「管理」から「価値創出」へ|現場を納得させる戦略人事

「名前だけの戦略人事」になっていないか

「これからは、当社も『戦略人事』へとシフトする」

経営者や人事責任者がそう宣言しても、現場の反応は冷ややかです。

「名前が変わっただけで、やることは変わらないのでは?」
「また面倒な仕事を押し付けられるのか」

そんな不信感すら漂います。なぜ、人事の熱意は現場の管理職に伝わらないのでしょうか。最大の原因は、「戦略人事」になることが、現場にとってどのようなメリットをもたらすのか、具体的に言語化できていないことにあります。

現場の管理職は、日々の数字と戦っています。彼らが求めているのは、抽象的なスローガンではなく、自分たちの目標達成を助けてくれる実利です。本コラムでは、曖昧になりがちな「管理」と「戦略」の境界線を明確に定義し、現場を納得させ、味方につけるためのアプローチを解説します。

「管理」と「戦略」の決定的な境界線

まず、人事担当者自身が、この2つの違いを明確に理解しておく必要があります。これらは対立するものではなく、機能と時間軸が異なります。

従来の人事(オペレーション):守りの機能

従来の人事機能の主眼は「管理」と「効率化」にあります。 給与計算、社会保険手続き、労務トラブルの対応、勤怠管理、そして退職者が出た際の欠員補充。これらは企業活動を維持するために不可欠な機能ですが、その性質は「守り」です。

  • 時間軸:「現在」と「過去」
  • 目的:組織を正常に稼働させること
  • 価値:ミスなく、遅滞なく行うこと

現場から見れば、これらは「当たり前」のインフラと思われています。給与が正しく振り込まれても感謝はされませんが、間違えれば不満となります。つまり、オペレーション人事のゴールは、組織のマイナス状態を防ぎ、常に「ゼロ(正常)」の状態を保つことにあります。

戦略人事:攻めの機能

一方、戦略人事の主眼は「変革」と「競争優位の確立」にあります。 経営目標(To-Be)を実現するために、現在(As-Is)の組織に何が足りないのかを特定し、そのギャップを埋めるために人と組織を動かす機能です。

  • 時間軸:「未来」
  • 目的:経営戦略を実現すること
  • 価値:事業成果を最大化すること

例えば、中期経営計画で「デジタル事業への参入」が決まったとします。しかし、現在の社内にはデジタルスキルを持つ人材がいない。このままでは戦略が絵に描いた餅になります。ここで、「必要なスキルセットを定義し、採用・育成・配置転換を組み合わせて、3年後までにデジタル人材を100名体制にする」というロードマップを描き、実行するのが戦略人事です。これは、組織に新たな能力を付加し、事業成長という「プラス」を生み出す活動です。

現場に説明すべきは、この「役割のレイヤーが違う」という点です。「従来の実務を疎かにするわけではなく、それに加えて、事業を勝たせるための新しい機能を実装する」というメッセージが必要です。

現場が「戦略人事」を警戒する理由と、その解き方

しかし、言葉の定義を明確にするだけでは、現場の警戒感を完全に払拭することは困難です。多くの現場管理職にとって、「戦略的な人事」という言葉は、「管理統制の強化」や「現場裁量の縮小」と同義に受け取られがちだからです。

「本社がまた現場を知らないまま、使いにくい制度を押し付けてくる」
「現場の裁量を奪って、ガチガチに管理しようとしている」

このような誤解を解くためには、戦略人事が「管理する側」ではなく、「支援する側」であることを示す必要があります。その具体例の一つが「人材育成(研修)」におけるスタンスの変化です。

ケーススタディ:育成における「研修の手配係」からの脱却

【従来の人事】

現場マネージャーから「最近、若手の元気がなくてチームの雰囲気が悪い。モチベーションアップ研修を実施してほしい」と依頼されたとします。従来の人事は、その要望に応えるため、評判の良い外部講師を探し、研修をセッティングします。これは現場の依頼を迅速に処理する誠実な対応です。

しかし、研修直後は盛り上がっても、一週間もすれば元の状態に戻ってしまうケースが少なくありません。これでは、現場の根本課題は解決されず、「研修はやったけれど効果がなかった」という結果だけが残ってしまいます。

【戦略人事】 

現場から同じ要望が来た際、戦略人事は手配を急ぐ前に、まず現場と「対話」を行い、課題の真因を探ります。

「チームの雰囲気が悪いとのことですが、具体的にどのような行動や事象が気になっていますか?」
「もし原因が目標設定の曖昧さや、心理的安全性の欠如にあるとしたら、座学の研修では解決しないかもしれません」
「今回は研修ではなく、マネージャーとメンバーの1on1の質を高めるためのコーチング支援や、チームビルディングのワークショップを行いませんか?」

このように、現場が抱える「組織課題」を解決するための最適な手段を共に考え、提案します。 「言われた研修を用意する」だけでなく、「現場のパフォーマンスを最大化するために、今何が必要か」を分析し、ソリューションを提供する。このスタンスの違いこそが、現場からの信頼獲得に繋がります。

戦略人事への脱皮に必要な「共通言語」

現場と対等に戦略を語るためには、人事もまた「共通言語」を持つ必要があります。それは「ビジネスの言葉」と「客観的なデータ」の2つです。

ビジネスの文脈から入る

現場の部長と話すときに、唐突に「エンゲージメントスコアが低いので改善しましょう」と人事側の指標から話を始めても、相手には響きません。「来期の営業利益目標の達成に向けて、今のチーム状態で懸念されるボトルネックは何ですか?」と、まずは相手が追っているビジネスの文脈から会話をスタートさせることが重要です。

データを根拠に対話する

その上で、ビジネス課題の原因を特定するために人事データを活用します。 「現場の感覚として活気がないとのことですが、組織サーベイの結果を見ても、若手層の『成長実感』のスコアが他部署より20ポイント低く出ています。これが利益目標を阻害する離職リスクに繋がっている可能性があります」

このように、「ビジネスのゴール(目的)」と「人事データ(根拠)」を接続して語ることができて初めて、人事は現場にとっての真のパートナーとなり得るのです。

戦略人事は、現場の「小さな困りごと」の解決から始まる

経営戦略や事業計画を実行するのは、最終的には現場の「人」です。現場がリソース(人材・スキル)不足で戦えない状態にあれば、どれほど優れた戦略も絵に描いた餅で終わります。

現場の管理職に「戦略人事」を説明する際、高尚な概念を語る必要はありません。「皆さんが事業目標を達成するために必要な『人の武器』を、私たちが責任を持って調達し、磨き上げます」とシンプルに伝え、現場の困りごとを一つ解決してみてください。

「おかげで目標達成できたよ、助かった」という現場からの言葉こそが、貴社の人事部門が「管理部門」から「戦略的パートナー」へと進化した、何よりの証明となるはずです。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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