「研修はやったけれど、成果が見えない」というジレンマ
「DX推進のために全社員にデジタル研修を実施したが、現場の行動が変わったように見えない」
「多額の教育予算を投じているが、それが将来の事業成長にどう貢献するのか説明できない」
人的資本経営の潮流の中で、多くの企業が教育研修費の増額やリスキリングの推進を掲げていますが、実際にはこのようなお悩みをお持ちの人事担当者様も多いのではないでしょうか。「研修受講率」や「一人当たり研修時間」といった指標は達成していても、それが実務でのパフォーマンス向上や、事業構造の変革につながっていなければ、それは単なる「消化試合」に過ぎません。
投資対効果を最大化するためには、研修を「実施すること」自体を目的化せず、その先にある「習得」と「活用」までをスコープに入れた指標管理が必要です。
本コラムでは、教育投資を無駄にせず、経営戦略に直結する人材育成を実現するために、どのような視点でKPIを設定し、PDCAを回すべきかについて解説します。
「活動量」の管理から「成果」の測定へ
人材育成のKPIというと、多くの企業が「研修時間」や「受講者数」といった「活動量」の指標に終始しがちです。もちろんこれらは基礎データとして重要ですが、経営陣や投資家が知りたいのは「その結果、何が変わったのか」という「成果」です。
いきなり高度な成果測定を行おうとすると運用が回らなくなるため、以下の2つのステップで段階的に指標の質を高めていくアプローチが有効です。
ステップ1:学習の「定着」を確認する(Output)
最初のステップは、単に「研修を受けたか」だけでなく、「知識として定着したか」を確認する指標を取り入れることです。 例えば、研修後の「理解度テストの合格率」や、特定の「資格・検定の取得数」などがこれに当たります。これらを測定することで、少なくとも教育投資が「従業員の知識レベル向上」という直接的な結果につながっているかを担保できます。
ステップ2:現場での「行動変容」を捉える(Outcome)
知識があっても、使われなければ意味がありません。次は、学んだ内容が現場の実務で活かされているかを確認します。ここでは、漫然とした評価ではなく、研修内容とリンクした具体的な行動指標を見る必要があります。
- 研修テーマに紐づいた多面評価(360度評価)
例えば「ロジカルシンキング研修」を実施したのであれば、周囲に対して「報告資料が分かりやすくなったか」「論理的な説明が増えたか」といった特定の項目でアンケートを取り、そのスコアの変化を見ます。
次世代リーダーの育成とサクセッションプラン
現場のスキルアップと同時に、企業の存続に関わる重要なテーマが「次世代リーダーの育成(サクセッションプランニング)」です。ISO 30414でも重要項目として挙げられていますが、日本企業では特に「準備不足」が指摘されやすい領域でもあります。
パイプラインの健全性を測る
将来の経営幹部候補が枯渇していないかを確認するためには、リーダー候補者の「層の厚さ」と「準備度」を数値化する必要があります。
- 後継者候補準備率
重要ポスト(社長、事業部長など)に対し、後継者候補が何名指名されているか。 - 後継者の継承準備率
候補者のうち、「今すぐ就任可能」または「1〜3年以内に就任可能」な人材の割合。
これらの数値が低い場合、外部からの採用に頼らざるを得なくなるか、事業承継のリスクが高まっていることを意味します。このリスクを回避するために、選抜研修やタフアサインメント(修羅場の経験)といった育成施策が計画的に実行されているかをモニタリングする必要があります。
育成PDCAを回すためのデータ活用
ここまで挙げたKPIは、測定して終わりではありません。重要なのは、これらのデータを用いて育成施策のPDCAサイクルを回すことです。
- Plan(計画)
経営戦略に基づき、強化すべきスキル領域(例:DX推進)や次世代リーダー候補を特定します。その上で、目標とする「資格取得数」や、現場での「行動評価スコア」、サクセッションプランにおける「後継者候補準備率」などを設定します。 - Do(実行)
研修やリスキリング施策を実行します。ここでは単なる「受講率」の管理に留まらず、上記で触れた「理解度テスト」や「検定試験」を用いて、知識が確実に習得されているかをモニタリングします。 - Check(評価)
研修から一定期間後、「360度評価による行動変容」を測定します。習得した知識が現場で活かされているか、パフォーマンスにつながっているかを検証します。 - Action(改善)
評価結果に基づき、施策を改善します。知識が定着していないなら「カリキュラムの見直し」、定着しているが現場で活かされていないなら「実践機会の提供」や「上司の関わり方の改善」など、ボトルネックに応じた手を打ちます。
このサイクルを回すことで、「研修のやりっぱなし」を防ぎ、投資対効果を最大化させることができるのです。
「学ぶ組織」こそが、変化に強い組織である
市場環境が激しく変化する現代において、過去に蓄積した知識やスキルはすぐに陳腐化してしまいます。企業が持続的に成長するためには、組織全体が常に新しいことを学び、変わり続ける能力を持つことが不可欠です。
人材育成のKPIは、従業員を管理するためではなく、従業員の成長を支援し、組織の未来を作るために存在します。 「会社は自分のキャリアや成長に投資してくれている」 従業員がそう実感できる環境を整えること。それこそがエンゲージメントを高め、優秀な人材を惹きつける最強のブランディングになるはずです。
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