「エンゲージメント」と「eNPS」をどう使い分けるか?
多くの先進的な企業が、従業員推奨度(eNPS)やエンゲージメントに関するサーベイを導入し、組織の状態を定点観測しています。これは、人的資本経営において非常に重要な取り組みです。
しかし、その貴重なデータが、組織のコンディションを把握し、漠然とした改善策を議論するためだけの「健康診断結果」になってはいないでしょうか。サーベイの結果に一喜一憂し、レポートを眺めるだけで終わってしまっているとしたら、それはデータの持つ価値を十分に引き出せていないかもしれません。これらのデータは本来、もっとダイナミックで戦略的な価値を秘めています。
本コラムでは、エンゲージメントとeNPSのデータを、「採用」「育成」「配置」といった具体的な人材マネジメントの意思決定に活かすという、新たな視点を提案します。これは、データを用いて個々の従業員のポテンシャルを最大限に引き出し、組織全体のパフォーマンス向上に繋げる、次世代のタレントマネジメントへの第一歩と言えるでしょう。
採用から配置まで:人材マネジメントサイクルにおける戦略的使い分け
人材戦略の各フェーズにおいて、二つの指標はそれぞれ異なる価値を発揮します。
「採用」フェーズ:活躍人材と定着人材、両方の側面から見極める
両者を組み合わせることで、「活躍し、かつ長く会社を愛してくれる」理想的な人材像を定義し、採用のミスマッチを最小化できます。
- エンゲージメントデータの活用
現社員のうち、エンゲージメントが高い層(特にハイパフォーマー)の特性(コンピテンシー、価値観、動機)を分析します。これにより、「入社後に活躍・貢献してくれるポテンシャルの高い人材」のペルソナを描き、採用基準や面接の質問設計に活かします。これは「活躍の再現性」を高めるアプローチです。 - eNPSデータの活用
eNPSが高い「推奨者」層の特性を分析します。彼らは、自社の文化や制度を含めた総合的な魅力に共感している人材です。この分析から、「入社後に定着し、組織文化にフィットする人材」のペルソナを描きます。これは「定着の再現性」を高めるアプローチです。
「育成・配置」フェーズ:日々の成長支援と、キャリア全体の効果測定
- エンゲージメントデータの活用
エンゲージメントサーベイの詳細な結果は、個々の従業員の育成プランを立てる上で貴重な情報源となります。「成長実感」のスコアが低い部下には、1on1でキャリアについて話し合う時間を設ける。「上司の支援」のスコアが低いチームには、マネージャー向けのコーチング研修を実施するなど、具体的なアクションに繋がりやすいのが特徴です。これは、日々のマネジメントを通じた「成長プロセスの支援」です。 - eNPSデータの活用
eNPSは、育成施策や配置転換の「結果」を測るKPIとして機能します。例えば、リスキリングプログラムの前後でeNPSがどう変化したか、異動後にeNPSが向上したかなどを定点観測することで、施策の効果を客観的に評価できます。また、「低eNPS」は離職の先行指標となるため、重要なリテンションマネジメントの指標となります。これは「キャリア施策の効果測定」です。
データ統合で見える4つの人材タイプと、その戦略的アプローチ
エンゲージメントとeNPS、この二つのデータを統合して分析する真の価値は、組織の人材ポートフォリオを可視化し、画一的ではない、タイプ別の戦略的な人材マネジメントを可能にする点にあります。
具体的には、エンゲージメントの高低とeNPSの高低を組み合わせることで、従業員を以下の4つのタイプに分類し、それぞれに対して的確なアプローチを検討することができます。
高エンゲージメント × 高eNPS:「理想の人材」
- 人物像
仕事に熱意を持ち、会社全体にも満足している、まさに組織の核となる人材です。彼らは優れたパフォーマンスを発揮するだけでなく、自社の魅力を社内外に発信する「歩く広告塔」でもあります。 - 組織への影響
高い生産性、文化の牽引、採用ブランドの向上に貢献します。 - 戦略的アプローチ:彼らを「当たり前」の存在と見なさないことが重要です。
