「現場が動かない」と嘆く前に|戦略人事が持つべき共通言語

「人事は現場を分かっていない」という壁

新たな人事制度や評価基準を導入しようとしたとき、現場の管理職から「忙しい時期に手間を増やさないでほしい」「現場の実情に合っていない」といった反発を受けることは珍しくありません。

人事担当者からすれば、「会社全体の成長や、社員のリスク管理のために必要な施策」であっても、現場にはその意図が正しく伝わらず、単なる「統制」や「負担」として受け止められてしまう。この「認識のギャップ」こそが、戦略人事の実現を阻む大きな障壁となっています。

どれほど優れた戦略を描いても、実際にメンバーをマネジメントし、施策を運用するのは現場の管理職です。彼らが腹落ちし、主体的に動かなければ、あらゆる人事施策は絵に描いた餅になってしまいます。

本コラムでは、人事と現場の間にある「壁」の正体を解明し、対立関係から「共闘関係」へとシフトするためのアプローチを解説します。

なぜ、現場と人事の話が噛み合わないのか

そもそも、人事と現場マネージャーでは、見ている「景色」と「時間軸」が構造的に異なります。

  • 人事の視界:全社最適、中長期的、リスク管理、公平性
  • 現場の視界:部門最適、短期的(今期の数字)、目標達成、個別性

現場マネージャーは「今期の売上目標」という強烈なプレッシャーの中にいます。そこへ人事が「3年後の組織力強化のために、時間を割いてください」と要請しても、優先順位が噛み合わないのは自然なことです。

このズレを解消するためには、人事が「全社最適(正論)」を一方的に主張するのではなく、まず「現場の視界(部門最適)」を理解し、歩み寄る必要があります。

「管理・統制」から「課題解決」へのスタンス変革

現場が人事を警戒する一因は、人事が「ルールを遵守させる管理者」として振る舞う場面が多いことにあります。もちろん、コンプライアンス維持は人事の重要な責務です。しかし、それだけに終始してしまうと、現場にとって人事は「やりたいことを阻害する存在」と映ってしまいます。

戦略人事に求められるのは、ルールを守らせつつも、現場のゴール(事業目標の達成)を支援する「課題解決者」としてのスタンスです。

例えば、現場から「成果が出ない社員への対応」について相談があった場合を考えます。ここで単に「法律上、解雇は無理です」とゼロ回答で返すだけでは、現場の「戦力不足で困っている」という現状は何も変わりません。

戦略人事は、現場の真の目的が「解雇そのもの」ではなく、「チームの成果を上げること」にあると捉えます。その上で、「いきなりの解雇はリスクが高いですが、まずは期限を切って改善計画を運用しませんか? 本人が改善すれば戦力になりますし、改善しなければ配置転換や退出勧奨の正当な根拠を作ることができます」といった提案を行います。

このように、「法的リスクを抑えつつ、現場の生産性を高めるための具体的な手順」を提示することこそが、現場が求めているソリューションです。

「人事は私たちの目標達成を阻害するのではなく、専門知識を使って助けてくれる存在だ」と現場に認識された瞬間、両者の関係は劇的に好転します。

HRの専門性を「ビジネスの成果」に接続する

現場の信頼を勝ち取るもう一つの鍵は、言葉の「翻訳」です。 人事独自の専門用語(HR用語)は、人事内では共通言語であっても、現場マネージャーにはその重要性が直感的に伝わらないことがあります。

専門用語をそのまま使うのではなく、その施策が現場のビジネスにどのようなインパクトを与えるのか、「ビジネスの文脈」に接続して伝えることが重要です。

  • 「エンゲージメント向上」の重要性を伝える場合
    「エンゲージメントスコアを上げましょう」と伝えるだけでなく、「エース級人材の離職を防ぎ、来期の営業目標を安定的に達成できる組織状態を作りましょう」と、事業リスクと成果の観点から説明します。
  • 「ダイバーシティ推進」を提案する場合
    「多様性を認めましょう」という倫理的な側面だけでなく、「現在の同質的な組織のままでは見落としてしまう、新たな市場ニーズや顧客層を開拓するための視点を獲得しましょう」と、事業成長のドライバーとして定義します。
  • 「1on1ミーティング」の定着を図る場合
    「対話の時間を作ってください」と依頼するだけでなく、「メンバーの自律性を高めることで、マネージャー自身がマイクロマネジメントから解放され、より戦略的な業務に集中できる時間を創出しましょう」と、マネージャー自身のメリット(工数最適化)として提示します。

人事施策を「人事のための仕事」ではなく、「現場が勝つための武器」として再定義し、提案する。これが、人を動かすための基本原則です。

現場の成功こそが、人事の成果に直結する

「戦略人事」の主語は人事になりがちですが、組織変革の主役はあくまで現場です。人事の役割は、現場のマネージャーたちが抱える組織課題を、人事の専門性(採用、育成、制度、人事データなど)を用いて解決し、彼らの事業が成功するよう支援することにあります。

まずは現場に足を運び、彼らが追っている目標と、それを阻む組織課題について耳を傾けてみてください。「管理部門」という枠を超え、「皆さんのチームを勝たせるために来ました」という姿勢を示すこと。現場マネージャーから「人事のおかげでチームが強くなった」と言われることこそが、戦略人事として得られる最大の成果なのです。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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