人的資本ROI向上の鍵は「エンゲージメント」にあり
「毎年エンゲージメントサーベイを実施し、福利厚生も充実させている。しかし、優秀な人材の離職が後を絶たない」
「現場からは『働きがい』についての不満が聞こえるが、対策にかかるコストがどれだけ業績に貢献するのか、経営陣を説得できない」
人への投資、特にエンゲージメント向上施策が単なる「コスト」になっており、その投資対効果(ROI)をどう測り、どう高めていけば良いのか分からない。こうした悩みは、多くの経営者や人事責任者の方々に共通するものでしょう。
こうした「人への投資」の効率性を客観的に捉え、経営の共通言語とするための指標として注目されているのが「人的資本ROI(Return on Investment)」です。これは、人に関する投資(分母)が、どれだけの経済的価値(分子)を生み出したかを示す考え方であり、単なるコスト管理ではなく、「賢い投資」を促すための羅針盤とも言えます。
この人的資本ROIを高めていくアプローチは様々ですが、本コラムではその本質的な鍵となる「エンゲージメント向上」に絞り、その視点を解説します。
※人的資本RoIとは何か詳しく知りたい方は、以下のコラムをご参照ください。
人的資本ROIの構造と「エンゲージメント投資」の重要性
人的資本ROIと「投資対効果」
改めて整理すると、人的資本ROIは、大まかに言えば「人的資本への投資(分母)」に対して「生み出された経済的価値(分子)」がどれだけあったかを示す指標です。
- 分母(投資):人件費、福利厚生費、採用費など
- 分子(リターン):営業利益、経常利益、付加価値など
人的資本ROIを向上させるためには、分母である投資を抑制する(例:単純なコストカット)という考え方もありますが、これは短期的な効果しか生まず、中長期的には企業の競争力を削ぐ危険性があります。
真に目指すべきは、分母である「投資の質」を高めつつ、分子である「リターンの最大化」を図ることです。そして、そのための有効な手段の一つが、「エンゲージメント向上」であると考えられます。
なぜ「エンゲージメント」が人的資本ROIに直結するのか
エンゲージメント(従業員の組織に対する愛着や貢献意欲)の向上は、人的資本ROI、すなわち「分子(リターン) ÷ 分母(投資)」の比率に対して、主に2つの側面から好影響を与えます。
- 分子(リターン)の最大化(直接的効果)
エンゲージメントの高い社員は、自発的に業務改善に取り組んだり、高いパフォーマンスを発揮したりする傾向があります。これが組織全体の生産性(分子)を直接押し上げ、付加価値の増大に直結します。 - 投資効率の改善とリターンの安定化(間接的効果)
エンゲージメントが高い組織は、離職率が低い傾向があります。これにより、熟練した人材の定着が進み、組織ノウハウの流出が防がれます。結果として、組織全体の生産性の基盤が維持・向上し、分子(リターン)の安定・向上に寄与します。
つまり、エンゲージメントが高い状態とは、「投資効率が良く、リターンを生み出しやすい組織体質」であると言え、中長期的な人的資本ROIの向上に不可欠な土台となります。
人的資本ROIを高める「本質的なエンゲージメント要因」
しかし、単にサーベイの点数を上げたり、福利厚生を充実させたりするだけでは、人的資本ROIは向上しません。それらは「満足度(Satisfaction)」には寄与しても、「貢献意欲(Engagement)」に直結するとは限らないからです。
私たちが重視するのは、その点数や施策の裏にある「本質的なエンゲージメント要因」の特定と改善です。
- 価値観の分析
企業の目指す方向性や価値観(バリュー)と、従業員が大切にする価値観は一致しているか。 - 心理的安全性
現場では、失敗を恐れずに発言・挑戦できる関係性が築かれているか。 - 承認と成長
上司は部下の貢献を正しく認識し、フィードバックしているか。本人が成長を実感できているか。
表面的な満足度対策から脱却し、こうした「貢献意欲」の源泉にアプローチすること。この転換こそが、人的資本ROIを飛躍的に高める第一歩です。