- エンパワーメント
より挑戦的な役割や裁量権の大きなプロジェクトを任せ、能力を最大限に発揮できる機会を提供します。 - リワード
貢献に見合った正当な評価と報酬を確実に提供し、その存在を称賛します。 - 巻き込み
後進の育成(メンター役)や、ビジョン策定の議論に参加してもらうなど、組織の未来を創るパートナーとして巻き込んでいきます。
- エンパワーメント
高エンゲージメント × 低eNPS:「危険な功労者」(最重要監視対象)
- 人物像
仕事そのものには強いやりがいと情熱を感じていますが、給与、評価制度、労働環境、会社の将来性など、何らかの構造的な問題に強い不満を抱えています。 - 組織への影響
高い貢献意欲にもかかわらず、「物言わぬ離職予備軍」である可能性が極めて高い、最も危険なタイプです。彼らの離職は、単なるハイパフォーマーの喪失に留まらず、組織に残された課題の深刻さを示唆します。 - 戦略的アプローチ:緊急かつ個別性の高い対応が求められます。
- 原因の特定
直属の上長だけでなく、人事や経営層が直接、守秘義務を前提とした面談を実施し、eNPSが低い根本原因を丁寧にヒアリングします。 - 構造的課題への着手
個人の問題として矮小化せず、人事制度や経営方針など、組織全体の仕組みに起因する問題として捉え、具体的な改善に着手します。この層の不満解消は、全社的な制度改善の重要なヒントとなります。
- 原因の特定
低エンゲージメント × 高eNPS:「満足している傍観者」
- 人物像
仕事への熱意や貢献意欲は低いものの、給与や福利厚生、働きやすさといった労働条件には満足しているタイプです。会社を「生活の安定を得るための良い場所」として推奨することはあっても、仕事のやりがいを語ることは少ないでしょう。 - 組織への影響
離職リスクは低いですが、この層が増加すると、組織全体の活力が失われ、変革への抵抗が強まる「ぬるま湯的」な組織風土が醸成されるリスクがあります。 - 戦略的アプローチ:目標は「再エンゲージメント(Re-Engagement)」です。
- 異動・役割変更の検討
本人のスキルや潜在的な興味を探り、新たな挑戦ができる部署やプロジェクトへの異動を検討します。 - 成長機会の提供
リスキリングや研修の機会を提供し、仕事を通じた自己成長の実感を促します。彼らの「満足」を「貢献」へと転換させる働きかけが重要です。
- 異動・役割変更の検討
低エンゲージメント × 低eNPS:「早期改善対象」
- 人物像
仕事にも会社にも満足しておらず、エンゲージメントとロイヤルティが共に低い状態です。パフォーマンスが低いだけでなく、周囲へのネガティブな影響も懸念されます。 - 組織への影響
生産性の低下、チームの士気への悪影響、離職リスクの高さなど、多くの問題を含んでいます。 - 戦略的アプローチ:慎重かつ計画的な対応が必要です。
- 問題の切り分け
パフォーマンスが低い原因は、本人の能力や意欲の問題か、上司との相性や役割のミスマッチか、客観的に見極めます。 - 改善計画の実行
1on1での対話を重ね、期待役割を明確にした上で、具体的な改善計画を設定・実行します。本人のキャリアにとって、率直なフィードバックが不可欠です。
- 問題の切り分け
二つの指標の組み合わせが、人材戦略を立体的にする
エンゲージメントとeNPSは、どちらか一方があれば良いというものではありません。仕事への熱意という「プロセス」を測るエンゲージメントと、総合的な推奨度という「アウトプット」を測るeNPS。この二つの指標を使いこなすことで、人材戦略はより立体的で、精度の高いものへと進化します。データに基づき、一人ひとりの従業員の活躍と定着を最大化すること。それが、これからの時代に求められる人材戦略の姿です。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。エンゲージメントとeNPSのデータを活用したタレントマネジメントの高度化など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。