HRテックの潮流から読む未来:次世代の競争優位を築く戦略投資

HRテックが映し出す、いま目の前にある変化

労働人口の減少、キャリア観の多様化、そして非連続な事業環境の変化。こうしたマクロな潮流の中で、企業の持続的成長の鍵が「人」にあることは、経営者や人事責任者の皆様にとって論を俟たない事実でしょう。そして、その「人」をめぐる戦略、すなわち人的資本経営のあり方を根本から変えようとしているのが、HRテックの進化です。

日々報じられるHRテックの新しいトレンドを、単なるツールの流行として捉えてはいけません。それは、企業と個人の関係性が、そして競争優位の源泉が、どこへ向かっているのかを示す、極めて重要な道標です。本コラムでは、HRテック市場の潮流を深く読み解き、未来を見据えた戦略的投資の本質に迫ります。

HRテック市場が示す、3つの不可逆な潮流

近年のHRテックの進化を分析すると、そこには共通する3つの大きな、そして後戻りのできない潮流が見えてきます。

【潮流1:管理から体験へ】「従業員エクスペリエンス(EX)」のプラットフォーム化

かつてのHRテックが、勤怠や給与計算といった「管理」を目的としていたのに対し、現在の潮流は明確に「従業員体験(EX)」の向上へとシフトしています。

EXとは、従業員が入社から退社までの間に企業内で経験するすべての出来事の総体を指します。優れたEXはエンゲージメントや生産性の向上、そして優秀な人材のリテンション(定着)に直結することが、多くの研究で明らかになっています。

この流れを受け、HRテックは採用、オンボーディング、学習、評価、コミュニケーションといった個別のプロセスを支援するだけでなく、これらをシームレスに連携させ、従業員一人ひとりの体験価値を最大化する「EXプラットフォーム」へと進化を遂げつつあります。

潮流2:画一から個別へ:「AI」が加速させるパーソナライゼーションの波

AIの活用は、単なる業務効率化に留まらず、従業員一人ひとりに対する「個別最適化(パーソナライゼーション)」を加速させるエンジンとして、その期待が高まっています。 例えば、HRテックが目指す方向性として、以下のような活用が期待されています。

  • AIによるキャリアパス提案
    個人のスキルやキャリア志向に基づき、AIが参考となるキャリアの選択肢や、推奨される学習コンテンツを提示する。
  • 個別最適化された育成プラン
    新入社員の特性に合わせて、効果的な研修プログラムや、相性の良いメンター候補を推薦する。

こうした個別化されたアプローチは、従業員の自律的な成長を促し、組織への貢献意欲を高める強力なドライバーとなることが見込まれています。

潮流3:静的から動的へ:「スキル」を軸としたリアルタイムな人材管理

年に一度の評価や異動といった静的な人材管理は、変化の激しい現代においては機能不全に陥りつつあります。求められているのは、ビジネスの変化に合わせて、常に人材ポートフォリオを最適化し続ける「動的な人材管理」です。 

その中核を担うのが、客観的で測定可能な「スキル」データです。全社員のスキルをリアルタイムに可視化し、事業戦略に必要なスキルとのギャップを特定、そしてリスキリングや戦略的な人材配置によってそのギャップを埋めていく。このサイクルを高速で回すことが、組織の適応力と競争力を左右します。HRテックは、この動的なスキル管理を実現するための不可欠な基盤となりつつあります。

未来を見据えたHRテック投資:持つべき2つの戦略的視点

これらの潮流を踏まえ、企業はどのような視点でHRテック投資を考えるべきでしょうか。それは、単なるツール選定の視点ではなく、未来の組織のあり方をデザインする経営の視点です。

視点1:連携を前提としたHRテック戦略

もはや、全ての機能が揃った完璧な単一のHRテックツールを探す時代ではありません。むしろ、HRテックの戦略的な導入は、皆様がお使いのスマートフォンに非常に似ています。

スマートフォン本体には、iOSやAndroidといったOS(オペレーティングシステム)があります。これが、あらゆるデータの中核となる基盤(プラットフォーム)です。そして皆様は、写真撮影ならこのアプリ、地図ならこのアプリ、というように、特定の目的に特化した専門アプリをインストールして、自分だけの便利な環境を創っています。

