「で、それは営業利益にどう貢献するの?」
中期経営計画の策定時、人事責任者が経営陣から最も問われるのがこの質問です。
「来期は採用を強化します」
「研修を充実させます」
人事が語るのは往々にしてこうした「活動の量」です。しかし、経営陣が見ているのは、その先にある「財務成果(売上や利益)」です。
「人が増えれば、なんとなく利益が出るはず」という曖昧な説明では、経営陣は納得しません。この「活動」と「成果」の間にある深い溝を埋める論理がない限り、人事戦略はいつまでも「コスト消化の計画書」として扱われてしまいます。
「経営戦略と連動させる」とは、スローガンを合わせることではありません。会社の利益目標を達成するために必要な要素を分解し、人事のアクションが最終的に数字をどう動かすのか、その関係を明らかにすることです。本コラムでは、経営目標から逆算し、経営に響く戦略を描くための思考法について解説します。
ロジックツリーで「利益」と「人」を接続する
人事施策が会社の利益にどう効くのか。そのロジックを組むためには、利益の構造を「人の視点」で分解する必要があります。
例えば、「営業利益」を目標とする場合、単純化すると以下のようなロジックツリーが描けます。
- 営業利益 = 売上総利益 – 販管費
- 売上総利益 = 従業員数 × 一人当たり労働生産性
- 一人当たり労働生産性 = 能力(スキル) × 意欲(エンゲージメント) × 環境
こう分解すると、人事がコントロールすべきは「従業員数」だけではないことが分かります。「能力(スキル)」と「意欲(エンゲージメント)」を高めることが、直接的に「労働生産性」を向上させ、それが「売上総利益」を押し上げ、最終的に「営業利益」にインパクトを与える。このロジックがあれば、提案の質が変わります。
「研修をやります」ではなく、「営業利益目標の達成には、一人当たり生産性を15%高める必要があります。そのボトルネックである『若手の立ち上がり遅れ』を解消するために、教育体制を強化します」と言えるのです。ここまで言語化できて初めて、人事は経営と同じテーブルで会話ができるようになります。
「人材ポートフォリオ」で戦略を可視化する
ロジックができたら、次は具体的な戦術に落とし込むためのフレームワークが必要です。ここで武器となるのが「人材ポートフォリオ」です。
人材ポートフォリオとは、社内の従業員一人ひとりを「量(人数)」だけでなく、「質(スキル・適性・タイプ)」の観点で分類し、組織全体の分布状況を可視化したものです。「どの領域に、どのような能力を持った人材が、何人いるのか」を地図のように俯瞰することで、現状の組織が経営戦略を実行できる状態にあるかを客観的に判断できるようになります。
経営戦略が変われば、「事業成功のカギ(成功要因)」が変わります。成功のカギが変われば、当然、それを実行する人に求められる要件も変わります。多くの人事が陥る罠は、戦略が変わっているのに、過去と同じような人を採用・配置し続けてしまうことです。これを防ぐためにも、人材を「質」と「量」で可視化することが有効なのです。
ステップ1:戦略から「必要な人材タイプ」を定義する
例えば、経営戦略が「既存の機器売り切りビジネスから、ソリューション提供型のサブスクリプションモデルへ転換する」だったとします。この場合、従来必要だった「ルート営業力」の価値は相対的に下がり、「課題解決型のコンサルティング営業力」や「カスタマーサクセス」の重要性が跳ね上がります。
ステップ2:現状(As-Is)と目標(To-Be)のギャップを測る
次に、全社員のスキルや適性を可視化し、ポートフォリオ(分布図)に落とし込みます。
- 現状(As-Is):ルート営業タイプが80%、コンサル営業タイプが20%
- 3年後の目標(To-Be):ルート営業タイプは40%でいいが、コンサル営業タイプが60%必要
このように可視化すると、現状と目標の間に存在する「ギャップ」が浮き彫りになります。「今のままの人員構成では、新戦略の実行は困難である」という課題が、データとして客観的に明らかになるのです。
ステップ3:ギャップを埋める手段を決める
ギャップが明確になれば、打ち手は自動的に決まります。
- 育成・配置転換
既存社員の中から適性がある層を選抜し、集中的に教育してシフトさせる。 - 外部採用
社内育成では間に合わない高度なスキルセットを持つ人材は、外部から獲得する。 - 代謝
新しい戦略に適応できない場合、別の役割への異動などを検討する。
これが「戦略連動型の人事戦略」です。「とりあえず100人採用します」という総量だけの話ではなく、「どのタイプの人材をどう組み替えるか」という構造の話に持ち込むことが重要です。
人件費は「コスト」ではなく「投資」である
このポートフォリオマネジメントを実行する上で、最後に重要になるのがマインドセットの転換です。 従来、人件費は「売上から引かれるコスト」として扱われ、削減することが善とされてきました。しかし、戦略人事は人件費を「将来のキャッシュフローを生むための投資」と捉えます。
「教育に5000万円かかります」と稟議を上げれば、財務部門は「コスト削減」を求めてくるでしょう。 しかし、「この5000万円はコストではなく、高収益なコンサルティング事業を立ち上げるための『初期投資』です。この投資を行わなければ、中期経営計画に掲げた利益目標の達成は不可能です」と説明できれば、議論の質が変わります。
「削減すべきコスト」ではなく、「未来の利益を作るために不可欠な投資」として合意を得る。人的資本経営とは、単なる開示の話ではなく、「自社が勝つために、どこにリソースを集中投下するか」という投資判断そのものなのです。
戦略と実態の「ズレ」を修正できるのは人事だけ
経営戦略がいかに優れていても、それを実行する組織や人材が旧来のままであれば、戦略は決して実現しません。この「経営戦略(あるべき姿)」と「組織実態(現状)」の間に生じる大きな乖離(ギャップ)こそが、多くの企業で成長を阻む要因となっています。
「言われたことをやる」のではなく、「勝つための組織を設計する」。その視座を持った瞬間、人事は管理部門を卒業し、経営にとって代えがたい戦略パートナーへと進化するはずです。
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