エンゲージメントは管理職で決まる:ミドルマネジメント変革の処方箋

「エンゲージメント向上の鍵は管理職にある」という不都合な真実

企業のエンゲージメント向上を議論する際、最終的に必ず行き着くのが「管理職の重要性」というテーマです。経営層がどれほど崇高なビジョンを掲げ、人事がどれほど優れた制度を導入しても、社員が日々接するのは直属の上司です。日々のコミュニケーション、業務の割り振り、フィードバックの質、キャリアへの配慮。これら一つひとつが、部下のエンゲージメントを大きく左右することは、多くの調査研究が示す通りです。

しかし、その一方で、当の管理職自身が、自身の業務と部下のマネジメントとの間で板挟みになり、疲弊しきっているという現実はないでしょうか。プレイングマネージャーとして自らの成果も求められる中、多様化する部下一人ひとりと向き合い、そのエンゲージメントにまで責任を負うというのは、あまりに酷な要求かもしれません。

本コラムでは、この「ミドルマネジメントのジレンマ」に焦点を当て、彼らを孤立させることなく、組織全体でエンゲージメント向上を推進していくための具体的な方策を考えていきます。

【事例】管理職の疲弊が招いた、小売業D社のエンゲージメント低下

当社のご支援実績をもとに、全国に店舗を展開する小売業D社のケースを例に考えてみましょう。D社では、顧客満足度の向上のためには、まず従業員のエンゲージメントを高めることが不可欠であると考え、全社的なプロジェクトを開始しました。

しかし、店舗ごとのエンゲージメントサーベイの結果には、大きなばらつきが見られました。特にスコアが低い店舗では、店長の長時間労働が常態化し、部下とのコミュニケーションが不足していることが明らかになりました。店長たちは、売上目標の達成、人手不足の中でのシフト管理、本部の指示への対応などに追われ、部下の育成やキャリア相談にまで手が回らない状態だったのです。

ある店長は、「部下のエンゲージメントが大切なのは頭では分かっている。しかし、そのための時間も精神的な余裕もない。むしろ自分のエンゲージメントが心配だ」と本音を漏らしました。経営層の期待と、現場の現実との間に生じた大きな乖離が、組織全体のエンゲージメント向上を阻む壁となっていたのです。

管理職を「支援する側」から「支援される側」へ視点を転換する

このD社の事例は、決して特別なものではありません。エンゲージメント向上の責任を管理職に丸投げするだけでは、問題は解決しないのです。発想を転換し、管理職を「エンゲージメントを向上させる側」としてだけでなく、まずは「組織から支援されるべき重要な存在」として捉え直す必要があります。

では、組織は管理職に対して、具体的にどのような支援をすべきでしょうか。私たちが重要だと考えるのは、以下の三つの側面からのアプローチです。

期待役割の明確化と業務の再設計

管理職に求める役割は何かを、今一度、明確に定義することが出発点です。部下のエンゲージメント向上を本気で期待するのであれば、そのための時間を確保できるよう、管理職自身の業務を棚卸しする必要があります。

例えば、レポートラインの簡素化、定型業務の自動化、そして何より重要なのが「権限委譲」です。部下を信頼し、仕事を任せる文化を醸成することが、結果的に管理職の負担を軽減し、より本質的なマネジメント業務に集中できる環境を生み出します。

実践的なスキルの提供

エンゲージメントを高めるマネジメントは、精神論だけでは実践できません。部下の話を傾聴するスキル、的確なフィードバックを与えるスキル、キャリア自律を支援するコーチングスキルなど、具体的な技術が求められます。

私たちコトラがご支援する際は、単なる知識のインプットに留まらず、実際の現場で起こりうるケーススタディを用いたロールプレイングなどを通じて、管理職が実践的なスキルを体得できるよう支援します。

心理的安全性の確保

管理職自身が、失敗を恐れずに新しいマネジメントスタイルに挑戦できる環境を整えることも不可欠です。管理職同士が悩みを共有し、学び合えるコミュニティを形成したり、人事や経営層が定期的に1on1を行い、彼らの孤立を防いだりする取り組みが有効です。管理職が安心して背中を預けられる場所があってこそ、彼らは部下にとっての心理的安全性も育むことができるのです。

まずは「できていること」を承認することから

管理職への期待が高まるあまり、彼らの「できていないこと」ばかりに目が向きがちです。しかし、変革の第一歩として私たちが推奨するのは、まず彼らが日々奮闘し、「できていること」を組織としてきちんと承認し、称賛することです。

例えば、

  • 部下から信頼されている言動を具体的にフィードバックする。
  • チームのエンゲージメントが少しでも向上したら、その努力を全社で共有し、称賛する。
  • 成功事例だけでなく、挑戦した上での失敗談も共有し、学びの機会とする文化を作る。

こうしたポジティブなアプローチが、管理職の自己効力感を高め、さらなる改善へのモチベーションを引き出します。罰則的な管理ではなく、支援的な関与こそが、ミドルマネジメント変革の原動力となります。

管理職への投資こそ、最強のエンゲージメント向上策

社員のエンゲージメントは、組織の持続的成長を支える土台です。そして、その土台を日々築き上げているのは、現場の最前線に立つ管理職に他なりません。彼らを単なる施策の実行者としてではなく、組織の未来を創る重要なパートナーとして位置づけ、その成長と活躍を組織全体で支援していくこと。

管理職の負担を軽減し、必要なスキルを提供し、安心して挑戦できる環境を整える。こうしたミドルマネジメントへの投資こそが、結果的に全社員のエンゲージメントを高め、企業全体の競争力を向上させる、最も確実で効果的な打ち手であると、私たちは確信しています。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の管理職育成と、それを通じたエンゲージメント向上の取り組みをサポートします。リーダーシップ研修の企画・実行から、心理的安全性の高いチームビルディング支援まで、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
リサーチャー兼コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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