ストレス耐性を見極める手段が「圧迫面接」になっていませんか?
「なぜ、もっと論理的に説明できないのですか?」
「あなたのような経験で、本当に当社に貢献できるとお考えですか?」
一部の面接官は、このような高圧的な質問や否定的な態度を「意図的に」行うことで、候補者のストレス耐性や対応力を見極めようとします。いわゆる「圧迫面接」です。しかし、この考え方は現代の採用活動において、極めて危険かつ時代遅れなものと言わざるを得ません。
圧迫面接は、候補者の本質を見抜くどころか、企業のブランドイメージを著しく毀損し、本当に優秀な人材を自ら手放すだけの「百害あって一利なし」の行為です。本コラムでは、この悪習がもたらすリスクに警鐘を鳴らし、面接官研修を通じていかにして圧迫面接を根絶すべきかを論じます。
【事例】カルチャーフィットの罠:急成長ベンチャーD社の過ち
当社のご支援実績をもとに、ある急成長中のSaaSベンチャーD社のケースを例に考えてみましょう。D社は革新的なプロダクトで注目され、優秀なエンジニアの採用が事業成長の最重要課題でした。しかし、採用プロセスには大きな問題を抱えていました。
ある日、創業メンバーでもある技術部門の責任者が、非常に優秀な経歴を持つエンジニア候補者に対し、面接で以下のような振る舞いをしました。
- 高圧的な否定
候補者が技術的なアーキテクチャについて説明すると、「その選定理由は浅い」「もっと最適な解があるのでは?」と繰り返し詰問する。 - 意図的な沈黙
回答に詰まった候補者に対し、助け舟を出すことなく、ただPCを触りながら無言でプレッシャーをかける。 - 能力への疑問
候補者の過去の実績に対し、「それはあなたの力ではなく、以前の会社のブランドや環境が良かっただけでは?」と暗に示唆する。
この責任者には、「カオスな環境でも結果を出せる『圧倒的当事者意識』を見極めたい」という意図があったのかもしれません。しかし、このような一方的な価値観の押し付けとも取れるコミュニケーションは、候補者に「尊重されていない」という強い不信感を抱かせるリスクを孕んでいます。
仮に、この面接を体験した優秀な候補者が内定を辞退し、その経験を転職口コミサイトやSNSに投稿したとしたら、どうなるでしょうか。「技術的な議論ではなく、人格を否定されるような時間だった」といった主観的な感想が共感を呼べば、企業の評判は瞬く間に傷つく可能性があります。一つの面接での出来事が、エンジニア界隈で瞬く間に共有され、採用ブランド全体に悪影響が及ぶというシナリオも、十分に考えられるのです。
「圧迫面接」がもたらす致命的なリスク
D社の事例は氷山の一角です。圧迫面接が企業にもたらすリスクは、計り知れません。
- 企業ブランドの失墜
SNSや口コミサイトの普及により、たった一度の不適切な面接が、企業の評判を永続的に傷つける可能性があります。「圧迫面接をする会社」という烙印は、採用活動だけでなく、商品やサービスのイメージにまで悪影響を及ぼしかねません。 - 優秀な人材の逸失
言うまでもなく、優秀な候補者ほど多くの選択肢を持っています。彼らは、自身を尊重しない企業、不快な体験をさせる企業を自ら選ぶことはありません。結果として、圧迫面接は「そのような扱いを受けても入社せざるを得ない人」を選別するフィルターとなり、企業が本当に求める人材を遠ざけてしまいます。 - 本来の能力の見誤り
そもそも、圧迫面接で測れるのは「理不尽な状況下での咄嗟の対応」であり、実際の業務で求められる「論理的なプレッシャー下での課題解決能力」ではありません。候補者を萎縮させ、思考停止に追い込む環境では、その人が持つ本来の思考力やポテンシャルを正しく見極めることは不可能です。
圧迫面接を根絶するための3つの実践アプローチ
この悪習を断ち切るには、組織として明確な方針を打ち出し、面接官研修を通じて具体的なスキルと仕組みを全社に浸透させることが不可欠です。
Step1:意識改革と基準設定
まず、「なぜ圧迫面接がダメなのか」を論理と感情の両面から理解させ、組織としての明確な基準を設けることから始めます。
