導入したHRテック、そのデータの行方
「採用管理システムを導入し、労務管理もクラウド化、タレントマネジメントシステムも活用し始めた」
様々な領域でHRテックを導入している企業は少なくありません。しかし、それぞれのツールで管理されているデータが互いに連携することなく、サイロ化(分断)してはいないでしょうか。個々のデータは「点」として存在していても、「線」や「面」として繋がらなければ、経営の意思決定に資する価値あるインサイトを導き出すことは困難です。
本コラムでは、HRテックを導入した「その先」に焦点を当て、分断された人事データをいかにして統合し、企業の競争力に変えていくか、その実践的なアプローチについて解説します。
「点の管理」から「動的なポートフォリオ」へ:HRテック活用の本質
HRテック導入の価値は、単なる業務効率化に留まりません。その本質は、これまで可視化できなかった人材に関するデータを集積・分析し、科学的根拠に基づいた戦略人事を可能にすることにあります。しかし、そのためには、各HRテックが持つデータを一元的に管理し、多角的に分析できる基盤が不可欠です。
- 採用データ
どのようなスキルや経験を持つ人材が入社しているか - 人材育成データ
どのような研修を受け、どのようなスキルを習得したか - 評価データ
どのようなパフォーマンスを発揮し、どのような評価を受けているか - エンゲージメントデータ
仕事への熱意や組織への貢献意欲はどの程度か
これらのデータが分断されていては、「ハイパフォーマーに共通する入社時の特性は何か」「どのような育成施策がエンゲージメント向上に繋がるのか」といった、戦略的に重要な問いに答えることはできません。
ここでコトラが重視するのは、これらのデータを統合し、「動的な人材ポートフォリオ」を構築するという考え方です。これは、単に社員情報を一覧化する静的な名簿ではありません。個々の従業員のスキル、経験、志向性、パフォーマンスといったデータをリアルタイムに把握し、事業戦略の変化に応じて、最適な人材配置や育成計画をシミュレーションできる、まさに「生きている」人材データベースです。このような基盤があって初めて、導入したHRテック群が、真の価値を発揮し始めると考えられます。
*動的な人材ポートフォリオの構築について、以下のコラムで解説しています。合わせてご参照ください。
分断されたデータを価値に変える:実践的データ活用4ステップ
「動的な人材ポートフォリオ」を構築し、データに基づいた意思決定を実現するための具体的なステップをご紹介します。ここでは、店舗ごとの業績にばらつきがあり、人材育成に課題を抱える、あるアパレル小売企業を例に見ていきましょう。
ステップ1:データ項目の標準化と棚卸し
まず、各HRテックツールで管理されているデータ項目を洗い出し、定義を統一する「データ標準化」を行います。例えば、「スキル」という項目一つをとっても、ツールによって定義や粒度が異なる場合があります。全社で共通の物差しを揃えることが、統合の第一歩です。
<具体例:アパレル小売企業の場合>
- 現状の課題
スタッフの「接客スキル」は店長の主観でしか評価されていない。POSの売上データと、誰が働いていたかの人事データが紐づいていない。 - 具体的なアクション
- 全社共通の「接客スキルチェックリスト」(例:声かけ、商品知識、コーディネート提案力など5段階評価)を定義する。
- 全スタッフ(アルバイト・パート含む)の人事情報を管理するためのマスターデータを設計する。
ステップ2:データ統合・分析基盤の構築
次に、標準化したデータを集約し、一元的に管理・分析するための基盤を構築します。これは、DWH(データウェアハウス)やBI(ビジネスインテリジェンス)ツールの活用が有効です。近年では、様々なHRテックツールとの連携を強みとするタレントマネジメントシステムも増えており、こうしたシステムを中核に据えることも一つの選択肢となります。
<具体例:アパレル小売企業の場合>
- 基盤の選定
スタッフのスキルやエンゲージメントを管理できるタレントマネジメントシステムを、人事データの「ハブ」として導入。 - データ連携・入力
- POSシステムから店舗別の売上、客単価などのデータを連携。
- 勤怠管理システムから、スタッフ個人の勤務データを連携。
- 店長が「接客スキルチェックリスト」に基づき、部下のスキルをシステムに入力。
- PCを持たない店舗スタッフでも休憩中などに手軽に回答できるよう、全スタッフ対象のエンゲージメントサーベイをスマートフォンで実施。
ステップ3:多角的な分析とインサイトの可視化
統合されたデータを用いて、多角的な分析を行います。分析結果は、経営層や現場のマネージャーが見て直感的に理解できるよう、ダッシュボードなどで可視化することが重要です。
<具体例:アパレル小売企業の場合>
- 実行する分析
- 店舗パフォーマンス分析
売上上位店舗と下位店舗で、「スタッフの平均スキルスコア」「エンゲージメントスコア」「店長のリーダーシップ評価」にどのような差があるかを分析する。 - 人材定着分析
勤続年数が長いスタッフが多い店舗の共通点(店長のマネジメントスタイルなど)をエンゲージメントサーベイの結果から分析する。
- 店舗パフォーマンス分析
- 得られたインサイト(発見)の例
- 「売上上位店舗は、スタッフのコーディネート提案力のスキルスコアが特に高く、店長の1on1頻度も高い傾向にある」
- 「離職率が低い店舗では、サーベイの『仲間との協力体制』のスコアが突出して高い」
- 可視化
全国の店舗の売上、スキルレベル、エンゲージメントスコアを地図上にプロットし、パフォーマンスの高い店舗と低い店舗が一目でわかるようにする。
ステップ4:分析結果に基づく施策の実行と効果測定
導き出されたインサイトを基に、具体的な人事施策を企画・実行します。そして、施策の実行後には、再びHRテックを通じてデータを取得・分析し、その効果を測定します。この「データに基づくPDCAサイクル」を回し続けることが、組織能力の継続的な向上に繋がります。
<具体例:アパレル小売企業の場合>
- インサイトに基づく施策の立案・実行
- (パフォーマンス分析から)売上上位店舗の店長による「接客スキル向上研修」を映像化し、全店舗に配信。特にコーディネート提案力向上のためのロールプレイングを強化する。
- (人材定着分析から)「チームビルディング」を目的とした店舗内イベントの費用を会社が補助する制度を導入。
- 効果測定(PDCAの”Check”):
- 研修実施後、対象店舗のスタッフのスキルスコアと、店舗売上がどのように変化したかを3ヶ月後に測定する。
- チームビルディング施策導入後、エンゲージメントスコアと離職率の変化を半年後に測定する。
データ連携こそがHRテック投資の価値を最大化する
市場に存在する無数のHRテックは、それぞれが価値あるデータを生み出す源泉です。しかし、その真価は、個々のツールが持つポテンシャルではなく、それらが連携し、統合された時にこそ発揮されます。点在する情報を繋ぎ合わせ、組織の未来を照らすインサイトを導き出すこと。それこそが、これからの人的資本経営において、他社との競争優位を築くための鍵となるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。分断された人事データの統合や、動的な人材ポートフォリオの構築支援など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。