なぜ、あの人は常に成果を出し続けるのか?
「同じ研修を受け、同じ資格を持ち、同じような経験年数なのに、なぜAさんとBさんの成果にはこれほど大きな差が開くのか」
経営者や人事担当者の方であれば、一度はこうした疑問を抱いたことがあるのではないでしょうか。知識やスキル、学歴といった目に見えやすい要素だけでは、ビジネスにおける「成果の違い」を完全には説明できません。
このブラックボックスを解き明かす鍵となる概念が「コンピテンシー」です。 人的資本経営において、コンピテンシーは単なる人事評価の一項目ではありません。それは、特定の個人に属人化している「成功の秘訣」を解明し、組織全体でその成果を再現可能にするための、極めて戦略的なツールです。
本コラムでは、コンピテンシーの定義から、スキルとの決定的な違い、そして組織に導入する際の実践的なポイントについて徹底解説します。
コンピテンシーの定義と「氷山モデル」
コンピテンシーとは、直訳すれば「能力」や「適性」となりますが、ビジネスの現場では「高い成果を生み出すために共通して見られる行動特性」と定義されます。
ここで重要なのは、「単に能力が高いこと」ではなく、「成果に結びつく具体的な行動として表れていること」です。
「氷山モデル」で理解するスキルとの違い
コンピテンシーを理解する上で最も有名なフレームワークが「氷山モデル」です。人の能力を海に浮かぶ氷山に例え、水面の上と下で以下のように分類します。
- 水面上(目に見える領域):知識・スキル
- 例:プログラミング言語が書ける、簿記の知識がある、TOEIC800点。
- これらは習得しやすく、測定も容易ですが、これだけでは成果は保証されません。
- 水面下(目に見えにくい領域):コンピテンシー(行動特性・動機・価値観)
- 例:困難に直面しても粘り強く代替案を出す(達成動機)、相手の隠れたニーズを察知して提案する(対人感受性)。
- これらは見えにくいものですが、知識やスキルをどのように使いこなすかを決定づける土台となります。
「知識・スキル」が車のスペック(エンジンやタイヤの性能)だとすれば、「コンピテンシー」はそれを運転するドライバーの運転技術や判断力にあたります。どんなに高性能な車(スキル)があっても、運転技術(コンピテンシー)が未熟であれば、目的地(成果)には到達できません。
ハイパフォーマー分析の具体的手法:行動事実面接(BEI)
コンピテンシーをモデル化する際、最も強力な手法が「行動事実面接(BEI:Behavioral Event Interview)」です。ハイパフォーマー(優秀な人材)自身も、自分の成功要因を「なんとなく」「センスで」としか認識していないことが多いため、これを第三者が言語化していく必要があります。
成功要因を言語化するプロセス
BEIでは、「あなたの強みは何ですか?」という抽象的な質問は行いません。代わりに、「過去1〜2年で最も成果を上げた事例(あるいは最大の難局)を一つ選んでください」と依頼し、その時の行動を細かく聞いていきます。
具体的には、以下の項目を深掘りします。
- 状況:その時、何が起きていたのか?
- 思考:その状況を見て、どう感じ、何を考えたか?
- 判断:なぜ、A案ではなくB案を選んだのか?
- 行動:具体的に、誰に対して何と言ったのか?