- 経営陣からの強いメッセージ発信
研修の冒頭で、経営トップや人事責任者が「圧迫面接は、当社の価値観と相容れない行為であり、いかなる理由があっても容認しない」という断固たる姿勢を示すことが最も重要です。これにより、研修が単なるスキルアップの機会ではなく、企業文化に関わる重要な取り組みであることを全社に伝えます。 - リスクの定量的な理解
「採用ブランドが傷つく」といった定性的な説明に加え、「炎上による採用コストの増大」「優秀な人材一人の逸失による機会損失額」など、可能な限り金銭的・戦略的なインパクトを提示し、圧迫面接が経営に与えるダメージを自分ごととして捉えさせます。 - 「圧迫」の具体的な定義
現場の管理職も交えたワークショップ形式で、「健全に能力を見極めるための厳しい質問」と「人格を否定する圧迫」の境界線はどこにあるかを議論し、自社としての「面接におけるNG言動リスト」を策定します。これにより、「知らなかった」という言い訳をなくし、共通の行動基準を設けます。
Step2:健全な「見極めスキル」へのアップデート
次に、「圧迫」という誤った手法に頼らずに、候補者のストレス耐性や課題解決能力を効果的かつ健全に見極めるための代替スキルを、研修を通じて具体的に習得させます。
- 行動評価質問(BEI)の深掘りトレーニング
過去の行動から未来を予測するBEI質問は、ストレス耐性を見極める上で非常に有効です。
以下のように、一つの事象を多角的に深掘りするロールプレイングを繰り返し行います。- 基本質問
「過去に最もプレッシャーを感じた業務経験と、それをどう乗り越えたか教えてください」 - 深掘り質問
「そのプレッシャーの要因は何でしたか?」
「誰かを巻き込みましたか、それとも一人で解決しましたか?」
「その経験から、プレッシャーとの向き合い方について何を学びましたか?」
- 基本質問
- 状況設定質問の実践
リアルな業務に近い状況を提示し、思考プロセスを確認します。- 質問例
「もし、あなたが担当する重要プロジェクトで、予期せぬ重大なバグがリリース前日に見つかったとします。関係各所が混乱する中、あなたはまず、誰に、何を、どのように伝えますか?」 - 評価ポイント
パニックに陥らず、状況を整理し、優先順位をつけ、論理的に行動を組み立てられるかを確認します。
- 質問例
Step3:継続的なモニタリングとフィードバック
研修で学んだ内容が形骸化しないよう、仕組みとして定着させることが最後の重要なステップです。
- 候補者アンケートの導入
選考プロセスが終了した全ての候補者(辞退者や不合格者を含む)に対し、匿名のアンケートを実施します。「面接官はあなたの意見に敬意を払っていましたか?」といった項目を設け、候補者体験を客観的なデータとして収集・分析します。 - 面接官同士の相互フィードバック
面接終了後の評価すり合わせの場で、「今日の面接で、候補者の良さを引き出すために工夫した点はどこか」「〇〇さんのあの質問は、候補者の思考を深める良い問いかけだった」といった、相互の面接スキルに関するポジティブなフィードバックを交換する時間を設けます。これにより、学び合い、高め合う文化を醸成します。
企業の品格は、面接官の姿勢に表れる
本コラムでは、圧迫面接という悪習がもたらす深刻なリスクと、それを根絶するための面接官研修の重要性について解説しました。候補者一人ひとりに対し、敬意を持って接し、その能力を最大限に引き出そうと努める姿勢。それこそが、企業の品格であり、優れた人材から選ばれるための絶対条件です。
時代遅れの精神論から脱却し、科学的かつ倫理的な採用手法へとアップデートすること。そのための面接官研修は、企業の未来を守り、成長を加速させるための、不可欠な投資と言えるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。圧迫面接の根絶や、採用リスク管理に関する面接官研修の設計・実行のご相談は、お気軽にお問い合わせください。




