戦略を駆動させる組織文化の作り方
「経営会議で決まった素晴らしい戦略が、なぜか現場まで浸透しない」
「社員一人ひとりが、会社の向かう方向性を”自分ごと”として捉え、行動してくれていない」
これは多くの経営者や人事責任者が直面する、深刻な課題ではないでしょうか。経営と現場の間に見えない壁が存在し、せっかくの戦略が実行に移されず、成果に結びつかない。この根深い問題の背景には、多くの場合、「組織文化」という目に見えない、しかし強力な力が作用しています。
本コラムでは、『人材版伊藤レポート2.0』でもその重要性が指摘されている「企業文化への定着」に焦点を当て、経営戦略と人材戦略を真に連動させるための鍵、すなわち「組織文化」の戦略的な醸成方法について考察します。
なぜ戦略の実行には「文化」が必要なのか
組織文化とは、単なる「社風」や「職場の雰囲気」といった曖昧なものではありません。それは、「その組織において、何が重視され、どのような行動が称賛され、あるいは許容されないか」という、社員の意思決定や行動の基盤となる暗黙のルールや価値観の集合体です。
どんなに優れた戦略や制度も、この文化という土壌に合わなければ、根付くことはありません。例えば、イノベーションを促進する戦略を掲げても、組織に「失敗を許さない文化」が根付いていれば、社員は萎縮し、誰も新たな挑戦をしようとはしないでしょう。
社員の日々の意思決定や行動は、意識的・無意識的にこの組織文化の影響を受けています。したがって、文化が戦略の目指す方向と一致していなければ、新たな戦略や施策を導入しても、現場レベルでの行動変容には繋がらず、期待した成果を得ることは難しいでしょう。
『人材版伊藤レポート2.0』が人的資本経営の実践を説く中で「企業文化への定着」を不可欠な要素として挙げているのは、この文化こそが、あらゆる施策の効果を左右する土台であると認識しているからに他なりません。重要なのは、文化は自然発生的に生まれるのを待つのではなく、目指す戦略の実現に向けて、意図的・戦略的にデザインし、育んでいくという視点です。
戦略を実現する組織文化を醸成する3つのアプローチ
では、戦略実行を力強く後押しする組織文化は、どのようにして創り上げることができるのでしょうか。私たちコトラは、以下の3つのアプローチが極めて重要だと考えています。
パーパス・バリューを「現場の言葉」に翻訳する
文化の核となるのは、企業の存在意義である「パーパス」と、共有すべき価値観・行動規範である「バリュー」です。
しかし、これらが経営層の言葉のままでは、現場の社員には響きません。「私たちのパーパスは、日々の〇〇という業務を通じて、このように実現されている」「このバリューは、お客様への△△という対応そのものだ」というように、現場の業務と具体的に結びつく言葉に「翻訳」して伝えるプロセスが不可欠です。
この翻訳作業を通じて、社員は初めて戦略を”自分ごと”として捉え始めます。
リーダーシップによる「一貫した体現」
文化は、リーダーの言動によって最も強く形作られます。経営トップや管理職が、自らバリューを体現し、日々の意思決定の拠り所としている姿を見せること。そして、部下の行動を評価する際に、そのバリューに沿っているかを問いかけること。こうしたリーダーからの一貫したメッセージと行動が、望ましい文化を組織の隅々にまで浸透させていきます。
「言っていること」と「やっていること」が一致しているリーダーの存在が、社員の信頼と共感を呼びます。
「仕組み」を通じて望ましい行動を後押しする
文化は、精神論だけでは定着しません。望ましい行動が自然と促されるような「仕組み」に落とし込むことが重要です。
- 人事制度との連動
バリューを体現した社員が、評価や称賛、昇進・昇格において報われるような人事制度を設計する。 - 業務プロセスへの組込み
採用面接で候補者の価値観が自社と合うかを確認したり、会議のアイスブレイクでバリューに関する体験を共有したりするなど、日常の業務プロセスに文化を体現する仕掛けを埋め込む。
こうした仕組みが、文化を特別なものではなく、日々の当たり前の空気のようにしていきます。
文化こそが、持続的な競争優位の源泉となる
『人材版伊藤レポート2.0』が示す人的資本経営の実践とは、単に新しい制度を導入することではありません。それは、企業の目指す方向へと、社員一人ひとりのエネルギーを統合していく、組織全体の変革です。
その変革の成否を分けるのが、経営戦略と現場の行動を繋ぐ「組織文化」にほかなりません。強固で、かつ良い組織文化は、模倣することが極めて困難な、企業の持続的な競争優位性の源泉となります。戦略を実行し、価値を創造し続ける組織の土台として、今こそ自社の文化に真摯に向き合うことが求められているのではないでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。組織サーベイを用いた価値観分析による文化の可視化や、パーパス・バリュー浸透のためのワークショップ企画など、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。