人的資本ROIを高める「エンゲージメント向上」の実践ステップ
では、具体的にエンゲージメントを通じて人的資本ROIを高めるために、企業は何をすべきでしょうか。ここでは3つのステップで解説します。
ステップ1:組織サーベイによる「真の課題」の特定
まず、組織サーベイなどを活用し、自社のエンゲージメントの現状と「真の課題」を正確に把握します。
- 総合点だけで判断しない
サーベイの総合点(例:5段階中3.5点)だけを見て一喜一憂しても意味がありません。 - 要因の深掘り
総合点を押し下げている(あるいは上げている)「ドライバー(要因)」は何かを特定します(例:「上司との関係」「業務負荷」「キャリア展望」など)。 - クロス分析
部門別、階層別、勤続年数別などで分析し、特に課題の大きい「ホットスポット」を見極めます。例えば、「中堅社員」や「A事業部」のスコアが著しく低い、といった実態を掴みます。
「なんとなく全社的にモチベーションが低い」という状態から、「A事業部の中堅層が、キャリア展望の欠如によりエンゲージメントを下げている」という具体的な課題レベルまで解像度を上げることが重要です。
ステップ2:課題ドライバーへの「選択と集中」
次に、特定された課題ドライバーに対して、施策(投資)を集中させます。
- 画一的な施策の見直し
全社一律のイベント開催や、カフェテリアプランの導入といった、課題と直結しない施策(=ROIの低い投資)は必要に応じて見直します。 - 対話を通じた現場改善
もし課題が「上司との関係」や「心理的安全性」にあるならば、投資すべきは福利厚生ではなく、「管理職への1on1研修」や「現場での対話のワークショップ」です。 - ホットスポットへの集中投下
特定された「A事業部の中堅層」に対して、キャリア面談の仕組みを強化したり、社内公募制度を活性化させたりするなど、課題に直結する施策を実行します。
「全員に少しずつ」ではなく、「最もROIの改善が見込める課題に厚く」投資することが、ROI向上の鉄則です。
ステップ3:施策ROIを測定し、貢献を「論証」する
施策の実行後は、その「個別の投資対効果(施策ROI)」を可能な限り可視化し、それが「全社的な人的資本ROI」の向上にどう貢献するかを論理的に説明することが重要です。個別の施策が人的資本ROIというマクロな指標に与えた影響を正確に測定するのは困難であるため、以下のような手順で個別施策の貢献を論証する必要があります。
- 施策コスト(投資)の把握
まずは、施策の実行にかかった費用(研修費など)を正確に把握します。 - 施策効果(リターン)の測定
次に、施策によって「どのような効果が生まれたか」を測定・試算します。- KPIの変化
関連するエンゲージメントスコア(例:「キャリア展望」項目)や、ターゲット層の「離職率」「休職率」の変化を追跡します。 - リターンの試算
可能であれば、「離職率低下による採用・育成コストの抑制額(試算)」や、「生産性向上による利益貢献額(試算)」を算出します。
- KPIの変化
- 貢献ロジックの構築
最後に、上記データに基づき、「この施策投資(コスト)に対し、これだけのKPI改善やコスト抑制(リターン)が見られた。したがって、本施策は全社の人的資本ROI向上に貢献する有効な一手であった」と結論付けます。
人への「賢い投資」が未来のROIを創る
「人への投資」がコストで終わるのか、それとも未来への「賢い投資」となるのか。その分岐点は、投資の「戦略性」と「効果測定」にあると考えられます。
本コラムで述べたように、「本質的なエンゲージメント向上」によって無駄な追加投資(コスト)の発生を抑えつつ生産性を高め、そのプロセスと結果を可視化していくこと。このサイクルを回すことが、会社全体(マクロ)の人的資本ROIを高める王道と言えるでしょう。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。