【具体例】法人営業職におけるコンピテンシー抽出
あるITソリューション企業の営業職における「ハイパフォーマー」と「平均的な社員」の行動比較を例に挙げます。
状況:競合他社が安価な見積もりを提示しており、失注の危機にある。
- 平均的な社員の行動
自社の機能の優位性を必死に説明し、上司に価格値引きの相談をする。 - ハイパフォーマーの行動(コンピテンシー:顧客ニーズの深掘り)
「価格がネック」という言葉を鵜呑みにせず、顧客側の担当者に「もし仮に価格が同じだったとしたら、弊社と競合他社、どちらが貴社の課題解決に近いと感じられますか?」と問いかける。 これにより、実は「価格」ではなく「導入後の運用サポートへの不安」が真の課題であることを引き出し、サポート体制を強化した提案に切り替えて受注に繋げた。
このインタビューから抽出されたコンピテンシーは、単なる「提案力」ではなく、「顧客の表面的な主張(価格)の背後にある、真の懸念(導入後の不安)を特定する質問力」としてモデル化されます。
コンピテンシー導入による3つのメリット
ハイパフォーマーの暗黙知を言語化し、コンピテンシーとして組織に導入することで、主に3つのメリットが得られます。
「成功の再現性」を高める(育成)
組織にとって最大のリスクの一つは、優秀な人材のノウハウが属人化し、その人が辞めてしまうと成果が出なくなることです。「どのような行動をとれば成果が出るのか」が言語化し、研修やOJTに活用することで、経験の浅い社員でも「成果に直結する行動」を意識的に模倣できるようになり、組織全体の底上げが可能になります。
「採用ミスマッチ」の防止(採用)
面接で「スキル(水面上)」だけで判断し、自社のカルチャーや仕事の進め方に必要な「行動特性(水面下)」を見落とすと、入社後のミスマッチが生じます。 自社で活躍している社員の行動特性を基準に面接を行うことで、「自社のカルチャーや仕事の進め方に合い、成果を出せる可能性が高い人材」を見極める精度が飛躍的に向上します。
公正な評価と「納得感」の醸成(評価)
結果(数字)だけの評価は、担当エリアや市場環境などの外部要因に左右されやすく、時に不公平感を生みます。 一方、コンピテンシー評価は「成果につながる正しい行動をとっていたか」というプロセスを評価します。「結果は惜しくも未達だったが、難易度の高い顧客に対して、コンピテンシーモデル通りの粘り強い提案行動ができていた」という点を評価できれば、社員の納得感と次へのモチベーションを高めることができます。
形骸化を防ぐコンピテンシーの設計・運用法
多くの企業でコンピテンシーが導入されていますが、「項目が抽象的すぎて現場で使えない」「評価のためだけの作文になっている」という失敗例も散見されます。 形骸化を防ぐためには、以下のポイントを意識しながら設計・運用することが重要です。
借り物ではなく「自社のハイパフォーマー」を分析する
市販のコンピテンシー辞書をそのまま模倣しても、自社には定着しません。自社で実際に高い成果を上げている社員数名をピックアップし、行動事実面接などを行って、「あの時、なぜその判断をしたのか」「具体的にどう動いたのか」を深掘りすることが重要です。そこから抽出されたリアルな行動こそが、自社独自の「コンピテンシー」と言えるでしょう。
具体的な「行動指標」への落とし込み
「主体性」や「コミュニケーション能力」といった抽象的な言葉で終わらせず、誰が見ても評価がブレないよう、具体的な行動指標に落とし込みます。
- 不十分な例:「顧客と良好な関係を築く」
- 具体的な例:「顧客の不満を察知した際、24時間以内に事実確認を行い、上司に報告の上で対策案を提示している」
このように、行動を客観的に観察・評価できるレベルまで具体化することが、形骸化防止の鍵となります。
レベル分けによる成長の階段の提示
コンピテンシーは「ある・なし」の二元論ではなく、習熟度に応じてレベル分け(通常1〜5段階)を行うのが一般的です。
- レベル1:指示があれば、受動的にその行動ができる
- レベル3:自律的にその行動をとり、安定した成果を出せる
- レベル5:周囲にその行動を促し、組織全体の変革をリードしている
このように段階を示すことで、社員は「次にどのような行動をとればステップアップできるのか」を明確にイメージできるようになります。
コンピテンシーは「企業文化」のDNAとなる
コンピテンシーモデルを策定することは、単に評価基準を作ることではありません。「我が社では、こういう行動を評価し、賞賛する」というメッセージを明確にすることであり、それはすなわち「企業文化」の醸成そのものです。
人的資本経営において、企業の独自性を決定づけるのは、設備でも資金でもなく、そこで働く人々の「行動の質」です。優秀な社員の暗黙知を形式知に変え、組織全体の資産としていく。そのための強力なフレームワークとして、コンピテンシーを再定義してみてはいかがでしょうか。
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