DXが進まない理由は「DX人材戦略の不在」にあり
「全社を挙げてDXを推進せよ」
経営層の号令のもと、多くの企業でDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みが加速しています。しかし、その一方で、「期待したような成果が上がらない」「優秀なDX人材が採用できない、あるいは定着しない」といった声が後を絶ちません。こうした課題の根源を辿ると、多くの場合、「事業戦略と連動した一貫性のあるDX人材戦略の不在」という本質的な問題に行き着きます。
多くの企業では、DX人材を「特定のデジタルツールを使いこなせる人材」や「IT部門の専門家」といった限定的な役割で捉えてしまいがちです。しかし、真のDXとは、デジタル技術を手段として活用し、ビジネスモデルや組織、企業文化そのものを変革することに他なりません。
この変革を牽引するために不可欠なDX人材とは、一体どのような存在なのでしょうか。そして、経営層は彼らをいかにして確保し、育成し、活躍を促すための戦略を描くべきなのでしょうか。本コラムでは、経営視点からこの問いを深掘りし、持続的な企業成長に繋がるDX人材戦略のポイントについて考察します。
DXを推進する5つの人材類型:IPA「DX推進スキル標準」より
「DX人材」という言葉に明確な定義はありません。しかし、DXを推進するためにどのような役割や専門性が必要かを具体的に理解する上で、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が定める「DX推進スキル標準(DSS-P)」は非常に参考になります。この中では、DXを推進する中核となる人材を、以下の5つの類型で定義しています。
- ビジネスアーキテクト
DXの取り組みにおいて、ビジネスや業務の変革を主導的にデザインする人材です。社会や顧客の課題解決を目的とし、新たなビジネスやサービス、価値創出の全体像を描きます。 - デザイナー
ビジネスの視点と顧客・ユーザーの視点を持ち、プロダクトやサービスの体験価値をデザインする人材です。UI/UXデザインにとどまらず、事業のコンセプトや提供価値そのものの設計を担います。 - データサイエンティスト
データを活用した業務変革や、新たなビジネス機会の創出を担う専門家です。データ収集・分析基盤の設計から、AI・機械学習モデルの実装、ビジネスへの価値提供までを一貫して行います。 - ソフトウェアエンジニア
デジタル技術を活用したプロダクトやサービスの開発・実装・運用を担う人材です。アジャイル開発などの手法を用い、スピード感を持って価値提供を実現します。 - サイバーセキュリティ
DXの取り組みにおけるサイバーセキュリティの確保を担う人材です。企画・設計段階からセキュリティを組み込み、ビジネスの持続性を技術面から担保する重要な役割を果たします。

このように、一口にDX人材と言っても、その役割は多岐にわたります。自社のDX戦略において、どの役割を担う人材が特に必要かを明確にすることが、戦略策定の第一歩と言えるでしょう。
DX人材を「スキル」ではなく「変革のエンジン」として捉える
IPAが示す人材類型は、DX推進に必要な「役割」を理解する上で有効ですが、私たちはさらに一歩踏み込んで、これらの役割を担う人材の本質を考えるべきだと提唱します。なぜなら、DXの本質が事業変革にある以上、真のDX人材とは単なる専門家やスキル保有者ではないからです。
真のDX人材とは、デジタル技術をあくまで手段として活用し、ビジネスモデル、業務プロセス、さらには組織文化といった企業活動の根幹から変革を構想し、周囲を巻き込みながら実行できる人材を指します。つまり、特定の役割やスキルを持つだけでなく、事業を前に進める「変革のエンジン」そのものなのです。
DXにおける「行動変容の壁」と「二極化」
経済産業省のレポート「DXレポート2.2」や、IPAの「DX動向2025」が示す近年の動向は、この「変革のエンジン」の重要性を裏付けています。レポートによれば、DX推進の最大の障壁は、技術的な問題よりも、企業文化や組織、個人の「行動変容の壁」にあると指摘されています。
そして2025年現在、この壁を乗り越えて具体的な成果を出す企業と、旧来の課題から脱却できない企業との「二極化」が、ビジネスの現場で現実のものとなっています。
成功企業に共通するのは、経営陣が明確なビジョンを掲げ、単なる業務効率化に留まらない新たな価値創造を実践している点です。これは、変革の目的が曖昧なまま、手段であるデジタル技術の導入や部分的なスキル獲得に終始してしまう企業との差を、より一層明確にしています。
「スキルリスト」思考が招く具体的な失敗例
変革の目的から逆算せずに、「スキルの獲得」からスタートしてしまう「スキルリスト思考」は、具体的に以下のような失敗を招く傾向があります。
- 採用のミスマッチ
高い報酬で優秀なデータサイエンティストを採用したものの、社内には分析に使える質の良いデータがなく、解決すべきビジネス課題も明確でないため、活躍の場を与えられずに数年で離職してしまう。 - 研修の形骸化
