「経験と勘」からの脱却:スキルベースで設計する戦略的管理職研修とは

管理職は本当に「自社の未来に必要なスキル」を持っていますか?

「あの人は現場経験が豊富だから、そろそろ管理職に昇進させよう」
「リーダーシップがありそうだから、次期マネージャー候補だ」

多くの企業で、このような「経験と勘」に基づいた管理職の登用や育成が行われてきたのではないでしょうか。

しかし、事業環境が複雑化し、求められるリーダーシップ像が多様化する現代において、こうした旧来のアプローチは限界を迎えつつあります。経験と勘だけに頼った育成は、育成の属人化を招き、組織として本当に必要な能力開発がおろそかになるリスクをはらんでいます。

企業の持続的な成長を実現するためには、より客観的で、戦略的なアプローチが不可欠です。本コラムでは、その解決策として注目される「スキルベース」の考え方を取り入れた、管理職育成の体系的な設計手法について詳しく解説していきます。

スキルベースの人材マネジメントが管理職育成にもたらす変革

スキルベースの人材マネジメントとは、従業員一人ひとりが持つスキルを客観的に可視化し、そのデータを人材の採用、配置、育成、評価といった人事施策全般に活用していく考え方です。これを管理職育成に応用することで、育成の「ゴール」が明確になり、個々の課題に合わせた「個別最適化」が可能になるなど、多くの変革が期待できます。

育成の「ゴール」が明確になる

まず、自社の経営戦略や事業戦略を実現するために、各階層の管理職にどのようなスキルが、どのレベルで必要なのかを具体的に定義します。これが「スキルマップ」や「スキルタクソノミー」と呼ばれるものです。これにより、育成プログラムで何を学ぶべきかが具体的になり、対象者自身も、自分に何が期待されているのかを明確に認識できるようになります。

個々の課題に合わせた「個別最適化」が可能になる

次に、アセスメントツールなどを用いて、現状の管理職およびその候補者が、定義したスキルをどの程度保有しているかを測定・可視化します。このデータに基づけば、全員に同じ内容の管理職研修を一律で受けさせるのではなく、個々の課題に応じた研修プログラムを提供することが可能になり、より効率的で効果的な育成が実現できるのです。

スキルベースの管理職育成を導入するための実践的ステップ

では、具体的にスキルベースの管理職育成を導入するには、どのようなステップを踏めばよいのでしょうか。重要なのは、管理職研修という単一の施策に留まらず、育成の仕組み全体をデザインすることです。

ステップ1:「あるべき姿」からスキルを定義・可視化する

最初のステップは、自社にとって重要な管理職のスキルを定義し、現状を可視化することです。

  • ハイパフォーマーへのインタビュー
    まず、社内で活躍している管理職にインタビューを行い、「卓越した成果を出すために、どのような思考や行動をしているか」を深掘りします。
    その際、「最近、最も困難だった仕事は何か」「それをどう乗り越えたか」といった具体的なエピソードから、共通するスキル要素を抽出することが有効です。
  • スキルの言語化と体系化
    抽出した要素を、「戦略構築力」「組織開発力」「人材育成力」などのカテゴリーに分類し、それぞれのスキルについて具体的な行動レベルで定義します。
    この際、スキル項目が多すぎたり、定義が抽象的すぎたりしないよう注意が必要です。最初は5~7個程度の重要なスキルに絞り込むのが良いでしょう。
  • 現状の可視化
    定義したスキルを基に、アセスメント(360度評価や能力テストなど)を実施し、各管理職の現状のスキルレベルを客観的に把握します。

ステップ2:「70:20:10の法則」で育成体系をデザインする

人の成長は、70%が「経験」、20%が「薫陶(他者からの学び)」、10%が「研修」から得られるという「70:20:10の法則」が知られています。スキルベースの育成とは、この法則に基づき、研修だけでなく経験や他者からの学びをも意図的に設計するアプローチです。

  • 経験のデザイン(70%)
    スキルアセスメントの結果に基づき、個々の管理職の強化すべきスキルを伸ばせるような業務を意図的に与えます(ストレッチアサインメント)。例えば、「戦略構築力」が課題の管理職には、次年度の事業計画策定プロジェクトのリーダーを任せる、といった配置が考えられます。
  • 薫陶のデザイン(20%)
    他者からの学びを促進します。特に、直属の上司(縦の関係)とは異なる客観的な視点が得られる「斜めの関係」の構築が有効です。
    例えば、他部署で評価の高い上位役職者をメンターとしてアサインし、定期的に相談できる機会を設けるメンター制度の導入などが考えられます。
  • 研修のデザイン(10%)
    集合研修としての管理職研修では、知識のインプットだけでなく、ステップ1で定義したスキルを実践的に学ぶワークショップや、業務課題について議論するアクションラーニングを中心に設計し、経験学習を加速させるハブとして機能させます。

ステップ3:タレントレビューで「未来のリーダー」を育てる

スキルデータは、次世代の経営幹部候補を選抜・育成する「サクセッションプラン」においても極めて重要な情報となります。

  • タレントレビュー会議の実施
    経営層と人事部が定期的に集まり、スキルアセスメントの結果や日々のパフォーマンスデータを基に、個々の管理職の強みや育成課題、将来のポテンシャルについて議論します。
  • 個別育成計画(IDP)の策定
    タレントレビューでの議論を踏まえ、特に重要なポジションの後継者候補については、個別の育成計画(IDP: Individual Development Plan)を作成し、会社として計画的な育成投資を行っていきます。

「個」の成長を「組織」の成長に繋げるために

これからの管理職育成は、もはや画一的なプログラムを当てはめるだけでは不十分です。一人ひとりの持つスキルとポテンシャルをデータとして正確に把握し、研修、経験、他者からの学びを組み合わせた、戦略的な育成体系を構築していくスキルベースのアプローチが不可欠となります。

このアプローチは、管理職一人ひとりのキャリア自律を促すと同時に、企業にとっては、事業戦略の実現に必要な人材を計画的に育成できるという大きなメリットをもたらします。「経験と勘」に頼った育成から脱却し、データに基づいた戦略的な管理職育成へと舵を切ることが、変化の時代を勝ち抜くための鍵となるでしょう。

株式会社コトラでは、スキルベース型人事制度の導入から、それに基づいた効果的な管理職育成体系の設計まで、貴社の戦略的人材育成をトータルでご支援します。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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