「成長実感の不足」という課題に、どう向き合うか
多くの企業のエンゲージメントサーベイにおいて、「自身の成長実感」や「今後のキャリアへの見通し」といった項目が、エンゲージメント全体を左右する重要なドライバーとして浮かび上がってきます。この結果を見て、「やはりキャリア支援や人材育成が重要だ」と再認識される経営者や人事担当者の方は多いことでしょう。
しかし、その認識を、具体的な人材育成プログラムの改善や、戦略的な人材配置にまで繋げられている企業は、決して多くないのが実情ではないでしょうか。「課題は分かっているが、有効な打ち手が見つからない」。そんなジレンマを解消するために、エンゲージメントサーベイを「個と組織の成長」という観点から、より深く活用するアプローチが求められています。
本コラムでは、エンゲージメントサーベイを、従業員のキャリア自律を促進し、ひいては経営戦略に資する人材育成・配置へと繋げるための、具体的な連携方法について解説します。
「成長実感」の欠如という課題の本質
エンゲージメントサーベイで「成長実感がない」という結果が出たとき、短絡的に「研修を増やそう」「学習機会を提供しよう」と考えてしまうのは、一つの落とし穴かもしれません。もちろんそれらも重要ですが、問題の本質はより深い場所にある可能性があります。
従業員が「成長を実感できない」背景には、様々な要因が考えられます。
- キャリアパスの不透明性
今の仕事を続けていても、将来どんなスキルが身につき、どんなキャリアが開けるのかが見えない。 - スキルの陳腐化への不安
日々の業務に追われ、新しい知識やスキルを学ぶ機会がなく、市場価値が下がっていくことへの焦り。 - 挑戦機会の不足
裁量権が少なく、常に同じ業務の繰り返しで、自分の能力を試すような挑戦的な仕事が与えられない。
これらの課題にアプローチせず、単に画一的な研修を提供するだけでは、従業員の根本的な渇望感を満たすことは難しいでしょう。真に必要なのは、会社が個人のキャリアに関心を持ち、一人ひとりの成長を組織として支援していくという、一貫した姿勢と仕組みです。
本質的な連携:サーベイを「個と組織の成長対話」の起点に
私たちコトラは、エンゲージメントサーベイを、単に組織のエンゲージメントレベルを測るだけのツールではなく、「個人の成長志向」と「組織の成長戦略」をすり合わせるための、絶好の「対話の機会」と捉えることを提案します。
サーベイ結果は、従業員がキャリアや成長に対して何を求め、何に不満を感じているのかを示す、貴重な「声」の集積です。この声を基点として、上司と部下の1on1や、人事とのキャリア面談において、より具体的でパーソナルな対話へと繋げていくのです。
この対話を通じて、会社は従業員一人ひとりのキャリア志向や保有スキル、学びたい領域を把握することができます。一方で、従業員は、会社が目指す方向性や、今後求められる人材像を理解することができます。
エンゲージメントサーベイは、このように個人のキャリアプランと会社のタレントマネジメント戦略とを結びつける「架け橋」となり得ます。この視点を持つことで、サーベイの活用法は、組織改善に留まらず、より戦略的な人材開発・人材配置へと大きく広がっていくのです。
人材育成・配置に繋げる、実践的活用アプローチ
エンゲージメントサーベイの結果を、個人の成長支援と戦略的人材活用に繋げるための具体的なアプローチを3つのステップでご紹介します。
ステップ1:サーベイ結果を1on1の「対話テーマ」に組み込む
サーベイ後に管理職が実施する1on1ミーティングのアジェンダに、「キャリアと成長」というテーマを正式に組み込むことを推奨します。その際、チーム全体のサーベイ結果を材料として使います。
- 課題からのアプローチ
「私たちのチームでは『成長の機会』という項目のスコアが少し低いんだけど、あなた自身は今の仕事を通じて、どんなスキルを伸ばしたいと感じる?」 - 戦略からのアプローチ
「会社としては今後、〇〇という領域を強化していく方針がある。この分野であなたの経験やスキルを活かせそうなことはあるかな?」 - 強みからのアプローチ
「サーベイを見ると、君は『仕事のやりがい』のスコアがチーム内で特に高いね。最近どんな時に一番やりがいを感じたか、ぜひ聞かせてほしい。その強みをさらに活かせるようなサポートができないか、一緒に考えたいんだ。」 - 貢献実感からのアプローチ
「チーム全体で『社会への貢献実感』のスコアが伸び悩んでいるんだけど、君は今の仕事がお客様や社会にどう役立っていると思う?もっとそう感じられるようにするために、チームとして何ができるか、意見を聞かせてほしい。」
このように、サーベイ結果をきっかけに、抽象的になりがちなキャリアの話を、具体的で前向きな対話へと導きます。この対話の内容は、個人のキャリア開発プランを策定する上で、極めて重要なインプットとなります。
ステップ2:課題分析から「育成・研修プログラム」を最適化する
人事部は、全社のエンゲージメントサーベイの結果を分析し、人材育成体系全体の見直しに活用します。
- 層別の課題特定
若手層では「キャリアの見通し」、中堅層では「新たなスキルの習得」、管理職層では「部下育成のスキル」に課題がある、といった層別のニーズを把握します。 - プログラムの再設計
把握したニーズに基づき、画一的な研修ではなく、層別・目的別の研修プログラム(例:若手向けキャリアデザイン研修、中堅向けリスキリング支援、管理職向けコーチング研修など)を企画・導入します。 - エンゲージメントとの相関分析
特定の研修に参加した従業員のエンゲージメントスコアが、その後どのように変化したかを追跡・分析し、研修の効果測定と改善に繋げます。
このようにエンゲージメントサーベイを羅針盤とすることで、データに基づいた効果的な人材開発投資が可能になります。
ステップ3:エンゲージメント傾向から「戦略的人材配置」の仮説を立てる
部署ごと、あるいは職種ごとのエンゲージメントの傾向を分析することは、人材配置の最適化にも繋がります。
- ハイエンゲージメント部署の分析
エンゲージメントが特に高い部署の働き方、マネジメントスタイル、業務特性などを分析し、その「成功要因」を他の部署に展開できないか検討します。 - エンゲージメント低下部署への介入
逆に、スコアが著しく低い、あるいは急落している部署に対しては、何が起きているのかをヒアリングし、マネジメントの交代や、キーパーソンとなる人材の戦略的投入といった配置転換を検討するきっかけになります。 - 個人のエンゲージメントとキャリア志向のマッチング
1on1などで把握した個人のキャリア志向と、各部署のエンゲージメント傾向や求められるスキルを照らし合わせることで、より従業員の活躍と成長が期待できる異動・配置の精度を高めることができます。
個と組織の成長の同期が、最高のエンゲージメントを育む
従業員のエンゲージメントを高める本質は、単に職場環境を快適にすることだけではありません。従業員一人ひとりが「この会社で働き続けることで、自分は成長できる」「自分のキャリアはより良いものになる」と確信できる状態を創り出すことにあります。
エンゲージメントサーベイは、そのための重要な対話のきっかけであり、個人の成長ベクトルと組織の成長ベクトルを合わせるための貴重なデータソースです。サーベイの結果を人材育成や配置戦略と有機的に結びつけることで、個と組織が共に成長する好循環が生まれ、それが企業の持続的な競争優位性に繋がっていくのです。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社のエンゲージメントサーベイと人材育成・配置戦略の連動や、社員のキャリア自律を促す仕組みづくりをサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。