人的資本のKPI、設定しただけで満足していませんか?
「人的資本経営の重要性は理解し、関連するKPI(重要業績評価指標)も設定した」
「しかし、そのKPIが経営戦略の実行にどれほど貢献しているか、実感がない」
「測定はしているものの、数値がどうなれば良いのか、次の打ち手が見えない」
こうしたお悩みは、人的資本経営に取り組む多くの企業様から寄せられます。KPIを設定すること自体が目的化してしまい、いわゆる「KPIのためのKPI」になってしまうケースは少なくありません。
人的資本経営が単なるブームではなく、企業の持続的成長に不可欠な経営アジェンダである以上、その進捗と成果を測るKPIマネジメントは極めて重要です。しかし、経営戦略と切り離されたKPIマネジメントは、現場の負担を増やすだけで、本来の目的である企業価値向上には繋がりにくいと考えられます。
本コラムでは、人的資本経営を真に駆動させるための、「戦略連動型」のKPIマネジメントの本質と、その実践的なアプローチについて考察します。
なぜKPIマネジメントは形骸化するのか?
多くの企業でKPIマネジメントがうまく機能しない最大の理由は、KPIが経営戦略や事業戦略と「連動していない」点にあると考えられます。
例えば、多くの企業がKPIとして設定する「従業員エンゲージメントスコア」や「女性管理職比率」。これらはもちろん重要な指標です。しかし、自社の経営戦略(例:新規事業領域への進出、DXの推進)と、これらのKPIの間にどのような論理的な繋がりがあるのか、明確に説明できるでしょうか。
形骸化したKPIマネジメントでは、以下のような状況が見受けられます。
- 戦略との断絶
経営戦略では「イノベーションの創出」を掲げているにもかかわらず、人事KPIは「既存業務の効率化」や「離職率の低下」に留まっている。 - 「測定」の目的化
KPIを測定し、報告書にまとめることがゴールとなり、その数値の変動要因や、改善に向けた具体的なアクションに繋がっていない。 - 「過去」志向の指標管理
KPIが「離職率」や「研修実施回数」といった過去の結果(遅行指標)を測定するだけで、未来の目標値に対する進捗として管理されていない。
コトラが考える「戦略連動型KPIマネジメント」
人的資本経営におけるKPIマネジメントは、単なる「現状の測定」であってはならないと考えます。それは、経営戦略を実行するための「羅針盤」であり、組織の行動変容を促す「対話のツール」であるべきです。
ここで重要となるのが、「未来志向」の視点です。
多くのKPIマネジメントは、「現在地(As-Is)」を測定することに主眼が置かれています。しかし、本当に重要なのは、「あるべき姿(To-Be)」、すなわち自社の経営戦略を実現するために必要な「未来の人材ポートフォリオ」と、現在地とのギャップを可視化することです。
例えば、「3年後にDXを本格化させる」という戦略があるならば、KPIとして測定すべきは、単なる「IT研修の受講時間」ではなく、「DX推進に必要な特定のスキル(例:データ分析スキル、UI/UX設計スキル)を保有する人材の充足率」や「そのスキルレベルの向上度」ではないでしょうか。
このように、経営戦略から逆算し、未来の戦略実行に必要な人材要件を定義した上で、その充足状況や育成の進捗を測るKPIを設定すること。これが、戦略連動型のKPIマネジメントの第一歩です。このアプローチにより、KPIマネジメントは「管理」から「戦略実行支援」へとその役割を変えることができます。
このプロセスを通じて、人的資本への投資が、いかに未来の企業価値に貢献するかというストーリーを、経営陣や投資家に対して具体的に示すことが可能になると考えられます。KPIマネジメントの本質は、数値を追いかけることではなく、戦略と人材を結びつける論理を構築することにあるのです。
戦略連動型KPIマネジメントを導入する3つのステップ
では、戦略と連動したKPIマネジメントを、具体的にどのように組織に導入していけばよいでしょうか。ここでは、実践的な3つのステップをご紹介します。
ステップ1:経営戦略の「人材戦略への翻訳」
KPIマネジメントの出発点は、KPIを選ぶことではありません。自社の経営戦略を深く理解することから始まります。
- 経営戦略の確認
まず、自社の中期経営計画や事業戦略を再確認します。3~5年後にどのような事業モデルで、どのような価値を提供しようとしているのか。 - 戦略的課題の特定
