新入社員は、貴社の「価値観」に共感していますか?
「業務マニュアルは整備したが、新入社員に覇気がない」
「スキルは高いはずなのに、組織に馴染もうとしない」
「『この会社で働き続けたい』という意欲が感じられない」
これらは、多くの企業がオンボーディングの過程で直面する課題です。手厚い研修プログラムを実施し、OJT担当者をつけているにもかかわらず、なぜ新入社員のエンゲージメントは高まらないのでしょうか。
その原因は、オンボーディングを「業務スキル」の習得プロセスとしてのみ捉え、「組織文化への適応」、すなわち企業が大切にする価値観や行動規範への共感を促すプロセスとして設計していない点にあると考えられます。
本コラムでは、オンボーディングを「組織文化への戦略的な適応プロセス」と再定義し、新入社員のエンゲージメントと帰属意識を早期に高めるための仕掛けについて考察します。
なぜ「文化適応」がエンゲージメントの鍵となるのか
新入社員が早期に高いエンゲージメントを持つことは、パフォーマンスの向上や早期離職の防止に直結します。
「スキル」適応と「文化」適応の違い
従来のオンボーディングは、以下の「スキル適応」に偏重する傾向がありました。
- スキル適応
業務知識、ツールの使い方、社内ルールなど、「仕事のやり方」を習得すること。比較的短期間で、マニュアルや研修によって達成可能。
しかし、エンゲージメントの根幹をなすのは、次の「文化適応」です。
- 文化適応
企業のビジョン、価値観、暗黙のルール、人間関係のあり方など、「組織の一員としてのあり方」を理解し、共感すること。目に見えにくく、時間をかけて醸成される。
どれほど高いスキルを持っていても、「この組織の価値観は自分に合わない」と感じれば、エンゲージメントは低下し、早期離職のリスクが高まります。オンボーディングの最大の目的は、この「文化適応」を意図的に支援することにあると言っても過言ではありません。
心理的安全性が「文化適応」の土台
新入社員が組織文化にスムーズに適応するためには、「心理的安全性」が確保されていることが大前提となります。
心理的安全性とは、「組織の中で、自分の考えや感情を安心して発言・行動できる状態」を指します。オンボーディング期間中に、新入社員が「こんな初歩的な質問をしても大丈夫だろうか」「失敗したらどう思われるだろうか」といった不安を感じることなく、自分らしさを発揮できる環境がなければ、組織の文化を受け入れるどころか、心を閉ざしてしまいます。
したがって、エンゲージメントを高めるオンボーディングとは、スキルを教え込むことではなく、まず新入社員を「受容」し、心理的安全性を感じてもらうことから始まると言えます。
エンゲージメントを高める「文化的オンボーディング」の仕掛け
組織文化への適応を促し、エンゲージメントを醸成するためには、オンボーディング・プログラムに以下のような「体験」と「対話」を組み込むことが有効です。
「価値観」を軸にした対話の場
組織文化は、スローガンを暗記させることでは伝わりません。上司や先輩社員との「対話」を通じて、その価値観が実際の業務でどのように体現されているかを伝えることが重要です。
- 上司との1on1
業務の進捗確認だけでなく、「なぜこの仕事が重要なのか(ビジョンとの繋がり)」「この組織では何を評価するのか(価値観)」といった、より本質的な対話を定期的に行います。 - 経営層・リーダー層との対話会
経営トップや部門長が、自らの言葉で「会社の歴史」「大切にしている信条」「新入社員への期待」を語る場を設けます。これにより、新入社員は組織の「想い」を直接感じ取ることができます。 - 価値観のすり合わせ
採用時に、候補者の価値観と、組織が大切にする価値観の共通点や違いについて、上司や人事が意識的に話し合う機会を持ちます。これにより、相互理解が深まり、適応がスムーズになります。
組織サーベイによる「価値観の可視化」
個人の価値観と組織の価値観がどれだけ一致しているか(カルチャーフィット)は、感覚論ではなく、客観的に把握する努力も必要です。
オンボーディングの初期段階(あるいは採用段階)で、組織サーベイ(アンケート)を用いて、本人が重視する価値観(例:安定志向か、挑戦志向か)と、組織(あるいは配属先部署)が持つ価値観の傾向を可視化することが考えられます。
この分析結果を用いることで、 「本人はAという価値観を重視しているが、配属先はBという傾向が強い。そのため、上司はBの側面だけでなく、Aを尊重するようなコミュニケーションを心がけよう」 といった、データに基づいたきめ細やかなオンボーディング(例:1on1での対話テーマの設定)が可能になります。
「受容」と「承認」を伝える仕組み
新入社員が「自分はこの組織の一員として受け入れられている」と感じることは、エンゲージメントの強力な基盤です。
- 「小さな成功(Small Win)」の承認
オンボーディング期間中は、完璧な成果よりも「プロセス」や「挑戦した姿勢」を重視して承認します。上司やOJT担当者が「質問してくれてありがとう」「〇〇の視点が新しいね」といったポジティブなフィードバックを積極的に行うことで、心理的安全性が高まり、次の行動への意欲が引き出されます。 - 社内イントラでの紹介
新入社員のプロフィール(趣味や前職での経験など)を、単なる事務連絡ではなく、「組織の新しい仲間」として社内全体に温かく紹介することも、受け入れムードを醸成する上で重要です。
オンボーディングは、組織文化を次世代に繋ぐプロセス
オンボーディングとは、新入社員を組織の「色」に染め上げることではありません。新入社員が持つ多様な価値観や経験を尊重しつつ、組織が大切にしてきた中核的な価値観(ビジョンやミッション)に共感してもらう、双方向のプロセスです。
新入社員が早期に組織文化に適応し、高いエンゲージメントを持って働くことは、本人の幸福(ウェルビーイング)に繋がるだけでなく、組織全体の活性化と持続的な成長をもたらします。スキル研修に偏重したオンボーディングから脱却し、一人ひとりの「価値観」に向き合い、組織への「共感」を育むこと。それこそが、人的資本経営時代に求められるオンボーディングの姿と言えるでしょう。
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