経営層・人事・現場のすれ違い:人材版価値創造モデルで埋める三者の溝

なぜ、想いはすれ違うのか?組織を蝕む「三者の断絶」

「トップの意図が正しく伝わらず、戦略が実行されない」(経営層)
「経営層の指示と現場の現実との板挟みで、施策が機能しない」(人事)
「また上からよく分からない指示が来た。理念より目の前の仕事だ」(現場)

企業の成長をドライブしようとする時、この「経営層」「人事」「現場」の三者の間に生じる見えない溝は、多くの組織が直面する根深い課題ではないでしょうか。それぞれが自らの役割を全うしようとすればするほど、三者のベクトルは微妙にずれ、組織全体のエネルギーが分散してしまう。

この問題の本質は、単なるコミュニケーション不足ではありません。「経営層」「人事」「現場」という三者が、それぞれの立場から異なる景色を見ていることに起因します。本コラムでは、この三者のすれ違いがなぜ起こるのかを解き明かし、経営戦略と人材戦略の連動を真に機能させるための「三位一体」のアプローチを探ります。

一つの戦略、三つの乖離:ある電子部品メーカーの失敗事例

まずは、この「すれ違い」が引き起こす問題を、当社のご支援実績をもとに、ある中堅電子部品メーカーA社のケースで見てみましょう。

A社は、経営戦略として「3年で海外売上比率を2倍にする」という高い目標を掲げていました。その達成のため、経営層は「海外の主要顧客と対等に渡り合える、タフな交渉力と技術知識を兼ね備えたリーダーが必要だ」と考え、人事部に対して「次世代グローバルリーダーを育成せよ」と指示を出しました。

指示を受けた人事部長は、早速チームを集め、人材戦略の策定に取り掛かりました。外部のコンサルタントも活用し、語学研修や異文化理解ワークショップなどを組み合わせた、半年間にわたる手厚い選抜式の研修プログラムを設計。経営層もその立派なプランに満足し、予算は承認されました。

しかし、現場にその研修プログラムが展開されると、見えない抵抗が広がっていきます。事業部長からは「ただでさえ人手が足りないのに、エース級の社員を半年も引き抜かれるのは勘弁してほしい」と難色を示されました。

選抜された社員自身も、突然の辞令に戸惑いを隠せません。「今のプロジェクトはどうなるのか。そもそも自分は海外勤務を希望していないし、この研修が自身のキャリアにどうプラスになるのか分からない」。そして、選抜されなかった大多数の社員の間には、「どうせ自分たちには関係ない施策だ」という冷ややかな空気が流れました。

結局、鳴り物入りで始まった研修も参加者のモチベーションは上がらず、修了後も彼らが海外事業で目覚ましい活躍をすることはありませんでした。正しいはずの戦略が、なぜこれほどの乖離を生んでしまったのでしょうか。

断絶の構造:「三つの溝」が実行力を蝕む

A社の事例は、決して特殊な話ではありません。この失敗の背景には、多くの組織に共通する「三つの溝」が存在します。

  1. 経営層と現場の溝【ビジョンと現実の断絶】
    経営層が語る崇高なビジョンや戦略が、現場の日々の業務感覚と乖離してしまう状態です。A社では、経営層の「海外展開」というビジョンが、現場の「目の前の納期」という現実の前に自分ごととして捉えられませんでした。
  2. 人事と現場の溝【制度と実感の断絶】
    人事部が良かれと思って導入した評価制度や研修プログラムが、現場のニーズや実態と合わず、形骸化してしまう状態です。A社の研修制度は、現場社員のキャリア観や多忙な実態を考慮していなかったため、「ありがたい制度」ではなく「やらされ仕事」と受け取られてしまいました。
  3. 経営層と人事の溝【戦略と実行の断絶】
    そして、上記二つの溝の根本原因ともいえるのが、この溝です。経営層が人事を「戦略実現のパートナー」ではなく「管理部門・オペレーター」と捉え、戦略の背景や意図を十分に共有しないまま、「グローバル人材を育てろ」といった指示だけを下してしまう状態です。人事は戦略の全体像を理解できず、A社のように表層的で効果の薄い施策しか打てなくなってしまいます。

