。
現場の「努力」を評価・承認する
最も重要なのが、OJTやメンタリングの活動を「業務外のボランティア」にしないことです。
- 人事評価への組み込み
育成への貢献度を、人事評価の項目(例:コンピテンシー評価、貢献度評価)に明確に組み込みます。 - 「育成スキル」の認定
オンボーディング担当経験を、昇格・昇進の要件や、社内キャリアパスの一部として位置づけます。 - 賞賛とインセンティブ
優れたメンターを表彰する(社内アワード)、あるいは手当を支給するなど、目に見える形での承認も有効です。
オンボーディングは「全社的な人材開発」の出発点
オンボーディングは、新入社員が組織に適応するプロセスであると同時に、既存社員が自らのスキルを棚卸しし、次のステップ(リーダー、マネージャー)へと成長するための「人材開発」のプロセスでもあります。
現場の負担を成長機会に変える仕組みを設計し、新入社員と既存社員が「共に育つ」文化を醸成すること。それこそが、オンボーディングを単なる受け入れ作業から、組織全体の人的資本価値を高める戦略的施策へと昇華させる鍵となると考えられます。
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