全社的にDX研修を実施し、多くの社員がデジタル関連の資格を取得する。しかし、日常業務でそのスキルを活かす機会や文化がないため、知識が定着せず、実務に全く繋がらない。「研修をやること」自体がゴールになってしまう。 - 事業貢献に繋がらないシステム開発
IT部門が最新の技術(スキル)を使って新しいシステムを構築するが、ビジネスサイドのニーズを的確に捉えていないため、誰にも使われない「自己満足」のプロダクトになってしまう。
As-Is To-Beのギャップから戦略を導き出す
この「変革のエンジン」という定義に基づき、次に必要となるのが、自社の現状とあるべき姿を客観的に把握することです。私たちコトラは、企業の「あるべき人材ポートフォリオ(To-Be)」と「現状の人材ポートフォリオ(As-Is)」のギャップを可視化し、そこから具体的な戦略を導き出すアプローチを重視しています。
- 現状の可視化(As-Is)
自社にどのようなスキルや経験を持つ人材が、どの部門に、どれだけいるのかを定量的に把握します。ここでは、潜在的なDX適性を持つ人材を見出すことも重要です。 - 未来の定義(To-Be)
3年後、5年後の事業戦略を実現するために、どのような役割を担うDX人材が、何人必要になるのかを定義します。 - ギャップの分析
現状と未来の人材ポートフォリオを比較し、質的・量的なギャップを明確にします。このギャップこそが、貴社が「採用」「育成」「配置」を通じて埋めるべき具体的なターゲットとなります。
このギャップ分析に基づき、初めて「誰を採用すべきか」「誰を育成すべきか」「どの領域で外部パートナーと協業すべきか」といった、根拠のある打ち手が見えてくるのです。
経営陣が主導するDX人材戦略の3つのアクション
こうして導き出された「採用・育成・配置」といった打ち手を、経営戦略と連動させながら体系的に計画したものがDX人材戦略に他なりません。ここで、「人材戦略なのだから、人事部門が主導すべきだ」と考えるのは、実は早計です。
DX人材戦略は、人事部門任せにしては成功しない傾向があります。人事部門は人材マネジメントのプロフェッショナルですが、全社の事業モデルや収益構造の変革、あるいはそのために必要なITシステムの選定といった判断に直接関与することは稀です。DXが事業部門、IT部門、管理部門など、全部門を横断する全社的な取り組みである以上、各部門の利害を調整し、大きな投資判断を下し、変革を強力に推進できるのは、経営陣に他ならないのです。
したがって、経営陣が強いコミットメントを持ち、全社を巻き込んで推進することが不可欠です。ここでは、経営陣が主導すべき3つの具体的なアクションを提示します。
アクション1:経営陣のオーナーシップによる人材要件の定義
まず、どのような事業変革を目指すのか、そのためにデジタル技術をどう活用するのかという経営戦略を経営陣が自ら明確に言語化する必要があります。その上で、経営陣がオーナーシップを発揮し、事業部門長、人事、ITの各責任者を招集して議論を主導し、戦略シナリオの実行に不可欠な人材像をトップダウンで決定・承認するのです。これにより初めて、全社で一貫性のある人材要件が定まります。
アクション2:経営陣の監督下での「採用・育成・配置」の一体設計
次に、経営陣の監督のもとで、人事部門が中心となりつつも、事業部門やIT部門と緊密に連携し、「採用・育成・配置」を三位一体の計画として設計します。経営陣は、各施策が分断されず、人材戦略全体として整合性が取れているかを最終的にレビューし、必要なリソース(予算・人員)を配分する責任を担います。
アクション3:経営陣が率先する環境と文化の整備
最後に、そして最も重要なのが、経営陣が率先して挑戦を促し、活躍を支える環境を整備することです。これは単なる制度設計に留まりません。経営陣自らが「失敗を許容する」と公言し、変革に挑戦する社員を称賛するなど、新たな文化をトップダウンで醸成していく強い意志と行動が問われます。
DX人材戦略は、企業の未来への最重要投資である
本コラムでは、DXを成功させるための根幹として、経営陣主導による「DX人材戦略」の重要性と、その具体的な構築アプローチについて論じてきました。DX人材を単なるスキル保有者としてではなく、事業変革のエンジンと捉え、戦略的に採用・育成・配置を計画すること。そして、彼らが存分に活躍できる組織環境を整備すること。これらは一朝一夕に実現できるものではありません。
しかし、この困難な課題への取り組みこそが、不確実な時代を乗り越え、企業の持続的な成長を実現するための最も重要な投資であると言えるでしょう。経営陣と人事が一体となり、自社の未来を描くためのDX人材戦略を、今こそ本気で構築すべき時ではないでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の人材戦略策定や人材ポートフォリオ構築の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。