その戦略を実現する上で、「人材」の側面から見た最大のボトルネックは何かを特定します。(例:新規事業を担うリーダーが不足している、グローバル展開に必要なスキルセットが欠如している、など) - 人材戦略への翻訳
特定した課題を解決するために、人材戦略として何をすべきかを定義します。(例:次世代リーダーの計画的育成、特定スキルのリスキリング、多様な人材の獲得)
この「翻訳」プロセスこそが、KPIマネジメントの土台となります。
ステップ2:「ロジックモデル」の構築とKPIの厳選
人材戦略が明確になったら、その実行度合いを測る指標を選定します。ここで重要なのは、最終的な「結果」と日々の「行動」を連動させる「ロジックモデル」を構築することです。
まず、戦略課題を解決した「最終的な結果」を示す指標 =「遅行指標(Lagging Indicator)」を選び、その「未来の目標値」を設定します。例えば、「離職率を3年後に5%未満にする」といった設定です。
しかし、遅行指標は「結果」であるため、数値に変化が現れるまで時間がかかります。また、「離職率が高い」と分かっても、「では、明日から何をすべきか」という具体的な行動に結びつきにくいという課題があります。
そこで、その遅行指標に先行して影響を与える「行動」や「プロセス」を示す指標 =「先行指標(Leading Indicator)」をKPIとして設定します。
以下に、ロジックモデルの構築例を示します。
- KGI(遅行指標):「離職率を3年後に5%未満にする」
- 仮説:離職の最大要因は「上司との関係性」と「成長実感の欠如」ではないか?
- KPI(先行指標)1:「1on1ミーティングの月次実施率」および「1on1満足度スコア」
- KPI(先行指標)2:「従業員が認識する成長実感スコア」
このようにロジックモデルを構築することで、「今月の1on1満足度(先行指標)が低下しているため、来四半期の離職率(遅行指標)が高まるリスクがある。今すぐ対策を打とう」という、戦略的で迅速なKPIマネジメントが可能になると考えられます。
ステップ3:「KPIマネジメントサイクル」の確立
KPIは設定して終わりではありません。「測定」→「分析」→「施策実行」→「再測定」というKPIマネジメントのサイクル(PDCA)を確立することが不可欠です。
- 測定と可視化
定めたKPIを定期的に測定し、ダッシュボードなどで誰もが状況を把握できるようにします。 - 分析と要因特定
KPIの変動(あるいは変動のなさ)の「なぜ」を深掘りします。例えば、エンゲージメントスコアが低下した場合、どの部署で、どの項目が、どのような背景で低下しているのかを分析します。この分析こそが、KPIマネジメントの核です。 - 施策の実行と効果検証
分析結果に基づき、具体的な改善アクションプランを策定・実行します。そして、その施策がKPIにどのような影響を与えたかを「再測定」し、次のアクションに繋げます。
このサイクルを回し続けることで、KPIマネジメントは組織の学習プロセスとなり、戦略実行の精度が継続的に高まっていくと考えられます。
KPIマネジメントは「未来」をデザインする対話のツール
本コラムでは、人的資本経営におけるKPIマネジメントが、単なる数値管理に陥る「形骸化」の罠と、そこから脱却するための「戦略連動型」のアプローチについて考察しました。
KPIマネジメントの本質は、過去を評価すること以上に、未来の戦略を実現するために「今、何をすべきか」を組織全体で共有し、議論することにあります。KPIという共通言語を通じて、経営と現場、人事と事業部門が、戦略の実行度合いについて対話を深めること。これこそが、人的資本経営を駆動させるKPIマネジメントの真価と言えるでしょう。
人的資本という目に見えにくい価値を可視化し、戦略的な投資と行動変容を促すKPIマネジメントの実践は、容易なことではありません。しかし、この取り組みこそが、不確実な時代において企業の持続的な成長を支える強固な基盤となると考えられます。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。戦略と連動した人材ポートフォリオの構築や、実効性のあるKPIマネジメントの導入など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。




