組織文化は候補者体験に表れる:採用を企業変革のエンジンに

貴社の「カルチャー」、候補者に正しく伝わっていますか?

「私たちは、挑戦を歓迎し、心理的安全性の高い組織文化を目指しています」 

多くの企業が、自社の魅力的な組織文化をウェブサイトや求人票で謳っています。しかし、その言葉と、候補者が採用プロセスで実際に体験することとの間に、ギャップは生じていないでしょうか。

企業が発信するメッセージとは別に、候補者は選考プロセスという具体的な接点を通じて、その組織で日々実践されている価値観や行動規範を直接的に観察します。そのため、候補者体験は、外部からその企業のリアルな組織文化を判断するための、極めて客観性の高い指標となるのです。

本コラムでは、候補者体験が単なる採用手続きではなく、いかに組織文化と深く結びついているのか、そして採用活動を起点として未来の組織文化を意図的に創り上げていくための戦略的アプローチについて、人的資本経営の視点から深く考察します。

候補者体験は「組織文化」を映し出す鏡

組織文化とは、単に掲げられた理念や行動指針だけではありません。それは、「その組織において、人々が日々どのように意思決定し、行動し、互いに関わり合っているか」という、目に見えないルールの総体です。そして、この目に見えないルールは、採用プロセスのあらゆる側面に色濃く表出します。

  • スピード感や時間への意識
    選考結果の連絡や面接日程の調整が約束の期日より遅れることは、候補者に「候補者との約束や時間を軽んじる文化があるのではないか」「社内の連携がスムーズでなく、全体的に時間にルーズなのではないか」といった印象を与えかねません。
  • コミュニケーションのスタイル
    面接が一方的な尋問形式であれば、トップダウンの文化を。候補者との対話を重視するなら、フラットで協調的な文化を感じさせるでしょう。
  • 情報開示のスタンス
    企業の課題や仕事の厳しい面を正直に話すか、良い面ばかりを強調するか。これは、組織全体の透明性や誠実さを反映します。

このように、企業が意識するしないに関わらず、候補者は一連の体験を通じてその組織の「本質的な文化」を肌で感じ取っています。どんなに美辞麗句を並べても、体験が伴わなければ、それは見抜かれてしまうのです。

採用とは「未来の組織文化」を創る活動である

候補者体験が現在の組織文化を反映する、というだけでは視点として十分ではありません。私たちは、採用活動、ひいては候補者体験のデザインとは、「あるべき未来の組織文化」を意図的に創り上げていくための、極めて戦略的な活動であると捉えています。

この文化創造を絵空事で終わらせないためには、明確な意志を持ったプロセスが必要です。それは、第一に、目指すべき文化の青写真を明確に「定義」し、次に、その青写真を候補者が体験できる形に「設計」し、最後に、採用に関わる全員がその文化を「体現」するという、一貫した流れに他なりません。

このプロセスの出発点、すなわち「定義」のフェーズにおいては、組織サーベイなどを活用して自社の現在地を客観的に把握することが極めて重要です。後述する3つのステップは、まさにこの思想を実践的なアクションへと落とし込むためのフレームワークです。

候補者体験を起点に「理想の組織文化」を醸成する3つのステップ

では、具体的にどのように採用活動を通じて、理想の組織文化を醸成していけばよいのでしょうか。ここでは、そのための3つのステップを解説します。

ステップ1:「あるべき文化」を定義し、具体的な行動に落とし込む

まず最初に行うべきは、自社が目指す組織文化を明確に言語化することです。自社が目指す組織文化の解像度を上げ、誰もが理解できる形にすることが求められます。

  • 経営層の合意形成
    ワークショップなどを通じて、経営層が自社のミッション・ビジョンを再確認し、それを実現するためにどのような文化が必要かを徹底的に議論し、合意形成を図ります。
  • 価値観の言語化
    「挑戦」「誠実」「協調性」といったキーワードを掲げるだけでなく、「私たちの組織において『挑戦』とは、具体的にどのような行動を指すのか?」を定義します。(例:「失敗を恐れず、前例のない手法を試みること」)
  • 採用基準への反映
    言語化された価値観や行動規範を、正式な採用要件・評価基準の一部として設定し、全選考プロセスで一貫して確認すべき項目であることを明確にします。

ステップ2:採用の全タッチポイントを「文化基軸」で再設計する

次に、定義した文化を候補者が「体験」できるように、採用プロセスの全体を見直し、再設計します。

  • 求人票・スカウトメール
    単なる業務内容の羅列ではなく、定義した価値観が伝わる言葉を選びます。例えば「協調性」を重視するなら、チームでの成果やコラボレーションの様子が伝わるような表現を用います。
  • 選考プロセス
    文化に合わせて選考手法そのものを見直します。「創造性」を試したいなら課題解決型のワークサンプルテストを取り入れる、「スピード感」を大切にする文化なら、応募から内定までの期間目標を設定し、迅速な意思決定プロセスを構築するといった工夫が考えられます。
  • 面接での対話
    ステップ1で定めた行動規範に基づき、「〇〇という価値観について、それを発揮したご経験を教えてください」といった具体的な質問を設計します。これにより、カルチャーフィットの見極めの精度を高めます。

ステップ3:採用に関わる全社員を「文化の伝道師」として巻き込む

組織文化の醸成は、人事部門だけでは成し遂げられません。採用に関わる全ての社員が、自社の文化を体現し、語れる存在になることが不可欠です。

  • 面接官の厳選とトレーニング
    スキルや役職だけでなく、目指す組織文化を深く理解し、体現している社員を面接官として選びます。そして、自社の文化を候補者に魅力的に伝えるためのトレーニングを実施します。
  • リファラル採用の推進
    社員紹介制度を活性化させ、現社員に「未来の文化を共に創る仲間」を連れてきてもらうよう働きかけます。
  • 全社への情報共有
    どのような人材を求めているのか、どのような組織を目指しているのかを、社内報や全体会議などで定期的に発信し続けます。これにより、社員全体の当事者意識を高め、組織一丸となって採用に取り組む文化を醸成します。

採用活動は、最も効果的な組織変革の手段である

候補者体験は、単に採用の成功率を高めるための戦術ではありません。それは、自社の組織文化を社内外に示し、未来の組織のあり方を能動的にデザインしていくための、極めて強力な戦略ツールです。

貴社の採用活動は、どのような組織文化を候補者に伝えているでしょうか。そして、その体験は、貴社が目指す未来の姿と一致しているでしょうか。この問いに向き合い、候補者体験を意図的に設計すること。それこそが、採用を単なる補充活動から、企業を成長させる変革のエンジンへと進化させる第一歩となるのです。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。組織サーベイを用いた価値観分析から、それに基づいた採用プロセスの再設計、理想の組織文化の醸成まで、一貫したご支援が可能です。お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西 裕也
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

神戸大学大学院経済学研究科卒。教育経済学を専攻。

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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