この三つの溝は相互に影響し合い、組織全体の実行力を著しく低下させるのです。

対話を通じた「人材版価値創造モデル」の共創

この根深い断絶を乗り越え、三者を同じ方向に動かすためには、三者全員が納得できる共通の「地図」が必要です。私たちコトラは、その地図として「人材版価値創造モデル」の作成をご支援しています。

これは、「人材への投資(インプット)」が、どのような「人事施策(ビジネス活動)」を経て、「人材面の成果(アウトプット)」に繋がり、最終的に「企業価値の向上(アウトカム)」に結びつくのか、その因果関係を一枚の絵で可視化したものです。

重要なのは、このモデルをコンサルタントが一方的に作るのではなく、経営層、人事、そして現場のキーパーソンを巻き込んだ対話のプロセスを通じて、共に創り上げていく点にあります。この共創プロセス自体が、三者の相互理解を促し、「三つの溝」を埋める強力なブリッジとなるのです。

「人材版価値創造モデル」作成の3ステップ

では、具体的にどのようにモデルを作成していくのでしょうか。そのプロセスは、三つの溝を埋めるための具体的なアクションそのものです。

ステップ1:経営層と人事による「アウトカム」の定義

まず、経営層と人事責任者が膝を突き合わせ、「そもそも我々の事業にとって、最終的に目指すべき企業価値(アウトカム)とは何か」を徹底的に議論し、定義します。

  • 議論のテーマ
    • 3年後の経営目標を達成した時、非財務的な価値(顧客満足度、ブランド価値など)はどうなっているべきか?
  • アウトプット
    この対話を通じて、A社の例であれば「海外売上比率2倍」という目標の裏にある、「グローバル市場でのブランド確立」や「高付加価値製品の比率向上」といった、より本質的なアウトカムを共有します。これにより、人事は経営の真意を理解し、戦略パートナーとしての一歩を踏み出します。

ステップ2:人事と現場による「アウトプット」の具体化

次に、定義されたアウトカムを実現するために、どのような「人材面の成果(アウトプット)」が必要かを、人事と現場のキーパーソン(事業部長やエース社員など)が共に考えます。

  • 議論のテーマ
    • グローバル市場でブランドを確立するためには、現場でどのような行動や成果が求められるか?
    • そのために、どのような人材指標(KPI)を追うべきか?
  • アウトプット
    A社の場合、「語学力」といった単純な指標だけでなく、「海外顧客との共同プロジェクト成功数」や「現地での課題解決件数」といった、より現場の実態に即したアウトプットが設定されるでしょう。このプロセスを通じて、人事は現場のリアルな課題を理解し、現場は人事施策の目的を自分ごととして捉え始めます。

ステップ3:三者による「ビジネス活動」の合意形成

最後に、設定したアウトプットを達成するための具体的な人事施策(ビジネス活動)を、経営層、人事、現場の三者で合意形成します。

  • 議論のテーマ
    • 現場の負担を最小限にしつつ、最も効果的に『海外での課題解決力』を高める施策は何か?
    • 選抜研修だけでなく、全社的な底上げのためにできることはないか?
  • アウトプット
    A社であれば、画一的な研修ではなく、現場のプロジェクトと連動したOJT中心の育成プランや、海外拠点とのオンライン勉強会といった、より現実的で効果的な施策が生まれるはずです。経営層は現場の現実を、現場は経営のビジョンを理解し、一枚岩となって施策の実行に向かうことができます。

三位一体で描く「価値創造ストーリー」が企業の未来を創る

本コラムでは、多くの企業が陥る「経営層」「人事」「現場」のすれ違いという課題が、「三つの溝」によって引き起こされている構造を解説しました。

この溝を放置したままでは、どんなに優れた戦略も実行されません。「人材版価値創造モデル」を三位一体で共創するプロセスは、経営戦略と人材戦略の連動を実現し、組織に共通の言葉と目的意識をもたらします。この共有された「価値創造ストーリー」こそが、組織のエネルギーを最大化し、企業の未来を切り拓く強大な力となるのです。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見で、貴社の「経営層」「人事」「現場」の対話を促進し、課題解決をサポートします。三者の連動性を高めるための具体的な取り組みについて、より詳しいご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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