AIの進化は、「人」の価値を問い直している
ChatGPTをはじめとする生成AIの急速な進化は、社会に大きなインパクトを与えています。定型的な事務作業や情報収集・分析といった業務が次々とAIに代替される未来は、もはやSFの世界の話ではありません。このような大きな変化の波の中で、企業の経営者や人事責任者の皆様は、「自社の人材は、将来も価値を発揮し続けることができるのだろうか」という、根源的な問いに直面しているのではないでしょうか。
テクノロジーが進化すればするほど、逆説的に「人」でなければ生み出せない価値の重要性が高まっていきます。本コラムでは、AI時代という新たな局面を迎えた今、私たちが目指すべき「人的資本経営」のあり方と、未来を生き抜く組織の条件について考察します。これからの人的資本経営は、未来への適応そのものと言えるでしょう。
AI時代に求められる人材と、陳腐化するスキル
AI時代において、人材に求められる能力は大きく変化すると考えられます。
価値が高まるスキル
AIには代替できない、あるいはAIを使いこなすために必要となる、人間ならではの高度な能力の価値は飛躍的に高まります。
- 創造性・企画力:ゼロからイチを生み出す発想力、新しいビジネスモデルを構想する力。
- 批判的思考力(クリティカルシンキング):AIが生成した情報や分析結果を鵜呑みにせず、その正当性や妥当性を多角的に検証する能力。
- コミュニケーション能力・共感力:複雑な人間関係を構築し、チームをまとめ上げ、顧客の深層心理に寄り添うといった、感情や情緒を扱う対人スキル。
- リーダーシップ・意思決定能力:不確実性の高い状況下で、倫理観に基づき、責任ある意思決定を下す力。
陳腐化が懸念されるスキル
一方で、これまで価値があるとされてきたスキルの一部は、AIによって代替され、その価値が相対的に低下していく可能性があります。
- 定型的な情報処理能力:膨大なデータを正確に処理する、議事録を作成するといった作業。
- 特定の知識の記憶:法律や専門分野の知識を記憶し、検索する能力。
重要なのは、これらのスキルが全く不要になるわけではない、ということです。むしろ、これらの基礎的な作業をAIに任せることで、人間はより付加価値の高い、創造的な業務に集中できるようになる。この変化を前向きに捉えることこそが、AI時代の人的資本経営の出発点です。
AIは仕事を「奪う」のか?「置き換わりやすさ」で考える未来
AIの能力が注目されるにつれ、「多くの仕事がAIに奪われるのではないか」という議論が活発になっています。しかし、全ての仕事が一様にAIに置き換わるわけではありません。ここで重要になるのが、「AIと人間の仕事の置き換わりやすさ」という視点です。
「置き換わりやすい仕事」と「置き換わりにくい仕事」
仕事の内容を細かく分解していくと、AIが得意な部分と、依然として人間が優位性を持つ部分があることが分かります。
- AIに置き換わりやすい仕事
これらは主に、ルールや手順が明確に決まっている作業です。例えば、大量の伝票データを入力する、会議の音声記録から文字起こしをするといった業務は、AIの得意領域と言えるでしょう。正確性やスピードにおいて、人間を上回るパフォーマンスを発揮する可能性があります。
- AIに置き換わりにくい仕事
一方で、複雑で予測不可能な状況への対応や、他者の感情への深い配慮が求められる仕事は、AIによる代替が難しいと考えられます。
例えば、クレーム対応でお客様の感情に寄り添いながら解決策を探る、チームメンバーの微妙な表情の変化を読み取ってケアをするといった業務は、人間ならではの共感力や対話能力が不可欠です。また、全く新しいビジネスのアイデアをゼロから生み出すといった創造的な活動も、人間の独壇場と言えるでしょう。
AIを「脅威」ではなく「パートナー」と捉える
このように、「置き換わりやすさ」の観点から自社の業務を分析してみることは、これからの人材戦略を考える上で極めて重要です。単純作業やデータ処理はAIという優秀な「パートナー」に任せ、人間は人間にしかできない、より付加価値の高い業務に集中する。このような役割分担を意識することで、組織全体の生産性を飛躍的に高めることが可能になります。
AIの進化を単なる「脅威」として捉えるのではなく、人間の能力を拡張し、新たな価値創造を可能にする「機会」として捉える。この発想の転換こそが、AI時代の人的資本経営に求められています。
未来を生き抜く組織の条件:2つの重要テーマ
では、このAIがもたらす変化を「機会」として捉え、持続的に成長する組織であるためには、人的資本経営においてどのような取り組みが求められるのでしょうか。ここでは特に重要な2つのテーマを提示します。
テーマ1:戦略的リスキリングの推進
AI時代に適応するための最も直接的な打ち手が、「リスキリング(学び直し)」です。しかし、やみくもに流行りの研修を受けさせるだけでは意味がありません。人的資本経営の観点から重要なのは、「戦略的」リスキリングです。
- 未来の事業戦略から逆算する:まず、自社が5年後、10年後にどのような事業で価値を生み出していたいのかを定義します。
- 必要なスキルセットを特定する:その未来の事業戦略を実現するために、どのようなスキルや知識体系が必要になるかを具体的に洗い出します。
- 現状とのギャップを可視化する:現在の従業員が持つスキルと、未来に必要なスキルとの間のギャップを分析します。
- 体系的な育成プログラムを設計・実行する:そのギャップを埋めるための、個別最適化された、長期的な育成プログラムを設計し、提供します。
このプロセスを通じて、従業員の市場価値を高めると同時に、企業の未来を担う人材を計画的に育成することが可能になります。
テーマ2:「学習する組織文化」の醸成
個別のリスキリング施策以上に重要かもしれないのが、組織全体の文化です。変化を恐れず、常に新しい知識やスキルを学び続けることを奨励し、挑戦と失敗を許容する「学習する組織文化」を育むこと。これなくして、持続的な変革はあり得ません。
- 心理的安全性の確保:従業員が「知らない」と正直に言え、失敗を恐れずに新しいツールや手法を試せる環境を整える。
- ナレッジシェアの促進:誰かが得た新しい知見や成功・失敗体験が、組織全体の資産として共有される仕組みを作る。
- 学びへの時間的・金銭的投資:業務時間内に学習する時間を確保したり、資格取得や外部講座への参加費用を会社が支援したりするなど、学びを具体的に奨励する制度を設ける。
このような文化が根付いて初めて、従業員は自律的に学び始め、組織全体が環境変化に適応し続ける自己進化能力を持つことができるのです。
変化を脅威ではなく、機会と捉える
本コラムでは、AI時代における人的資本経営の新たな方向性について論じました。テクノロジーの進化は、既存のスキルを陳腐化させる「脅威」であると同時に、人間を単純作業から解放し、より創造的な活動へとシフトさせる「機会」でもあります。
この変化の時代において、企業が為すべきことは、未来から逆算して必要な人材像を定義し、戦略的なリスキリングを推進すること。そして、従業員一人ひとりが自律的に学び、挑戦し続けられる組織文化を構築することです。これからの人的資本経営は、未来の不確実性に対する、最も有効な投資と言えるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。未来の事業戦略から逆算した人材開発・研修の企画や、変化に強い組織文化の醸成について、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。