HRテックもこれと全く同じ考え方が重要になります。

  • OSにあたる「中核システム」
    人事情報やスキルデータを一元管理するタレントマネジメントシステムなどがこれにあたります。
  • 専門アプリにあたる「専門ツール」
    採用管理、学習管理、エンゲージメント測定など、各領域で最高の機能を持つツールです。

重要なのは、これらの専門ツール(アプリ)が、中核システム(OS)とAPIなどを通じてスムーズにデータ連携できることです。データが分断されることなく、各ツール間を滑らかに流れることで、初めてEXの向上や動的な人材管理が実現します。

特定のベンダーの「全部入り」システムに縛られるのではなく、各領域で最適なツールを柔軟に「組み合わせ」、自社だけの最適なHRテック環境をデザインしていく。この視点こそが、将来の拡張性や変化への対応力を高める鍵となります。

視点2:「個のエンパワーメント」と「組織能力の最大化」の両立

EXの向上やAIによる個別化は、従業員という「個」の能力と意欲を解き放つ(エンパワーメントする)ための強力なアプローチです。しかし、それだけでは個人の力が分散し、組織としての成果には結びつきにくいという側面もあります。 

ここで重要になるのが、エンパワーされた「個」の力を、いかにして組織全体の目標達成へとベクトルを合わせ、相乗効果を生み出すかという視点です。コトラでは、その「懸け橋」の役割を担うのが、「動的な人材ポートフォリオ」と「スキルベース型人事制度」という両輪の仕組みであると考えています。

  • 動的な人材ポートフォリオ:機会と成長の可視化
    これは、個人のスキルやキャリア志向と、組織が必要とする人材ニーズを、客観的なデータで結びつける「マッチングプラットフォーム」です。
    • 個人にとって
      自分のスキルや「やりたいこと」を登録すれば、それに合った社内のプロジェクトやポジションの機会が提供されます。また、目指すキャリアに必要なスキルとのギャップが可視化され、自律的な学習が可能になります。
    • 組織にとって
      事業戦略に必要な人材を全社から検索したり、将来不足するスキルを予測して戦略的な育成計画を立てたりすることができます。
  • スキルベース型人事制度:努力と貢献への正当な報い
    しかし、従業員が自律的にスキルを高め、挑戦的な仕事に取り組んだとしても、その努力や貢献が評価や処遇に反映されなければ、モチベーションは続きません。そこで不可欠となるのが、「何をできるか(保有スキル)」と「何をしたか(貢献)」を正当に評価し、報酬に結びつけるスキルベース型人事制度です。
    • 個人にとって
      新しいスキルを習得したり、難易度の高い役割で成果を出したりすることが、昇給や昇格に直結するため、学習意欲が高まります。
    • 組織にとって
      戦略的に重要なスキルを持つ人材に報いることで、リテンション(定着)を促進し、組織全体の能力を継続的に高めていくことができます。

このように、「動的な人材ポートフォリオ」が個人と組織の間に機会と成長の「懸け橋」を架け、「スキルベース型人事制度」がその実効性を高める。この2つが連携して初めて、個人の成長が組織の成長へと直結する、持続的な好循環が生まれるのです。HRテックは、この一連の仕組みをデータで支える、強力な基盤となります。

HRテック投資とは、未来の組織をデザインする経営そのもの

HRテックの潮流を読み解くことは、未来の働き方と、企業の競争優位性がどこから生まれるのかを理解することに他なりません。テクノロジーへの投資は、単なるITインフラの刷新ではなく、「どのような組織でありたいか」「従業員とどのような関係を築きたいか」という、企業の思想そのものを形にする戦略的な活動です。

未来の潮流を正しく捉え、自社のビジョン実現に向けた戦略的な一手を打つこと。それこそが、変化の時代を勝ち抜くための、最も確実な投資となるでしょう。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。動的な人材ポートフォリオの構築や、スキルベース型人事制度への移行支援など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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